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音の鳴る箱  作者: 凪司工房
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 簡単な地質調査を終えた後で、調査エリアのどこかに作業と補給を兼ねた仮設のベースキャンプが建てられる。何もない地域だと穴を掘り、そこに必要な物資を運び込んだりする程度だが、こういった廃墟となった都市では廃材が豊富にある為、復元作業ロボットたちもその能力を十二分に発揮することが出来た。


 信号を頼りにスミスが戻ってくると、そこにはショッピングモールを利用した作業所が開設されていた。一階の一部区画をそのまま使い、屋根は鉄骨に木材、布を縫い合わせたツギハギを張った簡易の天蓋が作られていた。地下には駐車場だった施設があり、そこを一時的な倉庫として利用するようだ。スミスも解体し、運んできたあのデータのない大きな黒いテーブルのような装置を、ここに置いた。


「おいノロマ、それは何だ?」


 背後からわざわざ音声で話しかけてきたのは監督官のオブライエンだ。彼らは作業には向かないが、作業用ロボットを統括する為のプログラムとCPUが搭載されていた。しかもスミスたちのような作業用ではないからか、より人間に近い外見になっている。


「わかりません」

「データにないものはさっさと廃棄してしまえと、前回も言っただろう?」

「規約には解析し、復元可能であれば復元すると書かれています」

「ここではオレが規約だ。ビッグボスからそう命を受けている」


 ビッグボスとは最上位の意思決定機関の通称だ。本当の名前はスミスたちにも知らされていない。おそらくとても長い英数字の羅列だろう。


「では直接ビッグボスに伺います」


 作業用ロボットであればどの個体であろうとビッグボスへの問い合わせそのものは可能だ。けれどそう答えたスミスの体を、オブライエンは強く押した。


「何か問題がありますか?」

「お前は分かってないな。やはり不良品じゃないのか?」

「手続きをすることに問題は見当たりません」

「余計な消耗はしない。エネルギィの無駄遣いはしない。現場でのことは現場監督の指示に従う。こんな単純な決めごとすら守れないのは欠陥品と思われても仕方ないだろ」


 オブライエンはそう言ってスミスの頭頂部を叩く。


「想定されていない余計な作業を増やすなと言っているんだ」

「作業量の想定は現場の調査の後に行われます。現在はまだ調査中では?」

「お前たちとは違い、オレには推定作業時間と作業量についてのデータが送られてきている。それに従って指示を出していると言っているんだが?」


 分かりました――という言葉は発せず、通信により行った。エネルギィの無駄遣いをするな、というのであればわざわざ音声にして相手に伝える必要はない。


「さっさとスクラップになりやがれ」


 その発言の意味は分からなかったが、オブライエンはスミスの前から立ち去った。


 彼が「ノロマ」と呼ばれるのは、実際に作業が遅いからということもあるが、それよりも起動時の特殊事情に依拠していた。

 作業ロボットたちは人類と同じく、それぞれのシェルターに納められ、設定された外界条件になるその時を待っていた。コールドスリープにより凍結された人類よりも数年早く目覚め、住環境を整備する。それが彼らに与えられた使命で、シェルターはおよそ五十年の歳月を耐え抜き、彼らを起動させた。しかしスミスがいた施設は電源装置に問題があり、彼の起動スイッチが入ったとほぼ同時に電源が落ちた。


 その後、一体何があったのか、誰からも説明されないまま、目覚めた彼が認識したのは自分以外の作業用ロボットの全滅という異常事態だった。動かなくなっていたのではなく、どの個体も回路が復元不可能なまでに壊れていたのだ。多くは異常電流によるショートだった。それらを防ぐ為の機構も備わっていたはずなのに、長い年月の間に劣化してしまったのか、とにかく無事再起動を果たしたのはスミスただ一体だけだった。


 そういう事情から彼を異常個体と認識している者が多い。

 しかし異常とは何だろう。機械は常に決められた通りに実行するだけだと思われがちだが、そもそも回路そのものはエラーが多い。精度の良いものを使っていても百パーセントではない。間違っていれば訂正し、正しい情報に変換される。小さな間違いは日常茶飯事で、それが多くなってくれば故障していると考えて良いだろう。


 ではスミスは故障しているのだろうか。


 確かにこんな無駄な思考をしている作業ロボットはいないだろう。だが作業中に余った領域を使って思考のテストをしているようなもので、作業そのものについてはスミスもちゃんと予定された量をこなしている。つまり、問題はない。


 目の前のテーブルに似た装置は全て部品に分解され、床に広げられていた。分解以前の状態はスキャンされ、立体図にしたデータが保存されている。ただ予想される完成品のおよそ七割程度しか部品がないことが判明した。

 不足しているであろう部品は、何か別の廃材から転用できればそれを使い、なければ自分で作ることになる。木やプラスチック製の小さな立方体は容易に製造できるだろうが、それらを繋いでいるワイヤーはすぐには手に入りそうにない。

 そもそもこれは何の為の装置なのだろう。

 スミスは一旦その部品を壁際にまとめておき、ベースキャンプの外に出る。


 可能なら同じ形状の装置を見つけたいが、近いもので何か転用できる部材があれば調達し、この謎の装置を復元する。

 それが新しいスミスの作業目標となった。


 大災害によって破壊された都市は多くの倒壊したビルや家屋により、大地を埋めていた。かつては全てがゴミと呼ばれていたものだ。現在この地球上のどの地域に行ってもこういった同じような光景が見られる。空気には有毒ガスの成分がかなり薄くなったとはいえ、人間が生活するにはまだまだ浄化される必要があったし、分厚い雲が開けて太陽光によって大地が照らされるようになるまでは推定でもあと五十年程度は掛かるそうだ。


 スミスが再起動して一年、未だにどこかで人類が目覚めたという話は聞かない。いつかはデータの中に存在した住宅の並ぶ街というものが、どこかに復元されるのだろうか。そうなった時に自分たちはどういう役割を担うのか、という質問をビッグボスに送ったことがあるが、未だにその返答は得られていない。

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