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公爵side
「くそっ。どこまで恥をかかせれば気はすむんだ」
全て上手くいっていた。アニスが死んでも代わりはいた。ガラクタだが今まで育ててやった恩ぐらいは返せると思い、任せたのに失敗しやがった。
貴族用の牢に入れられるなど、たとえこの後無罪だと判明しても家名に傷がついたことに変わりはない。
社交界でも爪弾きにされるだろう。
あのガラクタが勝手にアニスを名乗っていただけだ。罪に問われるのはガラクタのみ。処分は処刑か国外追放が妥当だろう。そのどちらになっても腹の虫がおさまらない。
何とか国外追放に持っていて、追放された後に嬲り殺してやろう。
それだけ我が家に泥を塗った罪は重い。
そう、数日前までは思っていた。
「アドリス公爵夫妻を聖女詐称の罪により国外追放とする」
「は?」
開かれた貴族裁判は示し合わせたかのようにとんとん拍子で進んでいった。それも悪い方向に。
「連行しろ」
王の命令で騎士が私の両脇を抱える。
「待ってくれ、知らなかったんだ。本当に、娘が入れ替わっていたなんて」
「だとしても娘を地下牢に閉じ込めて許されるなんてことはない」
裁判官が冷たく言い放つ。
そんなのは綺麗事だ。みんな同じ立場なら同じことをしたはずだ。
聖女の家系で役に立たないガラクタを生かしてやっただけでも慈悲ではないか。それなのになぜ罪に問われる。
そうか。
私は裁判官の一段上に腰を下ろす王を見上げる。口元に酷薄な笑みを浮かべた王を見て瞬時に理解した。これは聖女の力により権力を持ち過ぎたアドリス公爵家を貶めるために王が張り巡らせた罠だと。
「これは罠だ。聖女の家系であるアドリス公爵家を妬んで、その勢いを削ごうとしているんだ。私たちは罠に嵌められたんだ。私たちの家系が途絶えればこの国は聖女を失うことになるんだぞ」
私の言葉に揺らぐ奴らが出だした。これはいける。そうだ、この国にはアドリス公爵家がなくてはならないんだ。
「驕るな。我々、王家が今まで何の対策も取っていないと思っているのか」
「どういう、意味ですか?」
「アドリス公爵家は聖女の家系だ。それに驕り、権力を欲しいままにして来た。何をされても許されると今まで好き勝手して来ただろう。その証拠はすでにこちらで押さえている。聖女詐称がなくてもどのみち粛正する予定だった。お前たちがやったことは短い寿命を更に短くしただけだ。人は驕る生き物だ。そして途絶える生き物でもある。故に、王家は長い間聖女の力を研究し続けた。幸い、王家に嫁いだ聖女も多かったからな。研究はよく捗ったよ。お前たちが野心家で助かった」
自分の首を自分で絞めたと王は私たちを嘲笑った。
「それにお前たちがガラクタと呼ぶあの娘は立派な聖女だ。魔力回復薬と増幅薬を多用し、体を壊してまで国に貢献しようとしてくれたなかなかの忠臣だ」
「っ」
今の一言で馬鹿な貴族たちはあのガラクタがいるなら聖女の家系が完全に途絶えるわけではないと安心をし始めた。
あんなガラクタ一人残ったところで何ができる。
「お前たちがいなくても聖女の力は再現できる。既に実験も成功している。後は実戦に投じるだけだ。聖女の力を盾に国に害悪を与えるお前たちは不要だ。連れて行け」
王の一言で私も妻も裁判所を出され、荷馬車のようなぼろい馬車に乗せられた。
「くそっ、あの若造」
誰も私の言うことを信じてくれない。王の決定事項に逆らうこともできない臆病者ばかりだ。こうやって有能な貴族が国から減っていけば何れ、滅びることになる。
あの王は若すぎてそのことに気づいていないのだ。何と愚かな。
「あ、あなた」
「何だ?」
妻が怯えたように私の袖を掴んできた。それすらも煩わしい。
「馬車が止まりました。どういうことでしょう。国境に着くにはまだ早いですわ」
すると馬車が急に開いた。騎士服を着た男たちが私たち夫妻を無理やり連れだした。
「何だ、何をする?」
抵抗をしようにも鍛え抜かれた騎士相手にどうすることもできない。そして私たちは研究所のような場所に連れて行かれ、そこの檻に入れられた。
妻はひたすら怯えて私にしがみ付いている。
そこにはいくつもの檻があり、様々な形をしたキメラがいた。
「君たちがアドリス公爵夫妻だね」
ぼさぼさの頭をし、丸眼鏡をかけた女が檻の中を覗きこむ。とても小柄で子供のように見えるが体つきから成人女性だと分かる。彼女は白衣を着ていた。
「誰だ、お前は。アドリス公爵である私にこんなことをして許されると思っているのかっ!」
「あはははは。ざぁんねん。君たちはもうアドリス公爵家ではないよ。君たちはねぇ、僕の大事な大事な実験動物だ。聖女の力を再現できるようにはなったんだけどね。まだ不明な点も多いから聖女を生み出す家系に相応しい働きをしてもらうよ」
「や、やめろ、何をする。放せ、はなせぇっ!」
「あ、あなた。あなたぁ」
人とは思えない大男が私を無理やり檻から出して寝台に乗せる。逃げられないように拘束具をつけられ、白衣を着た女がにやりと笑う。
「それでは実験を始めようか」




