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初めての戦い


「ナツメ!大丈夫!?」



それから暫くして私を探しに来てくれたミルクが慌てたようにこの状況を説明してくれた。

上級魔導師はその希少性から多くの国から狙われているため、本来ならば自身の居所は厳重に管理されその場所は所有する国の国家機密に相当する程の秘匿とされている。それを可能にしていたのが魔導師が幾重にもかけている屋敷外の結界である。それがどういうわけか私の出現と共に一部が壊れてしまい、キースさんの居所がたちまち各国に知れ渡ってしまったらしい。

そのため本来ならば各国の要人達が(要はうちの国の住人になれと)交渉に来るはずだが、今私達がいるこの国の後ろ盾もあるため中々公には手出しが出来ない。そのため、ならず者を雇い襲撃を企てる者がでてきたということだ。



『……つまり、私のせい?』


ポツリと呟けば、ミルクはなんとも言えない表情をしながらもフォローするかのように口を開いた。


「あるじも、みんなも、強いから大丈夫。なんなら嬉々として-----」



「ミルク!何してるんだ!早く手伝え!」



開けっぱなしの扉から、フィンさんが叫んだ。ミルクは私に申し訳なさそうな顔をすると、ここにいてと言い置いて出て行ってしまった。



キースさんとミルクが出て行ってしまってから数分、私は為す術もなくソファーに座りこんでいた。遠くの怒号と揺れがなかなかおさまらない。一体、外で何が起こっているのだろう。それとももう屋敷内までも被害が広がっているのだろうか。


『……みんな、大丈夫だよね?』


遠くで聞こえる雑音に怖くなり、補聴器を外してしまうことも考えた。けれど、それだと余計に自分の身を危険に晒すだけだと寸前で思い直した。



"うまく使え"



昨日、この補聴器を付けてくれたキースさんが言ってくれた言葉だ。


"―――だったら諦めんな。夢はそう簡単に切り捨てて良いもんじゃねェよ。"



頭に反芻する彼の言葉。戦闘はできないけれど、もし負傷した人がいるならその人の応急処置くらいはできるかもしれない。だって、この状況をつくってしまったのは紛れもなく私なのだから、私も、何かしなくては。


私は、キースさんの部屋を見渡すと本棚の傍の台座に幾つかの薬品と布と包帯が置いてあるのをみとめた。薬品の中で、止血剤など使えそうなものを選ぶと部屋を飛び出した。




廊下はヒッソリとしているものの、揺れと怒号はおさまる兆しが見えない。私は剣等が立て掛けてある開けっ放しの武器庫を通りすぎ、食堂に寄ってフォークやナイフを数本引っつかんでポケットに入れると、屋敷外へと出られる扉を開いた。



『………っ。』



そして思わず息を呑んだ。





目の前に広がるのは、本物の刀や剣、銃同士の争いだったのだから。流れ弾に当たらないように注意しながら、できるだけ身を屈めて負傷している二人の顔見知りの元へと向かう。



『大丈夫ですか!?』



「ナツメ!?」



カイトさんはお腹に銃弾を受けたのか、片膝をついてジッとしている。庇うように剣で複数の相手していたもう一人はカルマだった。辺りを見渡すと、少し離れたところでもフィンさんが数十人の敵と闘っている。



「悪い、カイトを頼む…っ」



カルマの言葉に頷くと、カイトさんの上着を慎重に脱がせた。ザッと傷口を確認してからすぐに圧迫止血を施す。弾は綺麗に貫通しているし、幸いにも主要動脈や臓器からは外れていたようで、意外とすぐに止まりそうだ。



「ナツメ…、俺は……大丈夫だから…早く…逃げるんだ!」



『…大丈夫、もうすぐ処置も終わ―――』





その時左肩を何かが掠めた。一瞬遅れて感じる痛みと酷い熱。そして血が滴り落ちる気持ち悪さを感じてすぐに、銃弾が向かってきた方角に視線を向けた。




ゆっくりと進んでくる一つの影。長い白髪を垂らした彼は、舌舐めずりをしながらこちらを凝視している。顔中にメイクを施した彼は、まるで歌舞伎役者のようだった。


「ダリンジャー……雇われ魔導師か……くそ、ミルクとキースはどこに!?」



『カイトさん、あまり動いたら―――え。』


「「「ナツメ!」」」



私は見えない何かに引っぱられるように身体が宙に浮いていた。次の瞬間には、先程の歌舞伎役者の男に肩を捕まえられている。傷口に直に触れられたため、痛みで思わず呻いた。

