2023年12月
「おめでとう。浅貝。」その言葉とともに物々しい賞書を埼玉ブロック課の課長の中村さんから僕は頂いた。「明日から君が大宮センターの拠点長だ。」
11月最終日にそんな知らせが来た。12月からは僕が新しい大宮センターの拠点長だ。
出世だ。社会人2年目にして僕は配送センターの拠点長という大役を任される事になった。同期の中でもスピード出世じゃないか。頑張って良かった。と様々な思いを馳せながら、全体に送られているメールに添付されている更新されている組織図の大宮センターの一番上の欄に自分の名前がある事を誇らしく思った。すぐにまいちゃんにLINEで報告したが返事がない。恐らく、仕事中なのだろう。1年で1番大変な時期に拠点長になったので少し、緊張や不安もある。取り急ぎ埼玉ブロック各所の挨拶に来月から一気に沢山の会議に参加する事になったり、仕事もより頑張らなければならない。
仕事が終わり、時刻は19時半、赤羽のせんべろにまいちゃんを呼んだ。木曜日だよ。明日にしてよ。と言いながら、急に誘った僕の飲み会に来てくれるまいちゃんの優しさに幸せを感じていた。
この埼京線かな…。板橋駅で今乗ったとLINEが来てから、約6分後に赤羽駅に入線してくる埼京線を見ながら恐らくまいちゃんはこれに乗っているのだろうと思った。「今、きたやつ?」とまいちゃんにLINEを送った。10秒もしないうちに電話がかかってきた。「もうどうしてもって言うからきてやったぞ。大宮ならいかなかったわ」とまいちゃんは楽しそうだ。
飲み放題2時間2000円の店の外に炬燵が置いてある居酒屋に僕らは入った。木曜日なのに、お客さんは沢山いる。学生やサラリーマンがそれぞれの人生の話をしている。
ビールを片手に「出世した彼氏の大祝賀会〜」とまいちゃんの声を高らかに言うとジョッキはカン!と音を鳴らした。美味しそうにビールを飲むまいちゃんの口に泡がついていた。可愛かったので、あえて教えない事にした。
好きなバンドのライブのチケットが取れた話とかまいちゃんの板橋の社員寮は壁が薄く本格的な冬が来て冷える話や通勤している時に人身事故に合って忙しい時は遅延が許せないって思うけど、そこで誰か亡くなったのにそんな事思っちゃうのは心に余裕が無くなっている証拠だとかいろんな話をした。
「12月25日は遅番で24日は休みにできたから…クリスマスプレゼント何がいい?」と僕はまいちゃんに聞いた。正直、3年付き合ってても彼女の欲しいものは分からない。下手にSNSで調べたイマドキ女子の流行りのコスメを買ってプレゼントした所で趣味を外せば地雷を踏むだろう。プレゼントをするならちゃんと使って欲しいし…。「りゅう君がプレゼントしたいものならいいよ。」とまいちゃん。僕は1番困る回答だ。って顔していたんだろうか。僕の顔を見ながらまいちゃんは「…強いて言うなら指輪かな…。」と少し恥ずかしそうな顔で言った。「指輪……サイズ教えてよ。」と新手のプロポーズかって思ったけれど、ここで動揺したら男らしくないと思って、顔色を変えないで僕はまいちゃんに聞いた。「もっと驚いてよ。」と笑うまいちゃん。「もう付き合って3年だし、周りも結婚し始めているからって訳じゃないけど時々、思うんだ。りゅう君とこのままずっといれたらどうなるのかなって。」まいちゃんの顔は真剣だ。新手のプロポーズじゃないですか。正直な所、結婚とかは何も考えていなかった。このまままいちゃんとは一緒にいたいとは思うけれど、学生時代から当たり前に続いていた日常になったまいちゃんとまた新しい日常を作る日が来るのかな…と僕は思った。「結婚ね……。それもありなのかもね。」と僕は言った。
