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Re:CALL  作者: 明上 廻
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助けられた命

 勤務時間が過ぎた後、再び東ブロックに向かい、隠れ小屋へ向かった。

 脚が重かった。

 初勤務だったからではない。

 実践があったからでもない。

 理由なんて、単純だ。

 助けられない家族がいたからだ。

 僕とは違う。

 本当の家族が存在したはずなのに………。

 幸せな未来があったはずなのに。

 そんなことを考えていると、隠れ小屋についてしまった。

 気が重い。

 ドアノブに手をかけると、うまく回らなかった。

 あ、あれ? このドアノブ。こんなにも重かったっけ?

 ———違う。

 僕の手が震えているのだ。

 一方の手で振るえる腕を抑えつけてドアノブに添える。

 ゆっくりとドアノブを回し、中に入ると———。


 そこには、紅葉さんに抱かれる赤子がいた。


 その光景を見たときに時が止まったような錯覚に陥った。

 同時に、自然と涙が零れ落ちた。

 「………よかった」

 紅葉さんに抱かれている赤子は、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 特徴的なのが、母親に似て肌が異常なほど白く、色素を持たないアルビノのような見た目であった。

 その他にも小さな黒い角が二本オデコ付近から出ていた。

 母親の方というと、体力の限界を超えていたのか静かに眠っていた。

 昼間の状態から比較すると、非常に落ち着いている。

 二つの命が助かって、体が脱力した半面、胸をなでおろすことができた。

 よかった。

 一つの命でも助かれば奇跡だと思っていた。

 でも二つの命も無事であると知って、僕自身が救われた気持ちだった。

 そんな僕を見て、紅葉さんは微笑んでいた。

 「おそようございます、パパ上」

 「遅くなってごめん。あと誰がパパ上ですか」

 「静かにしてください。お二人とも今、眠ったところです。起こさないように」

 「………ごめんなさい」

 そうだよね。

 病人みたいなものだし。

 ゆっくりさせてあげなければ。

 「女の子です。ゆっくりと抱いてあげてください」

 「え!?」

 有無を言わさずに、赤子を渡されてしまった。

 その時に感じた重さは、今までに持ってきた重さとは違いずっしりとしたものだった。

 ああ、これが生命の重さなのか。

 「本日だけ、私はここで寝泊まりします。なので、邸宅の方は、お三方で食事の用意をお願います」

 え、そこまで!?

 それはありがたいが………。

 いや、心苦しくはあるけれど、それが最善だろう。

 「うん、わかったよ。冷蔵庫に入っているものであれば使っていいんだよね?」

 「はい、構いません」

 「わかった。頼りにして申し訳ないけど、よろしく頼みます」

 「ええ」

 そういって、隠れ小屋を後にして邸宅に戻った。

 戻る最中に、流れ出る涙を止める方が厄介だった。




 二人のシスターズからは、『外食、外食!』とせがまれたが約束は約束なので、晩御飯は僕の手料理になり、ブーイングが巻き起こった。

 二人はなぜか紅葉さんがいない時の一致団結が半端ではない。

 僕だけが仲間外れになっている感があり、嫌な感じだ。

 だが、ここで外食にすれば三人まとめてメイド様のお説教が待っている。

 それは回避しなければ。

 夕飯は簡単なカレーにした。

 さすがに、ルーは市販品だ。香辛料から吟味するには時間が足りなさすぎるし体力的………気力的な問題がある。

 だが、さらなる問題がある。

 ルーは姉一号と姉二号でも好みが分かれる。

 真衣姉さんはベーモンド派、理奈姉さんはこくまれ派だ。

 なので、両方使ってブレンドする。

 ちなみに真衣姉さんは辛口派で、理奈姉さんは中辛派。僕も中辛派なので今回は中辛を採用する。

 さらに中に入れる具材だ。

 真衣姉さんからは、ジャガイモを入れないこと。

 理奈姉さんからは、お肉は鶏肉にすること。

 要望がいちいち、めんどい。

 とりあえず、要望通りに作ったが、

 『平凡な味ね。Coco弐を見習いなさい』

 『インパクトがないわ。like屋でもうまい牛肉カレーが出てくるわ』

 散々な言われようである。

 二人とも、僕が今日初勤務だったのを忘れていないだろうか?