ダリンジャーと私の周りには、フィンさんやカルマを近づかせないためか数人の武装した男達が囲んでいた。




「お前……あいつの女、か?」


『は、放して!』



もがいて何とか抜け出そうとするものの、彼はビクともしない。

それどころか、その弾みで右耳の補聴器が外れて落ちてしまった。


「あまり……ごくと毒……早いぞ。」



彼の言葉通り、肩から肘、肩から中枢へと痺れが廻ってくる。どうやら先程傷口に触れられた際に毒が塗られていたようだ。力が入らなくなった身体をダリンジャーが抱え直すと移動を始めた。





『や、だ!放して、よ。』




彼らは私を抱えたまま自分達がおそらく乗り込んできたのであろう、丸く歪んだ空間に列を成して次々と飛び込み始めていた。あの先がどこに繋がっているかなんて想像もしたくないのに、あそこを潜ってしまったらもう二度とこの場所に戻ってこれないんじゃないかと理解してしまう。



「「―――!?」」



そしてその歪んだ空間と丁度反対側にある視界の先には、見慣れた白犬とキースさんがいて、その向かい側にはデップリとした男とその武装した集団が相対していた。



『ミルク、はぁ、?、キ、スさん、』


神経や筋に作用する毒なのか、呼吸も少しずつしづらくなっていくのが分かった。フグ毒による中毒作用に似ている。恐らく、呼吸筋にも毒が作用し始めているのだろう。



『…ぅ、はぁ…はぁ…っ、み、るく、キー…さ、ん、っはぁ…。』




少しでも多く酸素を取り込もうとしているけれど、うまくできない。意識がはっきりしているからなおのこと辛かった。苦しくて苦しくて、目に薄い膜が張り巡らされていく。




その時だった。





"パチン"



遠すぎて聞こえるはずのない音が、確かに届いた。


そして次の瞬間、私はなぜかミルクに抱えられ、地面に降ろされていた。そのすぐ後に、野太い叫び声が聞こえたような気がしたけれど、幻聴、だろうか。



「ナツメ!?」



『……はぁ、あ、みる、く?な…ん…っで?』



「あるじが……だよ。」



『……っあ、…っう……ぅはっ……』



浅い息を繰り返して、どうにか保ってきていたが…もう、限界だった。



『………っ、』



「ナツメ!?」



呼吸する力が足りない。

呼吸をしたくてもできなくて、生理的な涙がボロボロと流れ落ちていくのが分かった。

その時だった。誰かに頭と下顎を掴まれると一気に後屈させられる。目の前にいるのは、ミルクではなく、キースさんだった。



『………キー、さ…』


「黙ってろ、今助ける。」




痺れた唇を覆う温かな感触。

そして肺へとようやく届いた空気。キースさんの端正な横顔を眺めながら、甘んじてその口づけを受け入れる。少しだけましになった苦痛に、また涙が零れた。

今、私はキースさんに生かされている。彼の人工呼吸が止んでしまったら、私はすぐに死んでしまうのだろう。感じたのは、不確かな恐怖だった。




「………大丈夫だ。」





キースさんは、それを分かっていたのだろうか。辛うじて補聴器が付いている左耳に向かって何度も私を励ましながら、酸素を取り込めない私の代わりにそれこそ何度も何度も空気を送ってくれた。





「ミルク、お前は屋敷に戻って人工呼吸器と輸液の準備をしておけ!」


「うん!」




キースさんに抱えあげられた私は、すぐに屋敷内に運ばれた。そのとある一室に連れ込まれると、処置台のような台の上に寝かされる。呼吸器をつけられる……特に挿管されてしまうと、当分は言葉を話せなくなってしまうから、今のうちにと口を開く。



『……キーす、さ、……カイトさ、撃たれ…』



「――分かってる。アイツは大丈夫だから黙れ。ミルク、コイツの身体をしっかり押さえてろ。入れるぞ。」







「う、うん!ナツメごめんね、ちょっと苦しいよ!」



『……!……ッう"!!ん"んっ!』



自身の気道にグググと器具は入ってくる違和感に生理的な涙が再び流れ出る。



「ごめんね、すぐ終わるから………あるじ。」



「――あぁ、とりあえずは大丈夫だ。」



キースさんは機械を操作してから私が流した涙を軽く拭ってくれた。彼によってテキパキと輸液が施され、腕の傷口が洗浄されていく。酸素が直接肺に送られたことで息苦しさもなくなり、少しずつ安定していっているのが自分でもよく分かった。




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