【第一話】初めまして?
ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…
だだっ広い雪山を背丈が3mほどある赤いツノの若い男が彷徨っていた。
吹雪が止まないこの土地でもう何時間も歩いている。
だが、この男は寒さも、疲労感も空腹感も無い。
骸骨のような細い男がポケットに手を突っ込んだ状態でフラフラと歩いていた。まるで蘇った死体だ。
「ここは港迎島という島の環辻山という雪山だ。小生の名前はウェン」
男、ウェンはこの情報しか覚えていなかった。
自分がどこから何のために、こんな場所にいるのか、わからなかった。
ただ、虚ろな目をして雪山を歩き続けていた。
ウェンの目の前に何か見えた。
暗緑色の髪の女が遠くからこちらを見ている。
女は後ろを向き、腕を大きく振り、まるで何かに合図するような動きをした後こちらに走ってきた。
「おーい!そこのお兄さーん!!!」
気になって脚を止めたが、女の全身が見えた途端にウェンは逃げたくなった。
人の事を言える服装では無いが、女のそれは雪山とは思えず異常だと感じた。
小生はジャケットにタンクトップと短パンだが、その女は肩見せワンピースとアームウォーマーという雪山とは思えない服装をしていた。
逃げたいが、何故か脚が動かない。
脚を見ると、女の髪色と同じ暗緑色の煙のようなものが発生していた。
女の全身がハッキリ見えた。服装というか体に全体的にベルトのような装飾をつけている。
「ねぇねぇ、そこのお兄さん。こんなとこで何してるの?」
女が明るい口調で質問したが、それは小生が知りたい
「あれっ?もしかして記憶喪失?」
なぜ、それを知っている?
「ヨミハオリグモに襲われたん?」
なんだそれは
「記憶無いならわからんよね」
そう言って女は少し困ったような顔をした。
「ここから15kmくらい歩いたところに会社があんねんけど、その辺に住み着いてる厄介なクモでさ〜。ソイツに噛まれると記憶無くなるんよ。お兄さんソイツに噛まれたんちゃうん?」
そうかもしれない
「小生には自分の名前と、この場所の情報しかわからない」
思い切って自分の現状を伝えてみた
「そんな気してたわ。ヨミハオリグモに噛まれたらみんなそないなるからね」
女は苦笑しながら、そう言った。
「お前は何をしてるんだ?」
女に聞いてみた。
「ちょ、女の子にお前呼びはモテへんで」
女は少し笑った
「私はヲリーヴ、旅役者やねん!んで、芸名はアチェート!よろしくね!」
女、ヲリーヴが小生の手を取り、かなり強引に握手してきた。名乗れという重圧をヒシヒシと感じる。
「小生はウェン。記憶喪失、無職」
「記憶喪失で無職って、だいぶ厳しくない?」
ヲリーヴがニヤニヤしながら聞いてきた。
「良かったら、うちの劇団おいでよ!今団員不足で困ってたんよね」
この女、かなり強引なところがある。
小生が役者なんてできるのか不安しかない。しかし、これを断れば再び何時間も雪山を彷徨うことになりそうだ。
「わかった。行く場所も無いし、旅をしていれば自分が何者なのかわかるかもしれない。入団する」
ヲリーヴがガッツポーズした。
「よっしゃ!あっちに私らの馬車あるから行こ行こ!!!」
いつの間にか煙は消えていて、ヲリーヴに手を握られ、引きずられるように走った。
一緒に走っていると、目の前に大きなペガサスと大きな白い馬車が見えてきた。
それと同時に黒髪で褐色肌の女性がこちらに走ってきた。
「ヲリちゃん!どこ行ってたの?またナンパ?」
その女性の美しい声に小生は心を奪われてしまった。
「今回はちゃうって!スカウトしててん!」
どうやら、この女性もヲリーヴと同じ旅役者のようだ。通りで見た目も声もこんなにも美しいのか。
「本当!?新人さん?」
小生は顔を赤らめながら黙って頷いた。
「ようこそ、劇団エネルジコへ!私の名前はベルギア、芸名はコマチって言うんだ〜。仲良くしようね」
そう言ってベルギアはヲリーヴ同様に小生の手を取って握手した。時が止まった様に感じた。
小生は今後どうなるのだろうか。
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