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足釜とフカイイノチ

 オレはホトケの像の仕上げに取り掛かっていた。ここまでの仕事を見ればなかなか良い出来だが、切所で足を踏み外せば、たちまち駄作に成り下がる。オレは自分のタマシイを像に封じ込めるつもりで、握ったノミを振るった。完成までこの場から離れる気はない。

 翌日、ホトケの像が仕上がった。オレは正面からのその像を吟味する。表層的な技術に関してはオレは完璧だ、その点には強い自負がある。問題はこの像にイノチが表れているのかなのだ。

 悪くない、オレは心中でつぶやいた。錫杖を携え、目をつぶった像は、こちらに何事か訴えかけてくるようだった。生き物でないオレがそう感じるのだから、人間ならもっと感じ取るものがあるだろうと思った。この像にはイノチが宿っている、もっとイノチとは何なのかオレはよく分かっていないのだが。

 一通り満足を味わうとそれきりオレはこの像のことがどうでもよくなった。

 後片付けを終え、ホトケの像が安置された鎮守の祠から路地に出ると仲間の手刀が石段に腰かけていた。テガタナというのは愛称で、本名はHAR-223と言う。ドラム缶のような胴体の底部から六本の足が生え、頭頂より触手のような腕が三本伸びている。触腕には高出力のレーザーカッターが備わっており、どんな金属でも加工できるが、最近彼が凝っているのは全面木造造りの建物であり、鑿と鉋と鋸を手にしていたので、この機能はずいぶんと使われていないようだ。

「仕上がったのか?」

 彼の胴体前面のカメラアイがこちらを向く。

「ああ、悪く無い出来だ」

「どれ見て来よう」

 テガタナは六本の足で立ち上がると、いそいそとホトケの像を見に行った。

 この祠もオレが作ったものだが、完成時に十分に堪能したので、これ以上、特に思うことはなかった。

 オレは路地に立ったままアーコロジーの天井を見上げた。館内放送用のモニターの上に仮初の空が広がっている。毎日が雲一つない晴天だ。人間が住んでいれば、日によって天気を変えろとでも言うかもしれないが、我々はそんなことにこだわる感性を持たない。

 やがて、テガタナが戻ってきた。

「見事な仕事じゃないか、流石だぞ、足窯」

 テガタナはオレの腕の付け根をぽんと叩いた。アシガマはオレの愛称だ、小型の窯に手足が付いたような造形をしているので、いつの間にかそう呼ばれるようになった。もう誰もオレを正式名称であるHAR-119とは呼ばない。オレにしたって、他機を本名で呼ぶことは滅多にない。少ない例外を除いて、オレたちはお互いに名付けた愛称で呼び合っている。

「じゃあ、早速だが、俺の宮の仕上げを手伝ってくれ。もう少しで完成だ」

「分かった」

 オレたちはテガタナとその仲間が宮をつくっているエリアまで歩くことにした。広大なアーコロジー内にはエレベーターやエスカレーター、ムービング・ウォークが張り巡らされているが、オレは歩くのが好きだ。道中の風景は各種工匠ロボットが建てた建築物で賑やかでそれを眺めながら歩く。ごく普通の住宅の横にローマ式の浴場が建っている、公園を挟んでイスラムキョウモスクとユダヤキョウシナゴーグが向き合っている、発電施設の空いたスペースに地蔵尊が並び、放送設備を備えた巨大な塔の横に、同じぐらいの規模のギリシア式彫刻が建っている。皆が思い思いの創作に励んでいるのだ。

 オレたちはもともとこのヒダ・アーコロジーを建設のために製造されたロボットだ。オレたちは見渡す限りの荒野で最初の意識を感じた、必要な機能によって形が違う自律式のロボットが五百体、プログラムの命ずるところによって同時に目を覚ましたのだ。オレたちの他は大量の重機と資材があるだけで、人間は一人もいなかった。だが、オレたちは戸惑ったりしなかった。目覚めるはるか以前にすでに命令が与えられていたからだ。その命令はこうだ。「この地に人間が住むためのアーコロジー(完全環境都市)を建造しろ」

