お前がパパになるんだよ!
朝。
寝坊すると思っていたが、起床時間通りに起きることができ、朝食の準備を滞りなく用意できた。前日のごはんとみそ汁に加えてソーセージとベーコンエッグ、キャベツの千切りを各お皿並べて用意した。
『普通』
『定番過ぎて面白みがない』
またしても姉たちにはすごい言われようだった。
絶対に昨日、外食しなかったことを根に持っているな?
………ここで過ごしているからには処世術がある。
そう、考えないようにすることだ。
雨にも負けず、風にも負けず、姉達と姉達の辛辣な口調に負けず、無理難題を押し付けられても丈夫な精神力を保ち、いつも静かに嘆いている。そんな男に僕はなる。
………思っていても悲しくなる。
三人分の食器を片付けて、地上東地区に向かう準備を進めていく。
朝食を食べた姉たちは各部屋に戻っていった。
が、真衣姉さんは結局出勤時間を守らず、遅い出発を平然としていた。
それでいいのか、コロニー3で最強と呼ばれている人よ。
理奈姉さんはリモートでの会議のため、出社ではなく部屋の画面に向き合っているころだろう。
そうこうしている間に、準備を終わらせ地上東地区に向けて出発する。念のため紅葉さんに連絡を入れる。朝ご飯をそちらにもっていった方がいいのか、タオルなどの生活必需品等を持ってきた方がいいのかなどである。
が、要らないとのこと。
理由は到着してから説明すると言われた。
地上東地区に向かうためのエレベータに乗り、地上に出る。
毎回思うが、砂漠地方の明け方の気温はまだいいが、昼には約40度、夜間になれば5度くらいにまで冷え込む。
地上東地区はシェルターに囲まれ、外界気温とは遮断されているものの完璧ではない。昼付近になると、30度くらい夜中は15度くらいの気温落差が発生する。シェルターの外よりは、マシだが厳しい環境であることには変わりない。その中でもこの地区の人たちは逞しく生きている。また、地上の防衛線からさらに向こう側、旧都市付近にまで行き、土壌の改善を行い、森林生育にも努めている。彼らがいるおかげでこの百年の間で地上の環境は改善されてきている。
ここで旧都市とあるが、専用の装備がなければ入ることはできない。
旧都市には昔の遺産があるとされているが、非常に放射線の線量が高い場所である。どうして、高いのかはわからないが、地上のあらゆる旧都市は、線量が高く侵入することは難しいと、各コロニーから報告されている。
そのうち解明されることを願うばかりだ。
感慨に更けていたら隠れ小屋まですぐについてしまった。
小屋の敷地に入り、入口の扉を開けようとした時だ。
ドドドドドドドドド。
奥からものすごい音を立てて何かが接近してくる。
瞬間的に、防御のために魔力を流してしまい、しまったと思ってしまった。
ここにいるのは、あの親子と紅葉さんのみだ。
対象が紅葉さん以外なら勢いよく飛び出してきてしまったら跳ね返してしまう。
そう思っていた。
勢いよく、扉が開かれ白い何かがそのまま突っ込んできた。
———体に通した魔力は意味をなさず、その衝撃を真っ向から受けてしまい、僕は後ろのブロック塀を壊して地面にこすりつけられる形で意識を手放した。
意識を取り戻したとき、見慣れた小屋の天井が目に入った。
「お目覚めですか?」
紅葉さんがこちらを気に掛けるようにのぞき込んでいた。
「え、あ、うん」
おかしい、視界が真っ赤だ。
体のあらゆるところが痛い。
正直、何が起きたのか理解できないでいた。
「僕、なんで横になっているの?」
そんな質問をすると、紅葉さんから嘆息と、めんどくさそうな顔を向けられた。
まずいこと言ったのかと、びくついたが違ったらしい。
「横にいる方のタックルを食らったのです」
「横?」
そこで初めて昨日助けた女性がいることに気が付いた。
———なぜか、涙目になって。
「はぁ。全くどうして私の周りにいる方々は面倒ごとを起こすのでしょう。いっそすべて破壊してしまえば楽になるのでしょうか?」
いかん!
破壊神を誕生させてはいけない!
我が家のメイドは世界最凶!
思考フル回転どころか暴走気味に逡巡させる。
姉二号からゲームを借りることがあるが、大抵の選択肢は自分を低くして相手を高く見せることで相手に落ち着きを取り戻せると学んできた!
さあ、今こそギャルゲーで培った知識が役に立つとき!
「ごめんなさい。今度から気を付けます!」
もはや、何を言っているのかわからないが、ここは謝罪による効果で、一旦溜飲を下げてもらおう作戦開始!
「いえ、あなたはもう少しわがままを言ってください。そうしなければ、あのバカシスターズが増長します」
選択肢間違えた!
これはコンテニュー不可!
セーブデータ全部消えた感覚だ。
もう終わった。
僕の青春はここで終わりを迎えた。
せめて、画面の向こう側で推しの子とイチャイチャしたかった………。
「それでは、改めてこの方々のことを説明させていただきます」
終ってなかった!
