赤髪と白犬
キースさんが部屋を出ていってから暫くした時だった。うとうとと舟を漕ぎ出そうとしていた私の嗅覚が敏感に捉える。
ゆっくりと起き上がると、私はドアを静かに注視していた。ドアが開いて、入ってきたのは二つの陰。彼らは、部屋にあるランプに火を燈すとベッドに近づいてきた。
先程私を囲んでいたうちの一人である赤髪の男性と………白いモフモフの犬だった。彼と白犬の視線、そして私の視線がぶつかると、彼らはわたわたしながらも口を忙しく動かしている。その様子を見ていた私は両耳を指した後に両腕でバツを示してから、テーブルの上にあるメモ紙とペンを赤髪の彼に渡した。
どうしたのだろう、と首を傾げてしまう。
彼はそれを受け取ってからずっと、何やらメモとペンを行き来しながら慌てている。それを隣から見ていた白犬が二本足で立ちあがると、赤髪の彼から紙を奪いとって代わって書き始めていた。どうやら、このモフモフは文字が書けるらしい。着ぐるみ、だろうか?
"目が醒めたんだね。気分はどう?"
大丈夫であることを示すように、一つ頷いてみせる。
"よかった。君はナツメだったよね!おれはミルク。こっちの男はカルマって言うんだ!あのね、コックが作ったスープを持ってきたよ!飲める?"
文字は雑だが、どうやらこのモフモフは大分懐っこい性格をしているらしい。大きな身体にとってつけたようについている尻尾がブンブンと左右に動いていた。私は頭を下げてお礼を示してから、テーブルに置かれている卵スープを目にした。
ミルクに促されるままにスプーンを持つと、息を吹きかけて口へ運ぶ。
"どう?美味しい?"
私はミルクの問いに答えるように片手で丸を作って微笑んでみせると、白犬の口の動きが良かったーと言っているように見えた。
彼らが見守る中、スープを四分の一程飲んだ頃だった。今まで、ずっと黙って見ているだけだったカルマという名の赤髪の彼に、器を置くように促された。
左腕を差し出すように示されて、その通りに彼に向けると……金属製の腕輪をはめられる。
そして、彼ら四つの目で凝視されながら居心地の悪い思いをすること数分。赤髪の男性はミルクからペンと紙を受け取ると、今度はツラツラと書き始めていた。
"お前は本当に、ジャイロアークもアルタリオンも……マジニックのことも、知らないんだな?"
彼の探るような視線から逸らさないように、一つ頷く。彼は暫く考えるそぶりをみせてから、再度ペンを走らせていった。
"気分はどうだ。力が抜けたり、気持ちが悪くなる感じはあるか?"
彼の文章を認めると私はゆっくりと首を横に振り、彼らの目をじっと見つめる。彼は、一つ頷いてから私につけた腕輪を手早く外してくれた。
それから、彼はまたスラスラとペンを走らせた。
"……単刀直入に聞くけど、お前は俺達の敵か?"
敵?私は彼が書いた文章を二度見してから、首を傾ける。だとすると、私が彼らに害する……もしくは対になる組織に属しているかどうかを聞いているということだろうか。
そう解釈し首を横に振ると、赤髪の彼はどうやら肩の力を抜いてくれたらしい。彼は微かに表情を緩めると、またメモ紙に書き始めた。
"疑って悪かったな、ナツメ!さっきミルクも言っていたが、おれはカルマ。気楽に呼んでくれ。"
あまりの彼の態度の変わり様に私は一瞬呆けたものの、すぐに頷き返した。
"キースはお前を暫くこの屋敷で療養させるって言ってたんだ。だから、暫くの間は'同じ釜戸の飯を食う仲間'っつーわけだろ?ナツメ、短い間だけどよろしくな!"
彼の文字に驚く。彼は、ミルクにスープの器を下げるように伝えると、私は更に驚いた。
『…まだ飲むよ?』
だって半分以上残っていたのだ。せっかくコックさんが作ってくれたのに残すなんて勿体ないし、申し訳ない。
つい出てきてしまった私の言葉に彼は目を開き、次いで苦笑を示した。私の頭をポンポンと軽く撫でてくる。
どうしたのだろう?
カルマは私の頭を撫でつつ片手でペンを走らせたため、私はその羅列されていく文字を追いかけた。
"俺らのせいで、冷めちまっただろ?せっかくだからな。コックの旨い料理を堪能しようぜ。"
そして、ミルクが改めて持ってきてくれたトマトリゾットとデザートのプリンを美味しく食べさせてもらった後、私は暫くミルクとカルマと雑談(という名の筆談)に興じた。
それから半刻ほど経った頃だろうか。
カルマから受け取ったメモ紙に返事としてペンを走らせようとした正にその瞬間だった。
『…………あ』
メモ紙を頭上から奪われてしまったため、不思議に思って顔を上げると………そこには口端を緩くあげながらも瞳は笑っていないキースさんがいた。
彼のその姿を見たカルマは、顔を可哀相なくらい青ざめている。空気を読んだのだろうミルクは私が持っていたペンをキースさんに渡すと、彼は乱暴に紙に書き殴った。
"……俺はお前に、筆談は禁止だって言わなかったか。"
『………あ。ついいつもの癖で。』
素直に謝ると、彼は呆れたように溜息をついて眉間に皺を寄せていた。