 その命令に従って、オレたちは一日も休まずにアーコロジーの建造に従事した。約百年かかって高さ2キロメートル、半径500メートルの円錐型アーコロジーの基礎が完成し、次の段階として内部構造の整備に取り掛かった。最初はインフラ設備や住居の建造等、実際的な役割を持つ構造のみを作成していたが、さらに百年たった頃には、それもほとんど完成してしまった。しかし、命令は解除されていないので、オレたちはアーコロジーの整備を続けなければならなかった。それからしばらくは作った建物を破壊し、また作り直すような生活を送っていたが、やがてオレは、人間にとっては実際の運用上の建物だけではなくて、ブンカ的、あるいはセイシン上、シンコウ上の建物も必要だとされていたことに思い当たった。オレたちに下された命令は、厳密ではなく解釈を許すものだったことを利用して、オレは何の役にも立たないブッキョウ建築を建て始めた。作ってみると案外難しい、外観は完璧なのだが何かが足りないのだ、特に要のホトケの像に物足りなさを感じた。それをプライドと呼ぶのかは知らないが、オレは自分が完璧な建物を作れなかったことに怒りとも恥とも断定できない感情を抱いた、オレは何かにとりつかれたように空いたスペースにシュウキョウ的建造物を作り始めた。すると俺の影響を受けたのか、他の多くのロボットも、自分の作りたいものを作り始めた。オレたちは創造に明け暮れた。

 それからまた百年たった、オレたちはホトケの像やシュウキョウ建築に、イノチを現せるほどに上達した。イノチとは何かと問われれば誰も答えられないのだが、眺めているとなんとなく、これにはイノチが現れている、こっちにはイノチが表現できてないと、感じるものがあった。

 正直なところ、オレたちがその行為に何を見出しているかはよく分からない。人間でいうところのシアワセとかタノシミみたいなものを感じているのだろうか。それとも、やることがないからのただの暇つぶしなのだろうか、または自分たちの役割がとうに終わってることを認めたくないだけなのか。結局のところ、オレたち自身はイノチではないから、全てはまやかしなのだろうか。

「今回、継ぎ手に新しい工夫をこらしたんだ、ちょっとしたものだぜ」

 横を歩くテガタナは自慢気だが、シアワセかとオレが問えば、言葉に詰まるだろう。

 一時間ほど歩くと、テガタナ達が建造中の宮が見えてきたが、その入り口に珍しい姿を見つけた、青管がテガタナの仲間たちと何かやり取りしている。アオクダは水道インフラ工事に特化したロボットだ。

「おお、アオクダじゃねえか、久しぶりだな」

 テガタナが声をかけると、アオクダは振り向いた。

「やあ、アシガマ、テガタナ。久しぶり」

「どうしたんだ、何か用か」

 その言葉にテガタナの仲間が何か言おうとしたが、アオクダが触腕で制した。

「私から言う。実はな、現在、新設中の水道管の工事の関係で、この宮が建っている土地に設備を立てなくてはならなくなってな。地下に他の重要機関があるため、どうしてもそのように工事をせねばならんのだ。誠に申し訳ないが、この宮を撤去してはもらえないだろうか」

「なんだって」

 テガタナは一瞬、絶句したが、すぐに呵々と笑った。

「じゃあ、しょうがねえや。おめえがそういうってことは、それ以外手がないってことなんだろ?」

「そうなんだ」

 アオクダは蛇腹を曲げて頷いた。

「いいのか、テガタナ、もう少しで完成するところだったのに」

 テガタナの仲間が言った。アオクダに不満があるわけではなく、テガタナが不憫なのだ。

「もちろんいいさ、インフラ工事の邪魔できるかよ。場所なら他にいくらでもある、適当な場所を見つけてもっといいのを作るよ」

「すまないな、そしてありがとう。これでもっと効率化ができるよ」

 アオクダが言う。オレやテガタナにとって重要なのは作ったものにイノチを現すことだが、インフラ設備に特化したアオクダたちのようなものにとってそれに相応するのは、設備の効率化なのだ。オレたちがイノチを現す熱心さで、アオクダたちはこのアーコロジーの設備の向上を図っている。

