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“アリウステラ”の物語-ガリオン王国-

今日も姫様がグイグイ来る。

作者: 杜野秋人

「アンドレさま!」


 背後から名を呼ばれて、男は固まった。

 固まったまま、動かなくなる。


 立ち去りはしない。振り返りもしない。

 ただ微動だにしない。


「もう、アンドレさま!」


 再び名を呼ばれる。

 たたた、と駆け寄ってくる気配がする。

 聞き慣れた、小気味よい、軽やかな足音。


「どうして何もお返事くださらないの?」


 すぐ後ろまで来て、再び声をかけられる。

 鈴を転がすような、澄んだ美しい声だ。これも聞き慣れた、すっかり聞き慣れてしまった、声。


 無駄だと分かってはいるが抵抗したい。

 振り返るのが怖い。


 でも、反応しなければ悲しませてしまう。


 ギギギ、とまるで錆びついた機械のようなぎこちない動きで、男はようやく振り返る。

 覚悟を決めて、声の主に正対する。


「や、やあ。おかえりなさいお嬢様」


 そして引き攣った笑顔で、ようやくそれだけ声を出した。


「もう!お嬢様、ではありません!

レティシアとお呼び下さい、といつも申し上げていたではありませんか!」


 少し拗ねたような声が聞こえた。

 向き直った男の眼前、ではなく、腰のあたりから。


 視線を下げれば、そこにいたのは、女神と見まごうばかりの絶世の美少女だった。


 腰まで伸びた鮮やかな金糸雀(カナリア)色の髪に、見たこともない金色に輝く瞳。肌は白く艷やかで、だが決してその下を流れる血の温かさを忘れさせない。

 腕も脚も腰も首も華奢に過ぎて、男が指で摘むだけで折れ砕けてしまいそうな程だが、だからといって病的に細いわけではない。付くべき所にはきちんと筋肉と脂肪を纏わせ、女性らしいふくよかな丸みと柔らかさ、そしてしなやかさを備えている。

 形も大きさも配置も、どれを取っても寸分の狂いもなく完璧に整った、神の造形以外の何物でもない(かんばせ)は神々しささえ感じられ、美貌で知られるエルフたちをもすら魅了しそうだ。その顔が喜色に満ちて、視線は真っ直ぐに男の顔を見上げていた。

 頬にほんのり朱が差し、瞳には蕩かすような熱を帯び、ただでさえ美しい顔をさらに美しく染め上げている。そんな彼女は同年代女性の平均よりも少しだけ小柄で、華奢な肢体もコンパクトな顔立ちも、大柄な彼の前ではより小さく見える。


「あ、ああ。そうでしたね………レティシア、様」

「はいっ!」


 名を呼ばれて、美しき少女は嬉しそうに返事をした。

 それだけで花が咲き乱れそうな、満面の笑顔で。


「3年ぶりに、ただいま帰りましたっ!」


 その笑顔のまま彼女が、堪えきれないといった様子で男の大きな腰に飛びこんで抱きついた。

 そして心から愛しそうに叫んだのだ。


「今日こそ、わたくしを貴方様の妻にして頂きとうございます!」


 と。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「なあアンドレ」


 グラスを傾け、琥珀色の液体を喉に流し込んでから、確認するかのように男が傍らの大男に声をかけた。


「なんだジャック」


 声をかけられた大男(アンドレ)は渋々といった感じで、それでも無視はせずに言葉を返す。

 アンドレとジャックは地方騎士団の入隊同期で、今では無二の親友と呼べる間柄だ。普段はお互いに小隊を率いる小隊長として任務に就いており、なかなか言葉も交わせないが、たまにこうして暇を見つけては飲みに誘い合う。

 初対面では百発百中で怖がられるアンドレだが、それでもこうして付き合いの長い仲間や行きつけの店、普段暮らす街中などでは普通に応対してもらえる。見た目がいかついだけで本当は心優しい男だったから、そこにさえ気付いて貰えればそれなりにコミュニケーションが取れるのだ。


