表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【泥ママざまあ】誰がが家の庭に侵入したかもしれない→異世界テイマーの夫が対策したら予想外の結末に!?

挿絵(By みてみん)


 私は30代後半の専業主婦。

 サラリーマンで年の近い夫と小学3年生の娘と一緒に住宅街の一軒家で暮らしている。

 近所付き合いもうまくいっていて、特に娘の友達繋がりで知り合ったママ友たちとは仲が良い。

 たまに集まってご飯を食べたり子供たちを連れて遊びに出かけたりする良い関係を築けている。


 そんな平和で幸せな生活を送っていた最中に事件が起こった。

 とある日の夕方、買い物を終えて夕飯の支度をしていると娘が学校から帰ってきた。

 娘はランドセルを玄関に置いて庭へ向かった。

 庭といっても小規模のガーデニングができる程度の小さな庭だ。

 半年ほど前から娘が花を育てており、今は綺麗なパンジーが一列に並んで咲いている。

 学校から帰ると真っ先に花に水やりをするのが娘の日課になっていた。


「ママ!ちょっと来て!」


 娘が庭に行ってからしばらくして、私を呼ぶ声が聞こえた。


「夕飯の準備をしているの。今じゃないとダメ?」


「ダメ!早く来て!」


 いったい何があったのだろうと思いながら、私はサンダルを履いてリビングから庭へ出た。


「どうしたの?毛虫でもいた?」


「ここ見て!パンジーがなくなってる!」


「なくなってる?」


 娘はパンジーの列の端を指差した。

 よく見ると土を掘り返してから穴を埋めた形跡があった。

 毎日世話をしている娘だから気付くことができた些細な変化だった。


「誰がが盗んだのかな?」


「うーん……」


 最初は野良猫の仕業かもしれないと思った。

 この辺りには結構な数の野良猫が生息している。

 道路や塀の上を歩いている姿はもちろん、庭を横切る姿も何度も見たことがある。

 しかし家庭菜園の野菜が齧られていたならともかく、猫がわざわざ土を掘り起こして花を食べるという話は聞いたことがなかった。

 もちろんこのパンジーはホームセンターで買った種から育てた一般的な品種だ。

 仮に何らかの理由で花を持っていったとしても、まるで犯行を隠すかのように掘った穴をここまでしっかり埋めるだろうか。


 やはり娘が言った通り、人間が盗んだと考えるのが自然だ。

 だが母親である私が肯定すると余計に怖がらせてしまうかもしれないので咄嗟に、


「パンジーがとても綺麗に咲いていたから、鳥が巣の材料に持っていったのかもしれないね」


 とギリギリあり得そうなことを言った。


「そうかな……?じゃあ仕方ないか……」


 娘はいまいち納得していない様子だったが、それ以上何も言わなかった。

 幸いなことに庭に高価な物を置いていなかったこともあってか他に盗まれたものはなさそうだった。


 その日の夜中に私は夫に相談した。

 娘が大切に育てているパンジーが盗まれたことも当然ムカついていたが、それ以上に誰かが住居侵入したことが心配だった。

 庭の様子はリビングの窓から丸見えで不審者がいたらすぐに気付くはずなので、家に誰もいない瞬間を狙った計画的な犯行の可能性があった。

 今回の盗みがうまくいったことに味を占めて、次は庭だけではなく家の中に入ってくるかもしれないと思うと不安な気持ちになった。


「やっぱり警察に通報したほうがいいかしら?」


「最終的には警察のお世話になるかもしれないけど、盗まれたのが花だけなら後回しにされたり、そもそも動いてくれない可能性もある。まあひとまず俺ができる範囲でなんとかしてみるよ」


 今後の対策ついて話し合った結果、やはり防犯カメラはあったほうがいいだろうということで意見がまとまった。

 週末に家電量販店で防犯カメラの購入と設置工事の依頼をすることが決まった。

 

 次の日の早朝に夫はどこかへ出掛けた。

 そして30分ほどで戻ってきた。


「とりあえずカラスを10羽テイムして家の周りに配置しておいた。不審な人物が敷地内に入ったら威嚇して追い払ってくれる」


 実は夫にはテイマーと呼ばれる魔物をテイムして使役できる不思議な能力がある。

 これは高校生の時に交通事故に遭い、転移した異世界で習得した力だ。

 冒険者になって仲間たちと依頼をこなしながら元の世界に帰る方法を探した。

 そして様々な人物の協力のおかげで無事に地球へ帰ることができた。

 病院のベッドの上で目を覚ましたが、異世界で5年以上過ごしたはずなのに交通事故が起きてから1時間程度しか経っていないと知り、長い夢を見ていただけだと思ってガッカリした。