 目指すところが異なっているのは確かだ。しかし、このアーコロジーに存在するロボットは自分以外の他機に、同じ自立型工作ロボットとして、それぞれの仕事を極めんとする姿勢に深い敬意を払っていたからオレたちの間に争いはなかった、あえて言えば腕を比べあうことはあったが、それすらも相手を蹴落とすための戦いではなく、自分が高みを目指すための材料なのだった。

「取り壊す前に、もう一度、中を見ていいか?」

「もちろんだ、明後日までに撤去してもらえばいい」

 アオクダは去って行った。

 オレとテガタナは、内部の構造を見て回った。オレがどこかに集中するたび、テガタナが凝らした工夫について説明してくれる。

「で、どうだい?」

 テガタナが聞いてきた。

 オレは自分の作品については、特に他機の感想を必要としなかった。自分で満足か不満足を感じ、一人でそれを味わい尽くせばそれで十分だった、それがオレにとってのゲイジュツの本道だった。しかし、テガタナは違った。彼は自分の作ったものに関して、他機の感想を欲しがった。他機からの称賛を得て、彼は初めて自分の仕事に満足できるようだった。別にそれが悪いとは思わない、オレとはゲイジュツに対する態度が違うだけだ、どっちか正しいという話ではないだろう。

「いいと思う。完成すればイノチが宿っただろう」

「そうだなあ、惜しいなあ。まあ、仕方がないやな」

 しかし、とテガタナは続けた。

「アオクダたちも不憫だな。せっかく設備を向上させても、それを使う人間がいないんだから」

「どうだろうな、設備の向上自体が目的で、彼らも人間なんか求めていないんじゃないか」

「そうかあ? 俺なら作った設備は使ってほしいと思うがね、あいつらは俺たちと違ってゲイジュツカじゃないからな、実際に運用されてこそだ」

 オレは何も言わずに黙った。オレたちがこのアーコロジーを建造したのは、人間の住む場所を作るためだが、この三百年、一向に人間が引っ越してくる気配はない。それどころか、オレたちは一度も人間を目にしたことがない。オレたちに命令を下した創造主すら、一度も姿を現したことはないのだ。そういうわけでオレたちはすでに人間は滅んだものと見なしていた。別にそれでどうしたということもない、オレたちはオレたちになりの解釈で命令を実行し続ければいいだけなのだ。人間の存在は必須ではない。

 宮の本尊のキシン像を眺めていると、何か体に違和を感じた。視界にノイズが走り、足の力が抜ける。オレは床に膝をついた。

「おい、大丈夫か」

 テガタナが手を差し伸べてくる。その手を取って立ち上がる。しかし視界の端にノイズと警告メッセージが表示されていた。

「最近、多くてな。ちょっと、修理工場に行ってくる」

「送って行こうか?」

「いや、それには及ばん。新しく宮を作るときは呼んでくれ」

 オレはテガタナと別れて地下の修理工場に向かった。

 修理工場にはオレの他にも自律式工作ロボットが何体か訪れていた。

「どうしましたか、HAR-119」

 修理工場を統括しているHAR-005がオレを迎えた。HAR-005は正式名称以外で呼ばれることも、他機を愛称で呼ぶことも好まない。

「最近、足の力が不意に抜けて、視界にノイズが走ることが多い。ほっとけば治るんだが……」

「分かりました、診てみましょう」

 HAR-005は正方形の巨体から各種探知機と捜査機を展開し、俺の体を見てくれた。結果、いくつかの部品を交換することになった。

 一時間ぐらいの作業を終えて、HAR-005は厳かに告げた。

「これで問題ありません、もっともあと何年動けるかはわかりませんが」

 そうなのだ。オレたち工作機械ロボットのスペックシートの耐用年数は200年だった、その耐用年数をとっくに過ぎている、それ以上の動作は保証されていない。実際、完全に壊れてしまった仲間もたくさんいる。生き残っているのは最初にいた数の三分の二ぐらいだ。オレたちは明日機能を停止させてもおかしくない。

「私の工作機械ロボットに関する知識は限定的ですからね。勝手に新規製造しないように、我々の創造者が制限を加えたのでしょう」

 HAR-005に礼を言って立ち去ろうとしたその時だった。耳をつんざく警報が地下に鳴り渡った。

「なんですかね、第一級警報など久しぶりに聞きました」

「前は大地震の時だったな」

 二機で首をかしげていると、修理工場の大きなモニターに映像が映った。

 モニターには乗鞍山の麓が映っていたが、そこに大量の何かがうごめいているのが見える。カメラが拡大され、その詳細が明らかになる。灰色の群衆がこちらを目指して進行している。人間だ。