これはバットエンドに見せかけた選択肢成功だった!
ラブラブでプラスなゲームはこれからだった!
そんな思考をしていたら紅葉さんにものすごくにらまれた。
いかんいかん。
まじめに話してくれているところに水を差すわけにはいかない。
それに僕の思考は読みやすいらしいし………。
紅葉さんが、咳ばらいをして現状を伝えてくれた。
「いいですか? この方はしゃべることができません。正確には脳の一部に障害があるため、発声機能が働いていないと思われます。同時に、記憶障害も起こしているのか、自分の名前もわからない状況です」
それは………。
かなり切迫していた。
それだと何もわからないも同義だ。
「ただ、彼女の記憶中であなたのことは覚えているらしく、命の恩人であると認識しているみたいです」
ふーん。
あの意識の混濁状態の中で僕を見ていた?のかな。
「あと、かなり人懐っこい性格のようであなたの気配を感知した瞬間に飛び出していきました」
あ、うん。
飛び出して超強力なタックルを食らって気絶したけどね。
僕じゃなければ死んでいるね?
いや、僕も死にかけたけどね?
「それと子供の方も身体に異常なく元気です。これは奇跡ですね」
そうだよね。
下手をしたら母子ともに亡くなっていた可能性が高い。
そんな状況で二人とも何ともないなんて。
「あと食事に関してですが、彼女たちは、一般的な穀物などは食べません。食べるのは、血液中の『魔力』になります。」
そんなことある!?
………特殊だ。
まあ、紅葉さんが言うのだからそうなのだろう。
これまた珍しい。
昔、護衛をすることになった剣崎家のご令嬢、『剣崎郁美』も他人の血液を定期的に摂取する必要があったが、血液のみというのは、聞いたことがない。
それにあいつ自身、牛丼のほうが好きっていってたからな。
「現状のペースであれば一か月に最低一回。それも大体500㎖くらいで事足ります」
この世界で吸血種は特段珍しくない。
亜人と呼ばれる、人でありながら人とはかけ離れた存在。
今から数百年前から存在が確認され、いまでは一般的に見かけるようになった。
しかし、その他の物を食べなくてもいいというのはどのような亜人なのだろうか?
少なくとも体の維持に必要な栄養素を摂取しなければ生命の維持が危うくなる、はずだが………、いや紅葉さんの話を聞こう。その方が、見えるものがあるはずだ。
「この人たちは珍しい種族です。体の物質は反物質で構成されています。なので、魔力さえ摂取していれば問題ありません」
反物質というのは、特定の物質に魔力があてられ、機能を書き換えられた物質?らしい。
こういったことは、僕はお手上げだ。
専門ではないし、姉二号ならわかるのだろうが………。
「そう……なのか?」
僕自身、人種の進化で生まれた亜人種のことは知らない。
その生態についても同じく知識がない。なので、信じるしかない。
「しかし、声が出せないからといってコミュニケーションが取れないということはありません。身振り手振り、といったボディーランゲージはできますのでご心配なく」
なるほど。ではなぜ僕の右腕にしがみついているのか?
会話ができない以上、意図が読めない。
そうしていると、さっきまで黙っていた女性が語りかけてきた。
「う~」
早速、何かを伝えようとしている。
なんだ、何を伝えようと………。
そう思っていると紅葉さんが代弁してくれた
「先ほどは、すみません、うれしさのあまり加減ができませんでした。嫌いにならないでください。何でもしますので、………クソ野郎」
ちょっと待て。
「最後の方は、紅葉さんの思いが入っていなかった!? ホントにクソ野郎って言っていたの!?」
「これくらいの翻訳もできないとは、頭が悪いですね。再教育も考えましょうか?」
絶対零度の女王様は、今日もご健在だ。
「すみません、クソで結構なので許してください」
再教育。
つまり反省文の書き方から教わり、論点を簡潔にしながらも後味がよくなるような語彙を身に着けさせる地獄の3日間。国語辞典の単語を読み漁り、意味を一つ一つ覚えさせられ、その間睡眠は一切できず、終了後には頭が真っ白になる伝説の教育だ。
真衣姉さんは、途中で脱走を図ろうとして失敗。合計5日、理奈姉さんは手順通りに行ったが、終わった後倒れるように眠り、丸一日起きてこなかった。僕も三日間後には倒れるように眠った。
あの悪夢が蘇る。
絶対にあれは回避しなければならないイベントだ。
あれは、軍学校の教育よりも断然キツかった。
僕が悪夢を振り返っている間に、紅葉さんから提案が出た。
「さて、今後のことですが………。しばらくあなたがこの親子を助けながらここでの生活を教えなさい」
「え?」
意外な言葉だった。
いつもであれば、グチグチと小言が………。
「私の株を下げるような思考をしたら、———わかっていますね?」
思考を読まないでください。
エスパー。
エスパーなのか!?
「ともかく、あなたが助けたのであれば助けた責任を取るべきだと言っているのです」
急にまじめに話さなくても………。
というか、まるで姑のような物言いだ———。
「ぶっ殺すぞ!」
だから思考を読まないで!