「お前さ、何が不満なんだ?」


 呆れたようなジャックの声。

 それに対してアンドレは苦虫を噛み潰したよう。


「いや不満っつうかな…」

「不満以外のなんだって言うんだよ?」

「………。」

「いいか?そもそも世の中ってのはな、ごく一部の王子様(ヒーロー)を除けば、あんな美人から全面的に惚れられるなんて幸運はそうそう起こり得ないんだぞ?」

「いや、でもな……」

「まあ聞けよ。俺たち程度のレベルじゃあ、一生にひとりかふたりか、そこそこに気の合う女をどうにか見つけて結婚できりゃあ御の字ってもんだ。そうだろ?」

「まあ、そうだが」

「そこへ来てレティシア様だ。本来なら俺らなんかが知り合うことさえ不可能なんだぞ?生まれも育ちも容姿も完璧、しかもそれが向こうから好きだと言って下さって、お前なんかを生涯の伴侶に選んで下さってるんだ」

「けどなあ………」

「しかもそれが幼い頃からの一目惚れで、もう10年も一途に想って下さってるっていうじゃねぇか。男としてこんな幸せなんて他にねえぞ?」

「それはそうなんだが………」

「だから何が不満なんだよ!?」


「だって!」


 堪らずにアンドレは吠えた。


「相手は雲の上の公女さまだぞ!?」


 レティシア・ド・ノルマンド。アンドレやジャックの祖国、ガリオン王国の筆頭公爵家であるノルマンド家の長女である。生家のノルマンド家はガリオン王家の血を引く王家の分家筋であり、その身は生まれながらにしてガリオンの王位継承権を持つ。


「しかもお母上はあの(・・)リュクサンブール大公家のご出身で!」


 リュクサンブール大公家はかつて西方世界の過半を領有していた古代ロマヌム帝国の皇帝家の末裔である。今でこそリュクサンブール大公国はガリオン王国とブロイス帝国に挟まれた山間(やまあい)の盆地を支配するだけの小国だが、その高貴な血は西方世界の大半の国に受け継がれ、そのいずれからも宗主国として扱われる特別な地位を築いている。

 リュクサンブール大公家は女性であっても継承権が与えられる。その血を引くレティシアもまた、リュクサンブール大公国の公位継承権を保持している。


「そのうえレティシア様はまだ16歳で!」


 アンドレがレティシアと知り合ったのは偶然からだが、その時彼女はまだ5歳だった。その当時彼は25歳、騎士団に入隊して10年目の中堅騎士で、小隊を任せられるようになってはいたが昇進が早いということもない、平凡な男だった。

 そんな彼は今年36歳。いまだに結婚もできずに小隊長の地位に留まったままだ。


「さらに今度は〈賢者の学院〉で首席を取ったっていうじゃないか!!」


 〈賢者の学院〉はガリオンと海を挟んだ隣国、アルヴァイオン大公国の首都ロンディネス近郊に所在する、この西方世界でももっとも格式高い大学である。西方世界の最高学府として長い歴史と伝統を誇り、世界中から選りすぐりの天才たちが入学を目指してたゆまぬ努力と研鑽を続けて受験に臨み、それでも入学を果たせるのはごく一部だ。

 どれほど入学が難しいかと言えば、レティシアと同い年でガリオン王国の第二王子であるシャルルが受験を諦め、国内のルテティア国立学園入学に回ったほどだ。

 レティシアはそんな〈賢者の学院〉に年度首席で合格し、3つある“塔”のひとつ“知識の塔”を今年首席で卒塔(・・)したのだ。


「神は!あの人にいくつ祝福を与えれば気が済むんだ!!」


 美貌に加えて生まれも育ちも知性も完璧。

 いと気高き世の至宝。

 それが、公女(プリンセッサ)レティシア・ド・ノルマンド・リュクサンブールである。


「そんなお方の愛を、ハイそうですかって受け取れるほど、俺は神経図太くねえ!!」


 アンドレ魂の叫び。

 ただ体格に恵まれただけの平凡な騎士のどこを気に入られたのか、いくら考えてもサッパリ分からない。ただひとつだけ言えるのは、初対面でアンドレに怯えなかったのは、彼の記憶する限りでは後にも先にもレティシアただひとりであるということだけだ。


「まあ、そう言われるとな…」


 ジャックもさすがに渋い顔。


「本当、なんであの人お前なんかに惚れちゃったんだろうな?」

「俺が聞きてえよ………」


 ごく平凡なおっさん騎士と、存在全てが特別なお姫様。“美女と野獣”どころの騒ぎではなく、神が羽虫を愛でるようなものだとしか、アンドレには思えなかった。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 アンドレ・ブザンソンは騎士である。