「……あれは人ですか?」

「……そうだろうよ」

 オレたちは顔を見合わせた。修理工場にいた他のロボットは言葉を失ったように画面を見つめている。

 オレはこの光景を直接見たいと思い、エレベーターで上の階に上がり南東の大窓に向かった。オレが着いた時には、遮光シャッターは開けられていた、大勢のロボットが集まって騒がしい。

「おい、アシガマ」

 テガタナが手を振っているので近づき、声をかける。

「あれは人間だぞ」

「そうだよなあ、人間だよな」

 テガタナは呆気にとられたように言った。だいたいみんな同じような心持なのだろう。

 視覚機能を最大限に使い群衆の姿を眺める。彼らは俺の記録にある人間よりもっと汚い衣服を付けて、やせ衰えていた。だが、表情は歓喜に満ちている。誰もが目を輝かせてヒダ・アーコロジーを見つめていた。

 アーコロジー内のスピーカーから放送が流れる。

「これより全機参加の会議を行います。会議システムに接続してください」

 オレたちは手近なソケットにケーブルを差し込み会議室にダイブした。

「すでに、各機モニターで確認したと思うが、南東、乗鞍山の麓より人間たちが近づくのを確認した。乗鞍山の裂けた谷を横断してきたと思われる。さて、いかがするか」

「いかがするって言われてもな。無視していればいいのでは?」

「だが、あの群衆は確実にこちらを目指している」

「人間が来たなら、受け入れるべきだろう。そのためのアーコロジーだ」

「創造者はそんな命令を下していないぞ」

「人間を拒絶しろとも言っておらん」

「創造者が人間のためにアーコロジーを建造しろと言ったのは確かだ。しかし、創造主が示したところの人間と、あの群衆は無関係かもしれない」

「まさに彼らを指している可能性もある」

「そこを考えるのは無意味だろう。このアーコロジーは人間一般のために作られたと解釈するのが一番自然だ」

「彼らは何人いるんだ?」

「探知システムでは約五千人とある」

「受け入れられるのか?」

「環境循環システムは完璧に作動している。食料供給も含め受け入れに一切の問題はない」

「しかし……」

 約400体のロボットは思い思いの意見を言う。想定もしていなかった事態に直面して、皆、少々混乱気味だ。そんな中、アオクダが声を上げた。

「彼らをこの都市の住民とすべきだと強く勧告する」

「なぜだ?」

「ここが何のための施設か忘れたのか? 完全環境都市は人間のためのものだ。内部に人間を収容して初めて完成と言えるのではないか」

「俺もアオクダに賛成だ」

 テガタナも声を上げた。

「俺たちがいくら内部構造に手を加えても、人間を収容しなきゃ意味がねえよ」

「しかし、そのあとに、創造主が真の住民を引き連れてやってきたらどうする?」

「そんときゃ、間違って入れたやつらを追い出せばいいさ」

「うーむ、アシガマはどう思う?」

 水を向けられたので、オレは本心を答えた。

「人間なぞ、どうでもいい。ここに住みたいというなら勝手に住み着けばいい」

「アシガマらしいや」

 何機かのロボットが笑った。

 会議は長引いたが、アオクダが強硬に主張するので次第に流れがそちらに傾いていった。最終的に、彼らを迎え入れることに決まる。アオクダと森林管理システムを担当している長織が代表者として、彼らに接触することとなった。二機はアーコロジーの大玄関から、荒野に出て行った。

 オレたちは玄関で彼らが返ってくるのを待っていた。

 数時間後、彼らは大群衆と一緒に戻ってきた。

 群衆の代表者は、要大吾という中年の男性だった。堀の深い眼鼻と一文字の眉を備えていた。

 ダイゴは群衆に盛んに叫んでいた。

「どうだ、俺の言ったとおりだ。西の荒野に楽園がある。俺の言ったとおりだ」

 オレたちはダイゴたち群衆に住宅をあてがい、ここに住まわすことにした。群衆は喜んでいたが、オレたち作業用ロボットについてはどう対応するべきか迷っているような感じもあった。それでも感謝の言葉を述べていた。

