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真夜中の宴会


―――――…


暫く滞在することになったこの屋敷内に住む方々は皆一様に宴会好きのようだった。



この屋敷に滞在することになってから数日後、ここでの暮らしにどうにかこうにか慣れた頃。キースさんによる診察やら安静のためやらで、ずっと最初に充てがわれていた部屋で過ごしていたのだが。宴会部長?らしいカルマから"今から宴会を開くからお前も強制参加な。後で食堂に来いよ。"と告げられてしまったところだ。



『え、えっと…』


呼び止める間もなく、彼は部屋を出ていってしまったのだが。食堂…。上記の通り食堂どころかそもそもこの部屋すら出たことがないのだ。最初のこの屋敷の外観を見た感触では相当広い建物であることは容易に予測できるのだけれど。果たして無事に食堂に辿り着けるだろうか。


『----うーん?』



とりあえずは、とメモ紙とペンを持って部屋から出ることにした。



『………宴会……要は飲み会か。』



扉から出る直前にミルクがモフモフの手で飾ってくれたベッド脇の造花をちらりと見遣る。暫く頭の中で考えてから、花を一本取り出して廊下に出た。




そして、部屋を出て左右を見渡す。

……さて、食堂はどっちだろう?



『……!』



肩を数回叩かれたため振り返る。そこには、眼鏡をかけた灰色髪の男の人がいた。知的な雰囲気を醸し出す彼は、あの初対面の時に私に刀を向けていた男性だろう。となると自然と身体に力が入ってしまい、ゴクリと唾を飲み込んだ。

けれど。


だ、い、じょ、う、ぶ、か………?


口パクで彼は確かにそう言った。よくよく観察してみれば彼の雰囲気は思っていたよりも柔らかいような気がする。であるならば丁度良い機会だ。道案内をしてもらおう。彼が口を動かして何やら話しかけてくれていたため、私はメモ紙にペンを走らせると見せた。


"食堂はどちらですか?カルマに飲み会に誘われたんだけど、まだ行ったことがなくて。場所が分からないの。"



そのメモを見た彼は、軽く呆れたように息をはくと、私からメモ紙とペンを受け取ってくれた。



"カルマがすまない。……私も今から行くところだから一緒に行こう。"



私は頷くと、彼に感謝を示した。



"……礼はいい。それより、口で話さなくて良いのか?またキースから睨まれるぞ。"



彼はそう書き付けると、少し悪戯気に自分の口を指して微笑む。私は軽く肩を竦めると、口を開いた。



『癖って…なかなか抜けないみたい。えーっと、私はナツメ。これから少しの間、お世話になります。』


私はお辞儀をすると、彼は一言書いたメモ紙を私に見せた。



"私はフィン。こちらこそよろしく。"





結論から言うと、階段を降りたり右に曲がったり左に曲がったり……と食堂は迷路のような廊下進まなければならず、一人では絶対に辿り着けないと断言できる場所にあった。



幾何学模様の彫ってある大きな木製の扉をゆっくり開ける。そこは中央に数十人が座ってもまだあまりある長テーブルが一台置いてあった。そしてその床に上質な絨毯が敷き詰められており、天井にはセンスの良いアンティークなランタンが幾つも吊るされている。けれど、そのランタンがまるでダンスをしているかのように自由自在にくるくると動き回っている様子を眺めれば思わずほうと感嘆の溜息をつく。どういう仕掛けなのか分からないが、ランタンの灯す光の動きがとても綺麗でずっと見ていても飽きなかった。



そんな調子で食堂の入口に突っ立っていると、隣にいたフィンさんが私の脇を通り抜けて行き、中央のテーブルでミルクと話していたカルマを叩いていた。それからフィンさんとカルマは幾つか言葉を交わすと、カルマが急いで私の方に向かってくる。



私のメモ紙とペンをバッと奪うと、手早く文字を書き綴っていた。



"悪い、ナツメ!そういえばお前、まだ食堂に来たことがなかったな。"



私はゆっくりと頷いた。それから、カルマの隣にやってきた金色の短髪の彼を見遣る。どこかカルマに似ている気がするんだけどと首を傾げていれば、それに気づいたカルマは、ペンを走らせた。



"こいつはカイト。俺の兄だよ。"



カイトさんと軽く挨拶を交わした後、彼らに連れられて席に座らされる。向かい側にはカルマとカイトさんとミルクが陣取り、カルマの向かい側には、つまり私の左隣にはフィンさんが座った。……が、私の右隣が空席だ。