 貧乏子爵家の三男として生まれ、幼い頃から小さな所領で領地の平民の子たちに混じって成長した。家を継ぐことのない気楽な立場の彼は、長じるにつれて騎士を目指した。

 理由は簡単。

 人並外れた巨躯の持ち主だったからである。


 思えば生まれた直後から大柄な子だった。そのあまりの大きさに彼を産んだことで体力を使い果たしたのか、母は彼を産んで1年と経たずに世を去った。

 父も兄たちもそのことで彼を責めず、むしろ母の愛を知らずに生きるしかない彼のことを哀れみ慈しんで育てたが、彼はそのことにずっと引け目を感じていて、それをひた隠しにしたまま少年時代を過ごした。

 10歳を過ぎたあたりで早くも父の背に並んでいた彼は、首都ルテティアの国立学園に入学する13歳の頃にはもう現役の騎士たちにも引けを取らないほどの体躯を誇っていた。


 そんな巨体だったから、幼い頃からよく人に怯えられた。女の子はもちろん、男の子にも、大人たちにさえ。

 だからそんな彼が騎士を目指したのは必然だったと言えようか。むしろ、それ以外に取るべき進路などなかった、とも言えた。

 学園の騎士科を卒業した彼は晴れて騎士に叙任され、地方騎士団のひとつに配属となって、生まれ故郷から遠く離れた任地へと旅立っていった。



 それからおよそ10年。地道な働きが認められ、アンドレは小隊のひとつを任せられるようになっていた。

 体躯は騎士となってからも成長を続け、並ぶもののないほどの巨体に鋼のような筋肉を備えた、巌のような大男になっていた。


 なんと身長が111.5デジ(223cm)、体重が236リブラ(236kg)


 人間(アースリング)の成人男性の平均が90デジ、80リブラほどのこの西方世界にあって、間違いなく一、二を争う巨躯であろう。


 殺しても死ななそうだ、巨人族(フィルボルグ)とのハーフではないか、あの男なら灰熊でも格闘で絞め殺せそうだ、いやもう何頭か仕留めたと聞いているぞ。

 様々に噂されたが、反応するのも面倒なので彼は否定も肯定もしなかった。

 だって下手に反応したら、怯えられ怖れられまた噂になるだけだったから。彼に怯えないのは故郷の家族や友人たちを除けば、付き合いの長い街の人たちや小隊の仲間、上司など、ごく僅かに過ぎなかった。



 そんなアンドレが配下の小隊を率いて街道を定期巡回している時に、それは起こった。

 獣の咆哮と、脚竜の断末魔。そして何かが破壊される物音。異変を聞きつけ麾下の小隊を率いて現場に急行した彼が見たのは、爪を立てられ引き倒された脚竜(イグノドン)と、横倒しになった馬車ならぬ脚竜車、そして脚竜を貪り食らう灰熊だった。

 その周りには投げ出され倒れて動かない馭者と、やはり倒れ伏して動かない護衛たち。脚竜車はひと目で仕立てのよい高級車だと見て取れ、護衛たちの装備もしっかり整っていたことから、貴人の一行だとすぐに知れた。


 アンドレは直ちに配下に指示し、5名の隊員のうち2名を周囲の警戒と斥候に当て2名を脚竜車内の確認に向かわせた。そして自身は小隊でもっとも腕の立つ隊員とともに、灰熊を討伐するべく動く。

 灰熊は大柄かつ獰猛な肉食獣で、熟練の冒険者であっても「出会ったら逃げろ」と言われるほどの難敵だ。立ち上がると巨躯を誇るアンドレよりもさらに一回り大きく、さすがに彼も一人で相対出来るとは考えなかった。

 最初はふたりで、すぐに脚竜車の確認を終えた2名のうちのひとりが応援に加わって3人がかりで、それでも倒せずに周囲を確認して他に危険はないと判断した斥候の2名までも加わって、騎士5人がかりでようやく倒すと、アンドレはすぐに脚竜車から救い出された貴人の元へ駆け寄り跪いた。


 それが、当時まだ5歳だったレティシアだ。身を挺して彼女を守った血だらけの侍女に抱きしめられながらも、幸いにしてその身には傷ひとつ付いていなかった。けれど侍女の治療や亡くなった護衛たちの搬送などの必要もあってアンドレは部下たちに指示し、本部や近隣の街に連絡して応援を要請し、そして迎えが到着するまで鎧を脱いで、怯える幼いレティシアを抱きかかえる羽目になった。