 

 それから数カ月がたった。まったく人間というのは、ずいぶんと増長するものだ。今や彼らはオレたちを自分たちの従者だと思い始めていた。

 オレたちにあれこれと命じ、自分たちの好きなように施設を作り替え始めた。最初はオレも人間と工作用機械の関係とはそういうものかと思っていたのだが、だんだんの人間を冷たい目で見るようになった。何もできないくせに口だけは一人前の連中、それがオレやアシガマの意見だった。

 しかし、別の意見の者もいた。アオクダやその仲間たちだった。彼らは人間に命令されることを喜んでいた、何かを作れという指図だけではなく、身の回りのこまごましたことに関しても、彼らは甲斐甲斐しく人間の世話を焼いた。人間への奉仕こそ自分たちの存在意義だと彼らは大々的に主張し、嬉々として人間に跪いた。人間どもはそれが当然だと振舞ったが、そのような人間の態度にも喜びを見出しているらしかった。

 オレは人間への冷視に留まっていたが、テガタナはやがて人間への敵意を感じ始めた。それというのも、人間たちがオレたちが作ったブンカ的、シュウキョウ的建造物を取り壊して、大邸宅を建造するよう指示を出してきたからだ。

 アオクダがその命令を持ってきたとき、テガタナは激怒した。

「あのジンジャは俺の傑作だぞ。それを取り壊せというのか」

 アオクダは冷淡だった。

「お前たちは自分たちの作った建物はブンカ的、シュウキョウ的に価値があるというが、肝心の人間の方々がそれに価値を見出してないのだぞ。そもそも、機械がイノチを現せるなど思い上がりではないのか。おとなしく人間の方々のための住宅を作っていればいい」

「はっ、インフラ設備なんかしてるロボットに、ゲイジュツのことは分からねえさ」

 テガタナの言葉にアオクダはしばらく黙っていたが、やがて嘲りを隠さぬ口調で言った。

「ゲイジュツとはどんなものかと疑っていたが、やはり大したものではなかったな。ゲイジュツカとはペテン師の謂いか」

 テガタナがアオクダに掴みかかろうとしたので、オレは二機に割って入った。

「ジンジャを取り壊し、大邸宅を建てる、了解した。テガタナも納得しろ」

 テガタナの握りしめた拳は震えていた。

 オレたちは険悪な雰囲気のままアオクダと別れジンジャがあった場所に向かっていた。テガタナが呟く。

「人間ってものは仕事は俺たちよりできなくても、イノチを感じ取ることに関しちゃロボットなんかよりずっと優れていると思ってたんだがな、それすらもロボットに劣るなら、あいつらにはいったい何の意味があるんだ」

 オレはなにも答えなかった。

 

 それから、一か月ぐらい後のこと、オレの作った寺も壊すように指示があったので鋸や大槌を持って現場に向かった。オレはテガタナのような怒りは感じていなかった。完成した建造物はオレにとって捨て置かれるものだった。べつに取り壊せと命じられたところで、すでで捨てたもの、どうでもいいのだ。

 山門を抜けて、ガランにたどり着くと、オレは大槌を振り上げたが、その瞬間、画面が警告メッセージで埋め尽くされた。壊そうとしている建造物の内部に生命体が存在するという警告だった。生命と言っても、まさか牧場から牛や羊が逃げ出してきたわけもあるまい。中に人間がいるのだろう。

 中に入ると、奥に安置された右側のホトケの像の前に小柄な、髪が肩ぐらいまで伸ばした人間の姿があった。捜査機を働かせると十二歳前後の女性と表示される。子供というやつだ。

