役立たずな自分
治療が施されてから、8時間程が経った。殆どの毒が抜けて身体の麻痺も呼吸状態も安定したため、先程呼吸器も抜去された。だから、今は輸液だけ左腕にされている。
「―――どうだ?」
『だ…いじょうぶ…です。』
呼吸器が外れたばかりだからか、喉に少し違和感があるけれど…特に異常は感じなかった。
「……なぜ、俺の部屋で待っていなかった?下手をすれば、お前は死んでいた。」
フィンさんが落ちていた補聴器を先程届けてくれたため今はキースさんの言葉をクリアに拾えていた。ベッド脇の椅子に足を組んで座っている彼は、無表情だけれど、明らかに機嫌が悪そうだ。
「しかも、襲撃者にフォークとナイフで対抗か?相手は武装した奴らだぞ?」
懐に入れたフォークとナイフは気づかれた挙句、その使おうとしていた目的すらバレていたらしい。今更ながら恥ずかしい。
『………すみません。剣もあったんですけど…使ったら…その…下手したら相手を殺しちゃうんじゃないかと思って、』
「……………………。」
カイトさんはどうやら本当に大丈夫だったようで、先程わざわざこの部屋に見舞い?に来てくれた。もちろん、それを知ったキースさんに安静にしてろと怒られていたが。
『………みんなが…怪我をしているかもしれないと思ったんです。だって、この状況を作ってしまったのは、紛れもなく私なんでしょう?』
ゆっくりとあの時の自分の気持ちを言葉にしていく。
『気づいたら身体が動いていたんです。何もできないかもしれないけど、私だってみんなを助けたかったんです。あまりにもここの居心地が良すぎて、失いたくなかったから。』
「………。」
『…でも、役立たずでしたね。キースさんがすぐに対応してくれなかったら、私は死んでいました…………ごめんなさい。』
キースさんの顔が直接見れなくて、彼とは反対側に寝返る。今回の私の行動は彼を呆らせてしまったことに気づいていた。
『………。』
「…………今回はアイツもお前も運が良かった。」
キースさんの立ち上がる気配を感じて少しだけ振り向くと、彼は私の予想に反してじっとこちらを見続けていた。その真剣な彼の表情に小さく私の鼓動が跳ね始める。彼は口元を私の耳に寄せてきた。
「一度しか言わねェからよく聞け。」
耳元の微かな吐息。
キースさんの真剣な表情に、私も緊張から唇を強くひき結ぶ。
「耳が悪い?だから夢を諦める?そんなものは――――ただのお前の甘えだ。」
『………え?』
「さっきの話の続きだ。良いか、なりたいものがあるなら、健常者に負けないよう人一倍努力しろ。………俺も、お前が努力しつづける限り…協力してやる。」
それから、すぐにキースさんは身体を起こすと扉にむかい始めていた。
『…あ、…え?』
「まずは、自分の身は最低限守れるようになれ。」
キースさんの後ろ姿を見ながら、完全にフリーズしている頭を無理矢理起動させる。そうして、再度彼が言った言葉を頭の中で反芻させた。
『……キースさ―――』
その瞬間、微かな笑い声が聞こえた。気のせいかと思っていたが、キースさんの横顔は確かに笑っている。
「……図…いな。」
彼が呟いた言葉は、結局何だったのだろう。この遠く離れた距離では、うまく聞き取れなかった。