表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あの日の桃

作者: MMシュン
掲載日:2023/01/19

きっとあの桃以上においしい桃には出会えない。


思い出の中で、何度も思い出すたびに、増々と甘く、輝くのだ。


あの日の桃を。




そんな光景を私は見たことがなかった。


まるで旬のリンゴのように、うずたかく積まれた桃。


スーパーの、青果売り場の一番目立つところに、


旬の果物のひのき舞台に、


見たこともないような美しい桃達がいた。


ソフトボールのように大きく、傷の一つも無いその姿は、


子供のように手塩にかけて育てられたと物語っていた。


どうです?見てこの美しい肌を。

今年も大事に大事に育てられ、真綿でくるむように扱われ、

はるばるとこの、九州までやってきました。

その蜜は甘く滴って、柔らかな歯ごたえは誰からも愛されてきました。

いつもは手土産になったり、お見舞いの品になったり、特別な日のデザートになったり、

庶民にとってはちょっぴり贅沢な、高嶺の花の私なのです。


でも今年は特別。

見て、今年は私、100円で売られてる。

今年ばかりは、産地が福島県の私は、100円なのです。



ショッピングカートを押す手は握ったままで、止まった足は動かない。


桃から目が離せない。桃の前から離れられない。


子供の喜ぶ顔が浮かぶ。


『おいしい!おいしい!また買ってね!』

『もも大好き!このももおいしいね!』


だって絶対おいしい。見た目がもうおいしい。

想像の中であふれる果汁は甘々と舌に絡みつき、

鼻から抜ける香りは酔うほどに匂い立つ。

おいしいことは間違いない。間違いないことを疑う余地もない。

こんなチャンスは2度と無いだろう。

一切れ、二切れでは無い。大きな一玉にかぶりつく。一人一玉でも、二玉でも、

家族みんなが、お腹いっぱい桃を堪能する。




子供は出されたものを疑いなく食べる。

手抜きの手料理でも、冷凍食品でも、値引きシールの付いた弁当でも、

私が選び、提供する食べ物たちが彼らをつくる。


国が保証している。業界が安全だという。

ただちに影響は無いという。問題は無いという。


遠く離れた九州の地で、空気と水と食べ物と、怯えることなく暮らしているのに、

一体何を惑うのか。

何を信じ、何を疑い、何に目を向け、耳を傾けるのか。

一つ一つの情報に、疑心暗鬼が止まらない。取捨選択の基準がない。

ぐらぐらと頭と心が揺れ動く。

誰のため?何のため?

それは正解?

これは不正解?


桃を手に取るあの人と、動かず見つめるだけの自分。


このモモを仕入れたスーパーの人は何を思うだろう。

100円の値付けをした人は、何を思うだろう。

青果市場の人は、

トラックの長距離運転手は、

箱詰めした人は、

収穫した人は、

桃を育てた人は、

いつものように花咲き、実った桃は。

この桃は。


あの桃は、


あの桃を、


あの日の桃を、



何年も経ち、何十年も経ち、

今や桃はまた高嶺の花へと返り咲いた。


ちょっと勇気を出して、贅沢品に手を出してみる。


種をこっそり口に含む。やはり美味しい。


一切れ、二切れを

美しいさらに盛り付け家族へと差し出す。


喜ぶ顔は、あの日の想像通りだろうか。


いや、きっとあの桃は


今日の物より、明日の物より、もっとずっと甘かった。


美しく光るあの桃は、


あの日の桃は


あの年の桃は



最後までお読みくださりありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 復興の桃!100円とは……。 消費者視点で、色々考えてるなぁと思いました。 いつか、福島県産の桃を誰もが「美味しい美味しい」って何の疑いもなく言える日が来るように。信じるしかありませんね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