逃亡劇の始まり
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あの屋敷襲撃にあってから数日。
心身共に完全に快復した私は今、船の甲板にてフィンさんから特別講義を受けている。
何故屋敷ではなく海の上か……それはあの襲撃がこの国の国王様に忽ち知れ渡ることとなり、国による更なるキースさんの囲い込みが検討されたからである。その不自由さを嫌がったキースさん達は隙をついて屋敷を出て海に出た、ということだ。逃亡するにしても色々と制約が多い魔法だけでは、人数的にも距離的にも難しいため、カイトさんが用意した船を使っている。その船ごとキースさんの結界がかけられているようで、当分は追跡をまけるとのことだった。この船の目的地は南の大陸らしいのだが、当然直ぐに辿り着けるわけではないため何ヵ所かの島に上陸しながら大陸を目指すらしい。
この世界で生きていく知識も技術もツテも持ち合わせていない私はそれなりに生活の基盤が落ち着くまで一緒にいて良いとのことだった。
「―――と、まぁ、今日はここまでにするか。」
『はい、ありがとうございました。』
爽やかな海風と共に、暖かな気候がより一層心地良さを演出してくれていた。その気持ち良さから少し瞳を細めた。
その時にふとフィンさんが私の後ろを見遣る。それにつられて振り向けば、カルマとミルクが新聞を片手にこちらに向かってきているようだった。私の耳が正常だったならば、おそらくドタバタと物凄い足音が聴こえていたことだろう。
『二人とも、そんなに慌ててどうしたの?』
「お、ナツメもいたのか!それより見てくれよ。世界各国で情勢の悪化だと。」
「…悪化?」
「北大陸では、皇軍と反乱軍の衝突目前だって!」
「………だが、この船の航路上ではないだろ?」
「いや、だからフィン。世界各国でこういうことが起きてるんだって!この船の航路の先には、王都カルディナがあるだろ?」
「まさか、カルディナでも不穏な動きが?」
「そうそう。そこの女王が暴政を奮っているらしくてさ。住民は反乱を起こそうとしているって書いてある。行方不明者だって、ほら。」
カルマが指し示すところを見ると、その英字新聞には著名な行方不明者が写真付きで載せられていた。中には最年少考古学者という肩書きを持った幼い子供の写真もあり、思わず眉間に力が入ってしまう。
「……面倒なことになる前に、先を急いだ方が良いな。特にキースのこともある。彼にはもう?」
「うん!さっき様子を見に行ったら机の上に新聞が広がっていたから、あるじももう知ってるはずだよ!」
フィンさんは頷くと、足早に船内へと戻っていった。
「さーてと、そろそろ鍛練でもすっかなぁ。こうも海の上の時間が長いと身体も鈍っちまうし。ナツメ、お前も一緒にやるか?特訓だ特訓。」
肩を回すカルマを見ながら首を傾げる。
『………………特訓?』」
「この間のこともあるし、できるだけナツメも鍛えておいた方が良いと思うんだ。キースも最低限自分の身は自分で守れって言ったんだろ?』
ミルクもニコニコしながら頷いている。私は即座に了承の意を唱えた。
「ってなわけで、まずはスクワット200回からな。それから」
『…………スクワット200回?』
「何をするのも体幹は必要だろ。まずは足腰を鍛えるぞー。その後は腹筋と腕立て100回ずつな。」
『……了解しました。』
私はその回数の多さに愕然としながらも渋々と筋トレを始めることになった。