「最後まで面倒を見なさいと言っているのです」
「責任って言われてもどうやって………」
「あなたはこれから2か月の間、ここに住んでこの親子を自活させなさいと言っているのです」
自活。
つまりここでの生活を教えながら、自分たちでお金を稼いで生活できるようにさせろということか。
でも本人たちはどうなのだろうか。
このコロニーに住むことに対して抵抗はないのだろうか?
それもコロニーの内部に住めず、アウターとして。
「それでいいの?」
そういうと母親は迷いなく頷いた。
………であれば、するべきことは見えた。
「わかったよ。紅葉さん、しばらくここからの出勤になると思うから荷物をまとめてくるよ」
「よろしい。それと育児に関して、この指南書にまとめてありますのでご参照ください」
そういって、分厚い教本を渡された。
この分厚さ………育児って、かなり大変なんだな。
「ありがとうございます。明日は、午後出勤だから深夜帰りになると思う。だから夜の晩は僕がやることになると思う」
そう言うと、女性は寂しそうに頷いた。
「育児を舐めないでくださいね? 深夜から朝、昼の授乳………いえ、血液の授血、それと疲労の蓄積、ストレスの発散時間がない………といった問題が山積みです。むしろ育休を取るべきかと」
「それはさすがにね………。出勤二日目で育休申請とか石永さんになんて言われるか………。それに、お金はあった方がいいし四乃宮邸に住んでいる分の給料は納めないと。なにより———」
今、この二人を助けられるのは、僕だけだ。
「この二人を………、みんなを支えられるのは僕だけだから」
そういった時の、紅葉さんの顔が急変した。
まるで痛みをこらえるような。
温かいものを見るような。
懐かしいものを見る目で。
………誰かに姿を重ねているような。
「だからあなたはもう少しわがままになってもいいと言っているのですが」
「?」
よくわからないが、どうやら何かお気に召さなかったようだ。
「まあ、いいでしょう。それとその子にもあなたの血液が必要です。あらかじめ血液パック等を用意しておくといいかもしれません」
ああ、そうか。
そういう種族だったね。
「いない時のために、用意しておくよ」
「以上です。あとはお二人で当番やら役割を決めておくとよいでしょう」
「助かったよ、紅葉さん」
「いえ。………あ」
なにか唐突に思い出し声を上げて紅葉さんが振り向いた。
「まだ、このお二方に名前を付けていませんでした」
「名前?」
「そうです。名前がなければどうするおつもりでしたか? おい、とか。お前、とか言うおつもりでしたか?」
確かに、名前は必要だな。でも………。
「それ、僕がつけるものなの?」
「ほかに誰がいますか?」
「………」
いやね、わかるけど。
重要だよ?
下手に名付けられないし。
それに一方は記憶喪失だからなあ。
「ここは、単純に考える方がよろしいと思われます。」
「例えば?」
「理奈様のしているゲームからとればよろしいかと」
「すんごい安直な回答だね!?」
「………そうですね。毎回ドデカい亀にさらわれるお姫様とかいかがでしょう。あのピンク色の」
「いや、それはダメな気がする」
横にいる人もすごいふくれっ面になってるし………。
「では、その顔から。なんでも吸収してコピー能力を持っているピンクのポヨポヨした生物とか。プププ」
なんか面白がっている。
姉一号と違うベクトルで『姉妹』なのでは?と思ってしまったくらいだ。
「それも独特だから」
もしかして、紅葉さんはネーミングセンスが皆無なのでは?
いや、そうも言っていられない。
僕も何か意見を出さなければ。
「うーん。悩む」
確かに、姉二号から大なり小なり影響を受けている僕からすれば好きなアニメやゲームで好きなキャラは多々いる。
でも、いざってなると思考が止まるものなんだよなぁ。
「うーん」
そしてもう一つ悩みがある。
………横でそんなキラキラした目でこっちを見ないでほしい。
ネーミングセンスなんて皆無だし、人に名前なんて付けられる立場でもないし。
「うだうだ言ってないでさっさと決めなさい」
業を煮やした紅葉さんが急かしてくるが、こういったことはちゃんと決めたい自分がいるのだ。許してください。
あ、そうだ!
一つだけ、候補があった。
シリーズは4つあったが、その中でも思い出深いものがあった。
伝説の監督が作ったゲーム!
当時やっていたゲーム機の中でも抜きんでてやりこんでいた記憶がある。
ゲームのソフトが他と違って紫外線のセンサーがついていて独特だった。
その中に登場しているキャラたちが好きでシリーズを通してどんどん関係性に深みが増していった。
それで当初、敵だったが続編を通じていくうちにたまらなくなっていった。
さらに小ネタの要素もあって好きだったな。
………時々、部屋のブロック問題をやっていたら部屋から出られなくなったのも覚えている。
そんなキャラの中でも印象が深い人たちがいた。
一人は、死んでも思い人のそばに居続けた魔女。
もう一人は、雨の中から帰ってくると雨合羽をくれた女の子。
「よし、じゃあ、君の名前は少し変えてカルミラ。子供はスミレにしよう」
僕も大概、安直な男だ。