 ………。

 なんだか、紅葉さんの気持ちが理解できそうだ。

 この二人、亭主関白だ。

 紅葉さんがいないときは、家事の一切は僕がやることになっている。

 そのあと、食器を洗い戸棚に戻す。

 姉たちは片づけをやらないので、必然的に僕がやることになる。片付いていなければ、後日帰ってくる紅葉さんからお叱りという名の『鬼ごっこ』が待っている。それは絶対に回避しなければならない。

 幸いにも明日の出勤時間は午後の16時からだ。午前中はある程度融通が利くので、今日、会った母親からいろいろお話を聞けることだろう。

 その前までに朝ごはんの支度をしてから向かうとしよう。そのため、今日できることをなるべくやっておく。

 最低限、ご飯とみそ汁の準備をする。

 鍋に昆布から出汁をとるため弱火にかける。その間に、お米を水で研ぐ。研ぐ回数はいつも紅葉さんが4回行っていたので同じように4回行う。水の量はあえて少なめにする。うちでは、少し硬めの触感が姉たちにうけがいいのでそうしている。

 炊飯器に研いだお米をセットする。時間を入力してごはんの準備は完了。

 ごはんの準備が終わってから、出汁の取れた昆布を取り出して、カットしたタマネギ、水で戻したわかめ、豆腐を順番に入れていく。出汁が沸騰して具材に火が通ってから味噌を溶いて馴染ませていく。最後に輪切りにした長ネギを入れて完成である。

 その他の朝ごはん準備は、明日の朝、作ることにする。




 次にお風呂にお湯を張っておく。

 三人の生活時間がバラバラなので入浴時間もバラバラだ。

 だが姉たちは入浴し終わると必ずリビング来てテレビを見る習性があるので二人が入ったことを確認できる。

 二人の入浴を確認後、僕もお風呂に入りさっぱりしてから洗濯籠に入っている衣類を洗濯機に入れ、洗濯機のホースを湯舟に突っ込む。

 その後、洗濯機の開始ボタンを押して洗濯開始を行う。

 さらに日中に紅葉さんが取り込んでおいた衣類にスチームアイロンをかけて姉二人、紅葉さん、そして僕の衣類に分類わけをする。分けたものをそれぞれの部屋に運び、タンスの中に収納していく。収納するために入った各姉の部屋で、組み手とマッサージを要求されて律儀に応じてしまう僕が悲しくなってくる。

 でも、紅葉さんの仕事の途中で呼びつけてしまったのは僕だ。

 これも、しかたのないことだ。

 洗濯機の終了と共に中の衣類を回収して、夜のうちに外に干しておく。

 これで、今日のノルマは達成だ。

 ベッドに横になると、自然と感嘆の声が漏れた。

「ふぅ」

 忙しい一日だったがなんとか乗り越えた。

 でも、紅葉さんは付きっ切りであの親子の容態を見てくれている。

 それに比べれば自分のしていることの卑小さにため息がでてしまうが、疲れてしまうものは仕方がないのだ。

 今は、体を休めることに専念するべきだ。

 だが、今日の親子のことが脳裏から離れずにうまく寝ることができない。

 体は疲れているが、脳の思考回路は止まってくれない。

 これじゃあ、明日姉たちの朝の出勤時間に間に合わない。

 まあ、合わせる気がない人たちなので別にと思ってしまうが、そのことで紅葉さんに後々突っ込まれたくないのでしっかりと起きなければならない。

 ただ、心の中であの親子が無事であったことに安堵とこれからのことを考えてしまう。

 無駄な思考回路だと思いながら瞼を閉じた。





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