 しかし異世界で習得したテイマーの能力がこの世界の動物にも使えたことで、異世界で過ごした日々は現実だったと確信できた。


 夫から初めてこの話を聞いたのは、私たちが交際を始めて半年ほど経った頃だった。

 当然こんなファンタジー小説みたいな話を信じることはできず、この人は現実と妄想の区別がついていない人なんだと警戒した。

 そんな私の反応を予想していたのか、夫はこれが証拠だと言わんばかりに近くにいた鳩の群れをテイムして何の道具も使わずに言葉だけで操ってみせた。

 夫の指示通りに鳩たちが動く様子は、まるでCGアニメを見ているようだった。


 夫に異世界で過ごした経験とテイマーの能力があるからこそ、カラスに防犯カメラを設置するまでの臨時警備員にする案を思いついたのだろう。

 異世界ではテイマーは主に偵察や見張り向けの能力として知られており、テイムした動物の知能を底上げする効果もあるらしい。

 日本人にとって身近な鳥で元から賢いと言われているカラスは適役だった。

 それに不審者や泥棒は大きな音を嫌うらしく、カラスの大きい鳴き声なら高い撃退効果が期待できた。

 正直不安はあったが、


「異世界と能力の存在がこの世界に認知された時の混乱は計り知れない。それに俺と同じ境遇で能力を隠しながら生活している人たちに迷惑がかかるかもしれない」


 という理由でテイマーの能力を滅多に使わない夫が、家族の安全を守るために積極的に動いてくれたことがとても嬉しかった。


 夫と娘を見送ってから家事をしていると、あっという間に正午になった。

 平日ならいつものことなのに家に1人でいるのが心細く感じた。

 物音が聞こえたら泥棒がきたのではないかと体を強張らせて、何も聞こえなくてもついつい外の様子を確認してしまう。

 このままでは無駄に神経を削るだけだと思い、少し迷ったがカラスたちを信じて気分転換に近所を散歩をすることにした。

 家中の窓の鍵がかかっていることをしっかり確認してから家を出た。


 特に目的地もなくぶらぶら歩いているうちに気分がスッキリした。

 それでもこの街のどこかに泥棒が住んでいるかもしれないという不安は完全には消えなかった。

 途中でコンビニに寄っていこうと思っていたのをやめてまっすぐ帰ることにした。


 ガァー!ガァー!


 ガァー!ガァー!


 家まであと少しのところでカラスの鳴き声が聞こえた。

 しかも1羽だけではなく複数羽が一斉に激しく鳴いているようだった。

 私は歩く速度をあげた。

 家の前の道路まで来た時、


「ぎゃああああああああ!!!!!!!」


 叫び声と共に女性が飛び出してきた。


「ガァ!ガァ!ガァ!ガァ!」


 カラスたちが羽を広げながら威嚇を続けている。

 かなり怒って興奮しているようだった。


「あーもうくそっ!……っ!?」


「あ」


 女性と目があった。

 髪がボサボサになっており、顔に生傷がいくつかあるのが確認できた。

 右手には小さなスコップを持っていた。


「……」


 女性は私を一瞬睨みつけてから走り去っていった。


「えっ……と……?」


 あまりの出来事に頭が混乱したが、何が起こったのかだいたい察しがついた。

 敷地内に侵入した女性にカラスたちが威嚇をしたが無視された、あるいは危害を加えられそうになったので追い払うために強行手段に出たのだろう。


 そして私はその女性のことを知っていた。

 直接の知り合いというわけではなく、悪い意味で有名人だった。

 所謂キチママと呼ばれているタイプの人間で、少しでも気に入らないことがあると大声で叫び始めたり、意味不明な理由で一般人に絡んだり店員へのカスハラを繰り返している。

 年齢は30代後半らしいが、我が儘な子供のような支離滅裂な思考と被害妄想が激しいという厄介な性格を併せ持っており、この辺りの住人の間では関わってはいけない要注意人物という共通認識があった。

 最も、今回の件で私の中ではただのキチママから泥キチママに昇格した。


 私としては泥キチママに住居侵入した理由と盗んだパンジーをどうしたのか問い詰めたいと考えていた。

 一方で夫は、


「どうせしらばっくれるか意味のわからない答えしか返ってこない。頭のおかしい人間には無闇に近づかないのが一番の対策だ」


 と言って、こちらからは泥キチママに関わらないほうがいいという考えを示した。

 ひとまず3度目がない限りは放置することになった。

 娘には全てを伝えたうえで泥キチママに気をつけるように言い聞かせた。

 色々と中途半端になってしまったが、今は花を盗んだ犯人がわかっただけでもよしとすることにした。


 カラスに攻撃されたのがよほど参ったのか、その日以降に泥キチママが侵入してくることはなく、防犯カメラを無事に設置することができた。

 しかし同じ街に住んでいる以上、絶対に顔を合わせないようにするのは難しい。

 翌週の土曜日に行きつけのスーパーの入り口で泥キチママとばったり遭遇してしまった。


「魔女だああああ!魔女がいるぞおおおおお!