お互い会話の落とし所に困ったのか。まいちゃんが口を開いた。「まあ…未来の話は徐々にしていきましょう!とりあえず、今よりブラックになる彼氏に乾杯!」半分くらい飲んだレモンサワーの氷はほとんど溶けていた。
お互いの終電の時間を確認して、まいちゃんとは別れた。赤羽駅の喫煙所で煙草を吸っていたら、ガールズバーのお姉さんに話しかけられたが丁重にお断りした。「野球拳もできますよ?」と誘ってくるガールズバーのお姉さんに一瞬、心が揺らぐが、別にやましい気持ち抜きにどういう状態になるんだろうか。と男の妄想にふけたが。僕の意思は固く、丁重にお断りした。あのガールズバーのお姉さんも僕みたいな田舎から来た人間なのかな。と思いながらさっき飲んでいたレモンサワーの後味と煙草のセッションを口の中で行う。柑橘系の香りが心地よい。一服を終えて、僕は赤羽駅の改札を出て4番線のホームに向かった。
結婚して一緒に住むようになったら住宅手当はどうしたらいいのだろうか。そんな事を考えながら、高崎線の籠原行きに僕は揺られていた。「まもなく浦和浦和…京浜東北線は…」アナウンスがして2分後にドアが開く、本格的に冬が到来しているように思えて、電車内と外の気温差に足元が少し肌寒く感じる。明日から大宮センターの拠点長だし、一旦は仕事を頑張るかと遅番で12時出勤な事を幸運に感じながら僕は家路を急いだ。
それからの時は一瞬だった。11月から続いている大セールに加え、新たに拠点長業務に所沢センターに異動になった野口元拠点長はすべてが適当だったので、仕事の抜け漏れを見つけ出しては直す作業が続き、仕事に忙殺されていた。
「浅ちゃんお疲れ!」缶コーヒーを片手に藤原さんがやってきた。「どうですか。拠点長は……」藤原さんは楽しそうだ。「有難うございます。いやあ、きついですねえ」とコーヒーを開けながら笑う僕。「浅ちゃん、新卒の頃から見ているけど、君は責任感があるいい男だねえ。」と藤原さん。「藤原さんは拠点長やらないんですか。人をまとめる力で言ったら僕よりあるとは思うんですが…」と僕が言うのを遮るように「拠点長?嫌だね。○○長ってのは基本、肌に合わなくてな。会社潰してるしな俺。」と藤原さんが言った。「会社やってたんですか?元社長って事ですか?凄いですね。」と僕。「まあ若い頃よ。仲間と一緒にやったんだ。トラックの会社。ほんと仕事とる為に必死で営業してよ。従業員の人生もかかっているから気が気じゃなかったぜ。今はのらりくらりと毎日をこなしながら、やれって言われた事をやるだけ。簡単だわ。趣味の釣りにも時間を裂ける。ホワイト企業最高です。」と藤原さんは笑った。
この会社をホワイト企業というのは相当なブラックな働き方をしていたんだろうと想像していたら、藤原さんは肩をたたいてきて「君らみたいな若い子を輝かせるのが俺らみたいな老兵の仕事だからさ。かっこいい男になってな。拠点長。」そう言って自分の業務に戻っていく藤原さんの背中は一人の男としてかっこよすぎた。「有難うございます。頑張ります!」僕は大きな声で言って、タイピングスピードは自分史上過去最高速度をたたき出す速さで残りのタスクを消化していった。
2023年12月15日、大セールも徐々に落ち着きを見せ始めて、僕の疲労はピークに達していた。ドライバー全員が帰庫して、明日の荷物を整えていたら、中村課長からの電話が鳴った。「お疲れ、ドライバー全員帰った?浅貝〜まずいぞお前。あと2時間残業したら今月80超えるぞ。」と中村課長。「お疲れ様です。すみません。本日の業務が終わりましたら速やかに上がりますので、ご指摘有難うございます。」と僕。「お前はもう少し、人に仕事を振るのを覚えたほうがいいな。それじゃ、お疲れ。気を付けるように。」と中村課長。「はい。申し訳ありません。有難うございます。」と僕が言い終わる前に電話が切れた。