 彼女は怯えてはいたものの、それは脚竜車を襲った獣に対してであり、アンドレの大きな身体に包まれて安心したのか、すぐに眠ってしまった。アンドレは自身に怯えられなかったことに安堵しつつも、報せを受けて駆けつけてきた迎えの人々に彼女を託すと、名も名乗らずに小隊とともにその場を立ち去った。



 別に恰好をつけたわけではない。

 それが業務で、ただするべき仕事を果たしただけなのだから、誇ることも褒美を求めることも良しとしなかっただけだ。

 貴人の少女の素性についても彼は何も詮索しなかった。やんごとないご身分なのは見てすぐ分かったし、高貴な方々と必要以上に関わり合いになってもロクなことはない。自分はただ、与えられた職務をこなして定められた俸禄を貰えばそれで充分なのだ。


 だというのに、後日ノルマンド公爵家から礼状と大量の下賜品が届いて彼は仰天する羽目になる。それで初めて彼は、あの時助けた相手がノルマンド公爵家のレティシア公女だったと知ったのだった。

 しかもそれだけではなく、レティシア公女自らが自分に直接会ってお礼を述べたいと希望されている、と騎士団長に呼び出されて聞かされたアンドレは、拒否することもできないまま首都ルテティアに送り出された。騎士団副団長の先導と監視、というおまけ付きでだ。

 

「くまみたいなおっきなきしさま。あの時たすけてくださってありがとう」


 ノルマンド公爵家の首都公邸でアンドレの面会に応じたレティシアは、怯えながらも彼女を守ろうとする侍女たちや護衛たちを後ろに下げつつ、満面の笑みでそう言って可愛らしくお辞儀した。

 それから「あっ」と慌てたようにスカートの裾を摘んで、習いたてであろう淑女礼(カーテシー)を披露する。


「わたくしはレティシア。レティシア・ド・ノルマンド・リュクサンブールです。きしさまのおなまえをお聞かせくださいな」


 あの時は死んでしまうかと思った。助けが来たと分かって本当に安心した。安心しすぎて、大きなお胸で眠ってしまってごめんなさい。あのあと爺やにきしさまのことを調べてもらって、それでこうして会うことができました。本当はわたくしが会いに行くつもりだったのだけど、呼び出してしまってごめんなさい。

 頬を赤らめて止めどなく話し続けるレティシアに戸惑い、公爵家の豪奢な応接間のふっかふかのソファに緊張し、飲んだこともない美味しい紅茶に恐縮し、侍女や執事や使用人や護衛や、果ては馬丁や庭師まで纏う洗練された一流の職人のオーラに圧倒され、アンドレはこの時レティシアが語ったことをほとんど憶えていない。ただ憶えているのは「くまみたいなおっきなきしさま」というレティシアの言葉と、その時見せたキラキラした金色の瞳、そして名を告げた際の「アンドレさま、とおっしゃるのですね」と呟く鈴の音のような声と、サッと朱に染まった可愛らしい頬だけだ。

 まさかそれが、その後ずっと向けられる好意の始まりになろうとは、神ならぬ身で分かろうはずもなかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、一旦はノルマンド公爵家からアンドレへの接触はなくなった。だから彼も、あの時のことは良い思い出として、半ば記憶の彼方へと流しかけていた。

 そんなタイミングで、彼の元へノルマンド公爵家から婚約の打診が来たものだからビックリ仰天である。あれから7年。レティシアは12歳に、そしてアンドレは結婚もできないまま32歳になっていた。


 公爵家ではアンドレの素性から人となり、経歴から交友関係まできっちり調べ上げていた。その上で、無爵の騎士に過ぎない彼に婚約を打診して来たのだ。

 使者としてやってきた侍従によれば、婚約に応じれば実家の子爵家に多大な支援をし、アンドレには伯爵位を公爵家で用意するという。もちろん希望するなら騎士は続けて構わないし、社交界にも必要最低限を除いて出なくていいという。そしてレティシアが成人して晴れて結婚できるようになれば、首都にあるイェルゲイル神教西方大神殿で盛大に神前式を執り行う予定だと言う。