 泥キチママは私の顔を見るなり叫んだ。


「はい?」


「こいつは凶暴なカラスを操って私を殺そうとした!次は私に呪いをかけるつもりだな!?」


「呪い?あの、一旦落ち着いて」


「それ以上近寄るな魔女め!みなさーん!ここに人殺しの魔女がいまーす!警察呼んでくださーい!」


 とにかくすごくうるさく、そして激しかった。

 泥キチママが荒れ狂う様子をこんなに近くで見るのは初めてだった。

 怒っているのか怯えているのかわからないが、私のことを魔女だと思い込んでいるようだった。

 思い返してみれば確かにカラスをけしかけて待ち伏せしていたようにも見える。

 もちろん私の力ではなく夫の力で、魔法ではなくテイマーの能力なのだが、いちいち説明する義理はないしするつもりもない。

 そもそも攻撃された原因は泥キチママの住居侵入なので自業自得だ。


「キエエエエエエエエ!悪霊退散!悪霊退散!」


 突然泥キチママが鞄から木彫りの像ような物を取り出して振り回し始めた。

 周囲にいた買い物客が嫌そうな顔をしながら急いで離れていく。

 私も逆の立場だったらきっと同じことをしていたので文句は言えない。


「悪霊退散!悪霊退散!悪霊退散!悪霊退散!」


 泥キチママは頭を激しく振りながら叫び続けた。

 まるで何かに取り憑かれているようだった。

 悪霊退散が必要なのは自分ではないか、そもそも魔女に悪霊退散は合っているのか疑問に思いつつ対応に困っていると、警備員の男性が2人やってきた。


「はい奥さん落ち着いてくださーい」


「ここにいると他のお客さんの迷惑になるので、ちょっとこっちに来てくださいねー」


 警備員は有無を言わせない強引さと毅然とした態度で泥キチママを店の外へ連れ出した。

 私も呼ばれると思ってしばらく待っていたが、警備員が戻ってくることはなかった。


 その5日後に泥キチママは万引きで捕まった。

 又聞きなので直接見たわけではないが、どうやら駅前のドラッグストアでやってしまったそうだ。

 噂を聞いたママ友たちからは、


「いくらあの人でも万引きをするとは思わなかった」


 などの驚きの声が多くあがった。

 泥キチママの住居侵入と窃盗を知っている私からすればそこまで意外な話でもなかった。

 こう言ってはなんだが、取り返しのつかない罪を犯す前に逮捕される経験をしたことで泥キチママの更生と今後の人生のためになるとすら思った。

 

 2日後、泥キチママが死んだ。

 とある家の庭で置き物を物色していたところを住民が発見し、走って逃げている途中で転んで縁石の角に頭を強く打ってしまったそうだ。

 もう関わりたくない人物だったとはいえ死んでほしいと思っていたわけではないので複雑な感情になった。

 それと同時に、もしかしたら泥キチママは以前から住居侵入を遊びとして、例えばピンポンダッシュのようなスリルを楽しむイタズラ感覚で何度も行っていたのではないかという仮説が浮かんだ。


 娘のパンジーを盗んだことに特に理由はなく、忍び込んだ家の庭で偶然目についたから何となく盗んだだけなのではないか。

 魔女のせいで遊びが失敗したと思い込んで感情の制御ができなくなり、更なるスリルを求めて万引きに手を出したのではないか。

 そして捕まったことで失った自尊心を回復させるために、手慣れている住居侵入を成功させようとした矢先にまたしても見つかって……。

 これらは全て私の憶測に過ぎない。

 証拠はないし泥キチママしか知らない目的や理由があったのかもしれない。

 しかし当の本人がこの世にいない今となっては真実を確かめる術はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃY◯uTubeに流れていそうなサムネ画像とストーリーが面白かったです [気になる点] 万引きのところで訃報という言葉が使われているのですが誤字ですかね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