今月はこれからザビ残やった方がいいのかなと思いながらも働いた分はもらいたいと思った。素早く業務を終わらせ、僕は定時で帰った。もうすぐ今年のセールも終わっていつもの日常に戻る。「誤配なく、事故なく、トラブルなく。」少し呟く。仕事って難しいなと痛感する毎日だ。「コンプライアンス、過労運転、2024年問題。」物流業界は、課題だらけだ。2024年になったら荷物が当たり前に届かなくなる。日本の物流が崩壊する。と業界人として不安になるニュースが今日も流れる。どうしたらいいんだろう…。と思って空を見上げた。大宮の空は星が瞬いていた。
浅貝竜馬は本気だった。早番で上がって明日は休み。時刻は22時。完璧に仕事をこなし、絶対呼び出しがないように努めた。明日、10時30分に池袋でとまいちゃんにLINEを送ったら準備万端だ。そう、明日は12月24日。クリスマスイブ。すべてはこの日の為に準備してきた。池袋はあくまで集合場所。とりあえずで池袋を選ぶ自分に反省しつつ、いつもの駅である池袋に感謝している。豊洲のチームラボ、そのあとのランチ、最後の丸の内のディナーとイルミ。計画は完璧だった。まいちゃんの気ままタイムとショッピングタイムもあるから予定に余裕がある。つまりランチとディナー以外は自由だ。ここまでも3年も一緒にいるからなせる技。ファッション系のインフルエンサーが押していたコートに身を包んだら戦闘開始だ。この服はまいちゃんの知らない僕の姿。藤原さんの任せとけ!の顔を思い出しながら寝る支度をする。今年1のビックイベントをめちゃくちゃ楽しんでやる。
「まもなく池袋池袋。山手線、埼京線、東武東上線…」湘南新宿ラインは池袋に向かって走っている。時刻は10時半前。今日は12月24日。クリスマスイブ。まいちゃんにもうすぐ着くよとLINEをした。
デートは順調に進み、息を飲むような芸術を眺めながら、インスタに投稿する写真を選んでいるまいちゃんを見ながら幸せを感じていた。豊洲といえば海鮮じゃないか。と思って、目星をつけていた海鮮系のお店に行こうとしたけど、「新潟では半額以下でもっとおいしいの食べれる」というケチを新潟出身のまいちゃんから頂いたのと、僕もランチは予約していなかったという事で、僕らは早くも東京駅に来た。検索して見つけた丸の内のイタリアンをまいちゃんに見せたら、親指を立ててきたので、お昼はそこにする事にした。
チームラボの感想を二人で語り合っていたら、料理が来た。東京駅丸の内駅舎が見渡せる眺望で、約1000円〜の単価感で当たりのお店を見つけ出した高揚感で僕らは満たされていた。 「次はどこにいこうか。」と僕が言うと、まいちゃんは「プレゼント買いにいこう!」ととても楽しそうだ。そんな幸せの中で、僕のスマホが鳴った。番号を見たら大宮センターだ。嫌な予感しかしない。「出なよ。携帯鳴っているよ。」とまいちゃん。「いや会社からなんだよね。今、まいちゃんといるし、今日休みだし。」と僕。「大事な連絡かもしれないじゃん。ずっと気になっていたら、それこそ今日、楽しめないよ。」とまいちゃん。