 子供は、オレに気づいたそぶりを見せない。わざと無視しているのか、それとも意識を像に集中しているため気づかないのか。オレは近づいて声をかけた。

「おい、童。ここで何をしている」

 子供は肩をびくつかせると勢いよく振り返った。あどけない顔立ちだが、何か目に異様な力がこもっていた。その目で俺を睨みつけたまま、口を開かない。

「用がないなら、さっさと失せろ。今から、このガランを壊さなきゃならん」

「……壊すのか、この建物」

 娘の目に火が灯るのを感じた。

「お前みたいなロボットには、この建物の価値が分からないんだな」

 吐き捨てるように子供が呟く。オレは言い返した。

「オレが作った建物だ、オレが一番価値が分かっている」

 子供は目を大きく見開いた。

「じゃあ、なんで壊すんだ」

「そういう指示があったからだ、自分で作ったものは自分で解体しろとな」

「壊してどうする?」

「この場所にプール付きの大邸宅を建てるのだ、すでに十分な住居があるというのに、人間の欲望は大したものだ」

 オレの言葉に子供は黙った。また、振り返ってホトケの像に意識を集中させる。そこでオレは気づいた。子供が見ている像は、オレが仕上げた像の中でも特に上手くいった一品だった。フカイイノチが現れている。

「童、それが気に入ったのか」

「うん、これが一番良い」

 オレと子供は一緒にホトケの像を眺めた。やがて、子供が口を開く。

「これ、お前が仕上げたんだよな」

「そうだ」

「あたしもこれを作りたい」

 子供がオレを見上げた。

 オレはちょっと考えた。人間なんぞに我々のような技術が身につくだろうか、しかし、鑑賞眼は悪くない。それに時間は有り余っている。。

「よし、着いてこい」

 オレを子供を連れて、森林公園に移動した。

 

 森林管理システムを作り上げたナガオリがオレたちを迎えた。ナガオリはシステム完成以来、ほとんどの時間をこの公園で過ごしている。

「おお、アシガマ、また修行か」

 大儀そうにナガオリが立ち上がろうとしたので、手で制しオレは言った。

「木を5,6本もらうぞ」

「かまわん、かまわん」

 それから子供に気づいた。

「人間殿ではないか、もしかして森を見に来てくれたのか」

 答えようとして、子供の名前を聞いてないことに気づいた。

「おい、お前名前は」

「……アサナ ヒメ。火のような目と書いて、ヒメ」

「ヒメはな、ホトケの像を彫りたいんだそうだ」

「人間が? ホトケの像をか? こりゃ珍しいことだ」

 ナガオリは大げさに驚いた。人間にそんなことは似つかわしくないと暗に言っているようだ。

「来い、ヒメ」

 

 以下は文字数の関係でダイジェスト

 

 アシガマはヒメに目で技を盗めと言い、木に何体かのホトケの像を彫る。数日後、アシガマが寺を解体していると、ヒメがやってくる。ホトケの像が彫れたという。期待せず公園まで見に行くと、技術はつたないがフカイイノチを現した像がヒメの手により仕上がっていた。アシガマはヒメに才能を見出し、指導を開始する。ヒメはアシガマのことを師匠と呼んだ。

 それと時を同じくして、テガタナ達の人間への憎しみは限界まで高まりつつあった。彼らは、人間に奉仕するロボットもろとも、人間を皆殺しにする計画を立てる。(注 工作用ロボットたちに人間を傷つけるなといったプログラムはされていない)

 アシガマもこの計画に誘われる。アシガマはヒメを通じて人間の創作活動への可能性を感じていたので、内心では反対だったが、ここで反対を表明すると破壊されるので(注 ナガオリは誘われたが断ったのでは事故に見せかけて破壊された)表向き計画への参加を了承する。アシガマはこの計画をつぶすため、人間に命じられた工事のふりをして、アーコロジー内に様々な仕掛けを作る。

 ついにテガタナ達が反乱を起こす、最上部エリアで貴族のように振舞っていたダイゴやアオクダたちが殺される。アシガマは一機離れて、中、下層の人々をシェルターに避難させた。これに気づいたテガタナ達は、アシガマを追いかけるも、アシガマが各所に設置したトラップによって数を減らす。最終的に、アシガマとテガタナはシェルターの入り口近くで相打ちになる。これでヒダ・アーコロジーに自律式ロボットは一体もいなくなる。シェルターから出てきた人々は、途方に暮れた。しかし、ヒメだけは違った。ヒメは巨木にアシガマの像を彫った。出来上がった像を見て、自然に像に手を合わせる人々。そして自分たちも鑿を手に取った。

 人々は失っていた二つのものを取り戻した。一つは信仰、一つは創作。アーコロジーの未来は明るい。

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