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戯曲 となりのトコロ  作者: 大橋むつお
6/12

6『区別なんかいらない』


となりのトコロ・6『区別なんかいらない』 


大橋むつお


※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最後に記しておきます


時   現代

所   ある町

人物  のり子 ユキ よしみ





 ひとしきり木々のざわめき


のり子: でも、ややこしいね。土地の名前が常呂で、そのトトロみたいなのがトコロで、聞いただけじゃ区別がつかない。

ユキ: 区別なんかいらない。常呂は常呂のことだし、トコロはトコロのことだし。常呂って言えばトコロを含んでるし、その反対もそうだし。つまり一方のところを言えば、もう一方ところを言ったことにもなる。ところどころわからなくても、心のところどころでところって感じれば、それで、それは十分に常呂とトコロを言ったこと、聞いたことになるよ。

のり子: なるほど……

ユキ: ところ!(叫ぶ。高まる木々のざわめき)ほらほら! 感じるでしょ。ところを感じるでしょ! 感じた?

のり子: ……うん(^_^;)

二人: ところ!……ところ……ところ……ところ……

ユキ: ほら、わたしたちの中で「ところ」がこだましてる……

のり子: 自分で言ってるような気もするけど(;^_^)

ユキ: それはトコロがわたしたちの声を使ってこだまさせているのよ……(強いざわめき)トコロは、遠い縄文の昔から、歴史をつらぬいてわたしたちに心を伝えにきた常呂の森の精霊……(へべれけに酔ったおっさんの声で、童謡「あめふり」が、かすかに聞こえる)

のり子: だれかが歌ってる……

ユキ: そう……

のり子: あたし、この歌の三番と四番が好き(歌う)あらあら、あの子ずぶ濡れだ。やなぎの根方でないている。ピチピチジャブジャブジャブ、ランランラン。母さんボクのを貸しましょか、君々この傘さしたまえ……フフ、君々だなんて、生意気そうだけど。すなおな親切でいい感じ。でもおっさんが酔って唄う歌かぁ?

ユキ: ごめんね。お父さんが唄ってるの……

のり子: え……傘が……ほんとだ、傘が、傘のお父さんが唄ってる……でも、なんだか悲しいね……傘のお父さんが傘の歌を唄ってるなんて……哀感があるよね、お父さんの声。

ユキ: お父さんの十八番おはこ ゆうべも脂ぎってイカの足かじって、酒臭い息をはきながら……わたしや、姉さんの邪魔にならないように静かに唄ってた。そして涙と鼻水にまみれたイカの足のこま切れをくしゃみといっしょにはき散らした時にトコロはやってきた……こんなのと、こんくらいのと、こーんなに大きなトコロが口を……心をそろえて言った……やっと見つけた……。

のり子: ひょっとして、そのトコロがお父さんを傘にしちまった……

ユキ: ちがう……そうなの、でもちがうの。話は最後まで聞いて。トコロは恩返しに来たの。

のり子: 恩返し?

ユキ: お父さんは、おじいちゃんといっしょに常呂の森を守ってきたの。

のり子: 農水省のお役人?

ユキ: おじいちゃんは、考古学の偉い先生。ずっとアイヌ文化を研究していて、常呂の森の下に古い古いアイヌ文化が残っていることに気づいたの。遠い昔はアイヌも、内地も、ロシアもなかった。広くオホーツクにひろがるのどかなところだった。人が人として、自然を神さまとして愛せた時代。国境も軍隊もなんとか主義もJALやJTBもなかった時代。じいちゃんが見つけたのは、そういう宝物。おじいちゃんは身体を張って、戦争中は軍隊から、戦後は開発から常呂を守って……おじいちゃんは、常呂を守るために、世の中の傘になって死んでいった。おじいちゃんのお葬式の、秋の昼下がり……季節はずれの小雪が白く降る中を……その時、初めてわたしは見たの……木の間隠れにトコロがいるのを。



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