いや、空席と言ってもそもそもこのテーブルが広すぎて、真ん中に数人が集まって座っているような感じだから……私の右隣はスカスカと言った方が良いのかもしれない。



居心地の悪さにたじろぐと、いつの間にかみんなの視線が私の後ろに向けられている。




そんな彼らにつられて私も後ろを振り返ろうとしたその時、まるで振り向くなと言わんばかりに顔の両脇を固定された。そして、両耳に馴染みある感触。ついつい両手を耳元に持っていくと、思った通りの固い感触だ。



「………どうだ。」



それは私の耳かけ式の補聴器だった。

そしてその機器から発せられる低く落ち着いた声色。初めて聴いた声に驚いて今度こそ振り向くと、すぐ傍にキースさんの素晴らしく端整な顔があった。どうやら耳元で話しかけてくれたのは彼、らしい。



『……よく、聴こえます。前よりも、ずっと、?』



「少し…改良した。耳元で話せば、筆談も、ほぼ必要ないくらいに、な。」



そう耳元でゆっくり話して、口端を上げてニヒルに笑う彼。



「一々、面倒だっただろ。お前の耳は、まだ機能してるんだ。うまく使え…。」



驚いて、彼を見つめる。私は嬉しくなり、お礼を、自分の口で自然と伝えられた。



「さて。腹が減ったな……。酒と飯にするか。」





キースさんは、自分の席らしい…私の右隣に座る。以前の補聴器だったら、このこぶし三個分の距離でさえ相手の唇を読み取らなければ分からなかったが……今ではほとんど聞き取れているようだった。

それが、とても嬉しい。


彼の合図と共に、真夜中の宴会が始まった。







「……ナツメは、結構、イケる口か?」



左隣のフィンさんは、なるべくゆっくりと話しかけてくれる。オマケに、酒を飲むジェスチャー付きだった。


『…んー、多分イケると思うんだけど。』


「……多分?」


『……最近、ずっと飲んでなかったから。』


「…じゃあ………ろよ!」



向かい側にいるカルマにグラスを寄越される。広いテーブルのため距離があり完璧な聞き取りはできなかったけれど、おそらくはこれを飲んでみろよ、と言ったのだろう。



ちらりと隣にいるキースさんを見遣ると、右肘をついてこちらを凝視していた。彼のグラスに注いだビールは既に五回程空けられていた。なのに、全然顔色が変わらない。すごい。



『……キースさんは、お酒強いの?』



尋ねると、彼はピクリと片眉を動かす。暫く考えるそぶりを見せてから、口を開いた。



「…まぁ、弱くはないな。」



ゆっくりと話す彼は、成る程まだまだいけそうだ。向かい側にいるカルマなんかは、すでに自身の髪色と同様に赤くて出来上がっている様子なのに。



「………無理しなくても良いんだぞ。」



フィンさんの言葉に大丈夫と微笑むと、私は、意を決してカルマが寄越したグラスをクイっと飲み干す。口の中に広がる味は、カシオレに近いものだった。久しぶりに摂取したアルコールに、身体中の血管が拡がっていくような感覚がする。ほどよく暑く………つまりは、身体がじわじわと火照り始めていた。



「……大……夫?」



「………うわ、……赤…………弱い………?」






私の顔を見るなり、ミルクとフィンさんが目を見開き驚いていた。カルマなんかは、チラチラと視線を私とその隣を行ったり来たりさせている。



『ん、大丈夫。私、顔に出やすいの。……もう一杯、同じものをいただける?』



私がカルマにそう頼むと、彼は気を取り直したように注いでくれた。……なんだか、大学の時の新歓シーズンを思い出すなぁ。まだあの時は、自分の身体で悩むことになるなんて知らなくて……純粋に、周りと楽しんで飲んでいた。



突如として、カルマが椅子の上に立ち上がる。どうやら何か出し物をしようとしているらしい。

長い紐を取り出して、こぶしをつくった左手に乗せて--右手でそれを被う。

…………これは、もしかしてマジックをしようとしているのだろうか。



「………くぜ。……ン、ツー……リー。……………あれ?」



しかし、どうやら不発だったようだ。みんなはカルマを指して爆笑していたため、つられて私も少しだけ笑ってしまった。

ちなみに最初に聞いたマジニックという言葉は魔導師を表しているようだが、その名の通り魔法が使える人のことを言うらしい。けれど、その能力はとても希少だが万能ではなく色々な制約があってとても扱い難いものなんだとか。だから上級魔導師のキースさんはとても凄い人らしい。まだ魔法というものに遭遇していないためか、そんな凄い人の隣に座っている私は未だに実感がないのだけれど。カルマ達は魔法が一切使えないものの、そんなキースさんを慕っていて彼の助手……もとい雑用を率先して行っているらしい。

