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私がいるこの世界


―――――――…



気がつけば、自分に充てがわれていた部屋のベッドで寝ていた。少々痛む頭を押さえながら起き上がると、ベッドサイドにある水を見つけた。

誰かが用意をしてくれたのだろうか。丁度喉がカラカラだったこともあり、ありがたくその水を飲みほした。



肩を叩かれて、その方向を見遣るとミルクが口をパクパクしている。耳元を探ると補聴器が無く、テーブルの上に置いてあった。ミルク寝る前に外してくれたのだろうか?いずれにしても、すごく気の回る人(犬)だなと思った。


ミルクに少しだけ待ってもらって補聴器を装着すると、改めて向かい合う。


『ごめんね、ミルク。』



「ううん、それより、ナツメは大丈夫?昨日あるじが、ナツメも潰れたって、言ってたから…」


ミルクの言うあるじとは言わずもがなキースさんのことである。


『潰れたというか…私、酔うとすぐに眠たくなっちゃうみたいで。量も、そんなに飲んでないから大丈夫よ。』



「…そっか、なら良かった。じゃあさ、これからおれと一緒に、お風呂、入らない?昨日、そのまま寝ちゃったんでしょ?」



ミルクはゆっくりはっきり言葉にしてくれるため、容易に聞き取ることができた。



『うん。……あ、着替え。』


「大丈夫。あるじから、着なくなった服、貰ってきたから。」


『……ありがとう。』



この数日、シャワーは浴びていたもののずっと同じ服を着回していたため、そろそろ洗いたかったのだ。この際に下着も替えようと思い、要らない布と針と糸を貰って簡易ショーツを何枚か作った。……ブラジャーは、流石に難しく無理だったため、暫くはノーブラで過ごすことになりそうだ。



『………大した胸じゃないし、ちょっとくらい大丈夫だよね。』


将来形が崩れても知らないぞ、と余計な一言を呟くだろう片割れの顔が一瞬思い浮かぶが首を左右に振ってそれを打ち消した。


「ナツメ、準備できたー?早く行こう!!」




ミルクに連れられた私は共同浴室に向かった。予め、彼が手配してくれたのか、この時間は誰も入らないようにしてくれていたらしい。お互いに洗いっこをしてから、浴室に入る。身体の芯から温まるような心地良さにフゥと息をついた。


『ミルク、ベッド脇に水を用意してくれたり、寝る前に補聴器を外してくれて…ありがとう。』



私がそう口を開くと、彼はキョトンとしている。その様子に首を傾けると、ミルクはパクパクと口を動かしていた。


『…ごめん。補聴器外したから、今は全く聞こえないの。』



告げるとミルクは合点がいったのか、水蒸気で曇った壁に文字を書き始めた。



"あるじだよ。水も、補聴器も、服も、風呂も。全部、あるじが用意してくれたんだよ。"



『………え?』





――――――…



お風呂から上がった後、キースさんの部屋を教えてもらった私は今、その彼の部屋の前にいる。


思い返せば昨日の夜、随分とキースさんに甘えまくってしまった記憶が確かにある。しかも、途中から記憶が無いということは、十中八九、酔っぱらって寝オチしてしまったのだろう。この屋敷の主人にしてしまったことをぐるんぐるんと頭の中で思い返すと、非常に申し訳ない気持ちで一杯だった。

だからこそ、ちゃんとお礼は言いたい。……でも、この扉をノックする勇気がなかなかでてこない。

この中途半端な覚悟を持て余しながらも扉の前で立つこと数十分。内側からドアが開いてしまい、酷く驚いた。



「………用があるなら、さっさと入れ。」



どこか呆れたような顔をするキースさんは、私がずっとドアの前に立っていたことに気づいていたらしい。私は、更に申し訳ない気持ちになりながらも、促されるままに彼の部屋へと入っていった。



キースさんは、ベッドの前にある大きなソファーにドカリと座ると、足を組んだ。そのソファーの前には、どこか見覚えのある本が数冊置かれていた。



「………た?」



キースさんの声が微かに聞こえて、彼に視線を戻す。上手く聞き取れずに首を傾けていると、彼は眉を潜めて自分が座っている隣を指し示した。この距離ではコミュニケーションも取りづらかったため、私は頷き、素直に彼の隣に腰を下ろす。彼は私の右耳元へと顔を近づけた。



「…流石に、大きいな。」



呟いてから、キースさんは私の全身を眺める。恐らく服のことだろう。彼は細身とはいえ、私との身長差が大分あるものだからそれは当然のことだった。

現に、キースさんからいただいたワイシャツのような服は、私が着たら軽くワンピース丈になってしまったため、上はワイシャツ、下は予め自身が身につけていたストレッチパンツをはいて済ましていた。