それもそうだ。と思ったので電話が切れたが折り返す事にした。「ごめん!浅ちゃん!」開口一番、藤原さんが謝ってきた。「何があったんですか?」と僕が聞くと「首都高で荷物が入った大型トラックが横転したんだ。すぐに新しい荷物を手配して急ピッチで梱包して大宮センターに来るらしいんだけど、5000以上の荷物が集荷遅れになってしまうんだ。今日はクリスマスイブだから指定時間入れているお客さんも多くてこのままだと大クレームになる。」と珍しく焦っている藤原さんが言った。大トラブルの休日出勤とまいちゃんとのクリスマスデート、今僕には二つの選択肢がある。このトラブルがまずい事で拠点長である自分は何とかしなきゃいけないのは分かる。でもいつも仕事でなかなか一緒にいれないまいちゃんを目の前にしてそんな事言えない。今日は僕にとっても彼女にとっても大切な日なんだ。「午後便、ドライバーの着車時間、できる限り引っ張れますか?ヘイトめちゃくちゃ来るのは承知です。首都高で横転した分の荷物がくるのは何時だか分かりますか?」と頭をフル回転させて、僕は藤原さんにきいた。「16時だ。16時にその荷物がくる。」と藤原さん。「承知しました。後ほどまた連絡します。」と僕は電話を切った。
「まいちゃん…。」僕は声が出なかった。イルミネーションはいけなくなるかもしれないと言うのが辛すぎた。「会社いかなきゃなりそうなの?」とまいちゃん。僕が頷くと。「そう。」とまいちゃんは物わかり良すぎる反応をした。明らかに機嫌が悪い。「まいちゃん。ごめんね。今日、15時半までに大宮に戻らないと…」口が乾燥していくのを押しつぶしながら僕は言った。まいちゃんは少し泣きそうだった。僕はもう泣いてしまいたかった。「今日ね…凄い楽しみにしていたの。りゅう君がお仕事忙しいのも分かるしでも…」まいちゃんの顔が崩れていくのを感じる。なんとかしろ……僕……。こういう時になんて言えば良いんだ。「一緒に大宮いこう。」僕は言った。自分でも反射的すぎて良く分からなかった。「ごめん。本当にごめん。情けない彼氏だ。でもね。僕、まいちゃんとずっと一緒にいたい。生きる為にお金は必要だから働くし、働いたら責任が生まれるから理不尽な事に巻き込まれるけど、ずっと一緒にいたい。わがままな事は分かっている。今から一緒に大宮に行こう。」と僕は言って半ば強引にまいちゃんを連れて大宮に向かった。
僕とまいちゃんは高崎線に揺られていた。まいちゃんも僕も口数は少なく、それでも僕はまいちゃんの小さい手のひらを握っていた。傍から見たらバカップルだろうが今日くらいは許してほしい。僕の仕事は、誰かに荷物を届ける仕事だ。クリスマスなんかは、僕らが届けた荷物が誰かのクリスマスプレゼントになったりする。それは、誰かが恋人に渡すものかもしれないし、愛する我が子に渡すものかもしれない。もしサンタクロースに恋人がいたらどんな気持ちなのだろうか。今日くらいはまいちゃんにプレゼントを渡したかったな……。
大宮駅に着いてからも僕らは手を繋いで歩いた。大宮の街もクリスマス色に染まっていた。街を歩けば流行りのクリスマスソングが流れている。僕の下宿まで徒歩15分くらいだ。まいちゃんの歩幅に合わせて歩いて家路を目指す。「一緒に来る?」と僕がまいちゃんに聞くと「どんだけ私の事好きなの?職場まで彼女来たら嫌でしょ。」と笑っていた。
まいちゃんのくっしゃっとした笑顔を見て、少しだけ心が落ち着いた。
僕の下宿先に着いて、荷物を降ろした。まいちゃんが来るとは思わず、the男の一人暮らしといわんばかりの汚い部屋に嫌気が刺す。「いってくるね。」と僕が言うと「制服に着替えなくていいの?」とまいちゃん。「休日出勤だからね。給料でるかも分からないし、僕なりの小さな会社への抵抗かな……。まいちゃん本当に有難う。大好き。いってきます。」
僕はまいちゃんにキスをして大宮センターに向かった。