とは言っても、彼らはもともと魔法というものにも憧れがあるのか魔法ではない種も仕掛けもあるマジックを好んで練習したり披露したりはするのだそう。



「お前まで………せっか………したのに……」



自身の失敗を笑われて悔しかったのか口を尖らせるカルマに軽く謝ると、机に落ちた紐を手を伸ばして掴んだ。





「………ナツメ?」



フィンさんが訝し気に見てきたため、私は右手で人差し指を立てて静かに、と促す。



『ここに置いてもらえるお礼として一つだけ…』


私は、握りしめた左手の中に紐を入れていく。そして更にギュッと握りしめた。



『……ワン…』



左手を右手の人差し指で軽く叩く。


『……ツー』



再度、右手の人差し指で軽く叩いてから、スリーと呟く。ポンという音と共に、長い紐は造花へと様変わりしていた。



「「「おお!」」」



皆が驚いている声が微かに聞こえた。ニッと微笑むと、左隣にいるキースさんにその花を差し出す。彼は、じっと成り行きを見守るに徹しているようだった。



『……代表してキースさんに。暫くの間、よろしくお願いします。』


そう言うと、キースさんはその花を黙って受け取ってくれた。そして、私の耳元に口を寄せてくる。



「この造花…。部屋にあったヤツだろ。右袖に仕込んでやがったな。」



『………あ。』



ばれていたようだ。私もまだまだだなぁと軽く肩を落とす。



『うまくいったと思ったのになぁ。』


「いや、十分だ。私には分からなかった……誰かに教わったのか?」


フィンさんのフォローにお礼を言い、言葉を続ける。



『……うん、一応ね。でも、私には才能がないのかも。』



それでもキースさん以外の人達には楽しんで貰えたようだ。ミルクはキラキラとした目で見てくれるし、今日初めて話したカイトさんも褒めてくれたりした。



「くっそーー……」



その様子を見ていたカルマは一人悔しそうにしていたが、もうやけくそだとでも言うようにウイスキーが丸々入ったジョッキを一気に飲み干してしまう。ペースといい度数といい大丈夫だろうか?という心配はやはり的中した。



「………馬鹿だな。」



隣から聞こえた言葉に振り向くと、キースさんが呆れたようにカルマを見ている。



「カルマは下戸だからな。」



反対隣のフィンさんも額に手を当てて、溜息をついている様子だった。それから、フィンさんは立ち上がってキッチンへと向かって行く。首を傾けていると、限界だったのかカルマがバタンと倒れてしまった。



『...........え?』






フィンさんとカイトさんを中心にカルマの介抱が始まったため私も手伝おうとしたのだけれど、キースさんに止められてしまった。いつものことだ、と。でも…と退かない私を見越してか、彼は諭すように言葉を発した。




「....みっともなく潰れたところなんざ、女にはあまり見せたくないものだろ?」



よく分からないが、プライドというものだろうか。私はどこか腑に落ちなかったがそれを無理矢理押し込めて、目の前のグラスを煽る。ある程度落ち着いてきたカルマを、カイトさんとフィンさんが端から支えるようにして部屋まで運んでいく様子をぼうっと眺めていた。






「………ィ、の……すぎ………いか?」




まだ二杯目だったが、なんだか身体がフワフワしていて良い気分だった。キースさんの、落ち着いた声もとても心地好い。もう少し彼の声を聴いていたいのに、なんだか頭が働かなくて最後まで聞き取れないのが残念だった。どうしてだろう、ちゃんとさっきまでは十分に聞き取れていたのに。



もっともっと聞きたい。聴いていたい。そういった感情が優先されて、ふいに彼に近づきたくなった。ゆっくりと頭を傾けると、彼の肩にうまくぶつかった。



『……キースさん。』



キースさんを悪戯に見上げてみる。彼はほんの一瞬息をつめた後、大きな溜息をはきだしていた。何故。

それから彼が私の耳元へと近づきつつあるのを感じて、私はじっとする。キースさんは、少しだけ私の頭を支えると唇を寄せた。



「……お前も飲み過ぎだ。」



キースさんのあたたかな吐息が耳に直接触れたため、くすぐったかった。ようやく聞き取れた彼の声に安堵して口元が緩んでしまう。少しずつ重くなってきた瞼に抗うことなく、そっと瞳を閉じた。




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