「…で、何の用だ?」



低い声が静かに響きわたる。言葉を理解した際に、彼をチラリと見上げると、丁度視線と視線が交わった。



『昨日、すみませんでした。キースさんに面倒をかけました。…今日もいろいろと手配していただいたようで。』



「……そんなことか。別に俺は気にしてねェよ。」



『………そう、ですか。』


「………。」



あっという間に会話が終了してしまった。いつもはどんな会話をしていたんだっけと焦り始めれば、意外にも彼の方から話題を提供してくれた。






「そういえば、お前も、医学の知識があるんだったな。」



『――あ。まだ、座学ばかりで臨床経験も何にもない卵ですけど。』



そして、医師になるという夢すら諦めようとしてますけど。



「……お前の持ち物の中に入っていた医学書を見た。」



『やっぱりこれは私の……』



目の前に広がっている書物を再度眺める。殆どが日本語だが、中には洋書も入っていたはずだ。ゆくゆくは米国医師にもなりたかったため、海外の医学生が受ける試験、所謂ユースムルStep1の対策用に借りたものだった。

まだ志の高かった二年生の時から勉強を始めたけれど、今では辞めるきっかけが掴めずにズルズルと続けている。



「幾つかの本は、見たこともねェ文字で書かれていたようだが……大体は理解した。」



『……そ、それは凄いですね。』


「お前に一つ聞きたいことがある。」



彼は、医学書のあるページを開いてみせた。疫病の変遷を示す、世界地図だった。



「………お前が持ってきた全ての書物を調べたが、描かれている地図は全てこの形だった――――この地図は何だ。」




彼の言葉にコクリと唾液を呑み込んだ。







『……世界地図です。因みにここが』



真ん中に描かれている小さな島国を指し示す。



『私がいた、日本です。』


「………。」



キースさんは少し思案顔のまま立ち上がると、部屋の大部分を占める本棚へ向かう。そこから一枚の羊皮紙と一冊の本を取り出すと、羊皮紙の方をテーブルに広げた。



「……俺達がガキの頃から叩きこまれている、この世界の地図だ。」


ゆっくりとキースさんは話し始める。






『………。』



「ここがジャイロアーク……東の大陸だ。小さいが独自の文化が栄えているらしい。これが北の大陸のノースラクト……俺の生まれ故郷でもある。南のハウアン…常夏の大陸だ。そして今俺達がいる西の大陸であるウランの主要国の一つであるアルタリオン。周辺には大小様々な島国が多く、交易の頻度は島によって様々だ。」



『え…と意味がよく、』



「……このお前が持っていた本の地図が本物だとしたら、だが。どうやら、お前のいた所は俺達とはまた違った世界のようだな。」




言われてみれば、確かにそうだ。どうしてこんな重要な認識ができていなかったのだろう?そもそも私は日本のあの場所から彼のこの屋敷にどうやって移動したのか。私の世界では

そもそも魔法なんて映画やアニメ等あくまでフィクションの世界での話しだったはず。どうして私は抵抗も疑問にも思うこともなくこうもすんなりとこの世界で生活していたのだろう。そのことに気づいた時、とてつもない《意志》に呑み込まれそうな気がして、ゾクリとする。急な寒気を感じると慌ててその思考を打ち消した。



『…………。』



「……。お前が持ってきた医学書だが。」



彼はそこで言葉を切った。





混乱する頭を無理矢理押し込めて、彼を見つめる。彼は、ジッとテーブルに広げている医学書を見つめていた。



「…俺が今まで見てきた医学書と比較して、進んでいるところ、逆に遅れているところがあった。」


言葉を選ぶように告げられた低音は、ゆっくり、穏やかだった。彼は私の頭に手を軽く乗せる。



『キースさん…』



私は、静かに彼の言葉に耳を傾けた。



「……貸してやる。少しは気分転換になるだろ。」



そう言って、彼は先程本棚から抜き出してきた本を私の膝に乗せた。


その本を見ながら、私はゆっくりと言葉を紡いだ。



『―――――私、医学の勉強をするのはすごく楽しいです。知らない知識がどんどん知ってる知識へと変わっていく過程がすごく好き。

………けど、迷っていたんです。医師になるの。』



「……」



『一年前から、突発性難聴になって、コミュニケーションも上手くとれなくて…。これじゃあ、医師になんてなれないって、どこかで諦めてた。』



「……医者になることがお前の夢だったのか?」



彼の言葉に一つ頷く。



『……だから、キースさんが、すごく羨ましいの。』



彼は大きな溜息をはくと、俯いていた私の顎を掴んだ。必然的に私とキースさんの視線が再び交わる。彼の射抜くような視線が、私の心を揺さぶった。



「―――だったら諦めんな。夢はそう簡単に切り捨てて良いもんじゃねェよ。」




彼の言葉が、今の私には酷く痛かった。






その時だった。

グラグラと揺れる景色に、思わずソファーの背もたれに捕まる。地震?

――――て…う…だ!


遠くで誰かが叫んでいるような声に、思わずキースさんを見上げると彼は口端を上げていた。



「……お前は、ここにいろ。話しの続きは後だ。」



彼はそれだけ告げると、傍に立てかけてある大太刀を担いで出ていってしまった。


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