 とんでもない、畏れ多くてとてもではないが受けられない、とさすがに断った。断ること自体が不敬に当たるのは重々承知の上で、それでも断った。

 だって断るしかないではないか。仮にも相手は世界屈指の尊き血筋のお姫様で、そこらの国王よりも高貴なご身分なのだ。それにひきかえこちらはほとんど平民の、取り立てて才能もないただの騎士に過ぎない。勘弁してくれ、というのが偽らざる本音だった。

 だというのに、断ったら断ったでレティシア本人がアンドレのいる街に居を移してしまったではないか。そのためにわざわざ別邸まで建てて、アンドレにも邸をプレゼントすると言うのだ。

 そして何かにつけてアンドレの元を訪れ、デートに誘い、話をねだり、ともに時を過ごそうとする。12歳になった彼女はまだまだ幼いながらも神々しいまでの美貌に拍車がかかり、美しく成長した姿は女性としての魅力をしっかりと備え始めており、蕩けるような瞳と鈴音のような声で、アンドレに真っ直ぐに想いをぶつけてくるのだ。


 アンドレは決して幼女趣味ではない。だがその彼をして、抗いがたいほどの魅力を彼女はすでに発揮し始めていた。


 だから彼は逃げた。

 逃げたと言っても、姿をくらましたところで公爵家の情報網でたちどころに探し当てられるのは目に見えている。だからレティシアの動きを予測して、すれ違うように別の場所に移動する。そうして可能な限り顔を(・・)合わせない(・・・・・)ように(・・・)立ち回ったのだ。

 逃げ切れずに捕まることも多かったが、それでも婚約の話だけはなんとかごまかし続けて1年が過ぎた。


 そんな時、レティシアが言ったのだ。〈賢者の学院〉への入学が決まって、アルヴァイオンに行かなくてはならなくなった、と。


 正直、逃げ切れたと思った。

 だって〈賢者の学院〉には西方世界のほとんどの国々から、選りすぐりの天才秀才たちが集うのだ。それも王侯貴族の子弟をはじめとして、特別の家柄の貴顕の人々が。そんな中で3年も過ごせば、きっと彼女にも相応しい相手が見つかるだろう。同年代の、家格も才能も見合う相手を見つけられれば、彼女もきっと幼き日の淡い初恋から卒業できることだろう。

 旅立ちの日には、レティシアたっての希望もあってアンドレも見送りに参加した。彼女は少しだけ淋しげに、でも彼が来てくれた喜びを隠さずに、笑顔で海を渡って行った。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 それから3年。

 彼女はさらに成長して戻ってきた。


 そう、戻って来てしまったのだ。さらに美しく魅力的になって、しかもアンドレへの想いはそのままに。


「ただいま戻りましたっ!」

「は、はい」

「今度こそ、婚約致しましょう!」

「え、ええと」

「大丈夫ですっ!わたくしが選んだ良人(おっと)ならばと、公爵家にも王家にも、リュクサンブール大公家にもお許しを頂いておりますわ!」

「えええ!?いや待ってそんな!」


「わたくしは、あの日からずっと!貴方様をお慕い申し上げておりますの!」


「いやでもですね、俺………私は取り立てて才能も血筋も財力もないですし」

「でもお優しいです!それにお力も強くて、わたくしを守って下さいます!」

「それにほら、お……私はこのように見た目が怖ろしげで」

「そんな事ありません!とても頼もしくて安心しかありませんわ!」

「だけど、20も歳の離れた親子みたいなオッサンですよ!?」

「ですがあの時からずっと、アンドレさまはわたくしにとって唯一の“騎士様”なのです!」


「とっ、とりあえず定期巡回がありますので、この話はまた後日!」

「あっ、お待ちになってアンドレさま!お話を聞いて下さいまし!アンドレさまぁ〜!」



 今日もレティシア姫様はグイグイ来る。

 アンドレが陥落するのは、もうそう遠い未来ではなさそうである。





4/12、第二王子シャルルの年齢をひとつ間違えていましたので本文記述を訂正しました。レティシアのひとつ上と書いていましたが同い年の誤りです。


あと脚竜と灰熊のサイズ比較を考えて、脚竜の種類をサウロフス(中型)からイグノドン(小型)に変更しました。脚竜の設定に関しては『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』の方で言及しています(1-20.)が、見なくても特に支障はないかと思います。

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