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side.エリザベート
「お兄様、どうしてあの女に何のお咎めもなさらないのですか」
学校にドラゴンが入り込んだ。それも二匹。
二匹とも私を狙っていた。原因は分かっている。
ドラゴンは生物の中で最強を誇る強さを持ち、人間と同じくらい賢いと言われている。
けれど、警戒心の強いドラゴンは人に懐くことはなく飼いならすことは無理だと言われている。
でも、子供の頃から育てたら?
刷り込みできっと懐くはず。ドラゴンは愛情深い生き物だと言われている。だから私はまだ警戒心の緩いドラゴンの子供を誘い込み、捕えた。
ドラゴンは鉱物が好きだと言われているから餌は私の持っている宝石たち。
案の定、ドラゴンの子供はあっさりと誘い込まれた。
ドラゴンを飼いならして魔物討伐に向かわせればきっとみんなが私に注目を集めるはず。
あの傲慢で我儘で、貴族の癖に王族を見下す似非聖女の鼻を明かしてやろうと思った。まさか、子供を取り返しに学校に侵入するなんて。そもそも私が子供を盗んだとバレるなんて思ってもいなかった。
でも、大丈夫。
ドラゴンにバレたからって他の人間にバレるわけがない。それよりも問題なのは学校でのアニスの行動だ。
「体を張り、命がけで生徒を守る為に戦った聖女をなぜ咎めなければならない」
茶色髪に王家の証である金色の目をした獰猛な獣のような雰囲気を持つ男。彼は私の兄であり現国王ガイオン。
王様だけど私は正妻の子で、彼は妾の子。正統な血筋は私の方よ。だから私の方が立場は上。
「あの女は避難しようとした私を止めたのよ。本来なら誰よりも優先して守られなければならない私をあの女は守ろうともしなかった。殺す気だったのよ!この高貴な血筋の私を」
なのに、兄は興味なさげに書類と睨めっこ。可愛い妹よりも紙の方が大事だって言うの。
「お前の周りには結界が張られていた。殺す気ならドラゴンの前に突き出している」
「そ、それは。じゃあ、きっと意地悪をしたのね。なんて悪質な意地悪なの」
一歩間違えたら死んでいた。
だと言うのに兄は私を心配する素振りさえ見せない。正妻の子である私の身に何かあれば正統な王家の血が途絶えるというのに。兄はこの重大さが分かっていないのだろうか。
私が死に、兄だけになったら汚れた血のみが受け継がれるのよ。
「ドラゴンはお前を目掛けて狙ってきた。アニスが止めなければ生徒の被害が出ていたかもな」
は?何言っているの。他の生徒なんてどうでもいいじゃない。大事なのは正統な血を引く私でしょう。
私を守る為ならそれ以外の人間が何人死のうがどうでもいいじゃない。
「なぜドラゴンはお前を狙った?」
兄の目が私を捉える。ネズミを弄び殺す猫のような。猫というより獅子と言った方がしっくりくる獰猛さだけど。
「そんな私が知るわけないじゃない」
「ドラゴンは愛情深い生き物だ。お前、ドラゴンの子供を盗んだな」
「なっ!」
「自分が招いた上にその場で呑気に気絶をしていた愚鈍なお前に一応説明してやろう。ドラゴンはドラゴン用の麻酔で眠らせ、森に返した。お前の部屋から発見された子供も帰した。当然だが、愛情深いドラゴンが自分の子供を誘拐した人間を許すわけがない。だが、唯一許される方法がある」
ドカドカと騎士が兄の執務室に入って来て私を床に抑えつけた。
「ちょっ、何するのよ!放しなさい。私を誰だと思っているのよ。私は」
私の言葉を兄が代わりに言う。
「『正統な王家の血筋の持ち主』?」
「はっ」と兄は鼻で笑った。
「それしか価値がない‥‥いや、それすらも価値がない愚かな娘だ。連れて行け」
兄の命令に従った騎士が私を連行する。私がいくら命令して聞いてはくれない。
信じられない。
いくら兄が国王だからって正統な血筋の私の命令よりも重視されるなんてどうかしてる。頭に蛆でもわいてるんじゃないの。
そして私は手足を縛られたままドラゴンの縄張りになるギリギリのラインの所で放り出された。
ここまで乗せられた馬車は生まれて初めて乗ったおんぼろ馬車。
おかげで身動きがとれない私は体のあちこちをぶつけてかなり痛い。
「ひっ」
騎士たちは馬車から私を放り出し、さっさと行ってしまった。
私も今の状況がかなりまずいというのは分かっている。
家族や強欲な人間に貶められて非業の死を遂げた悲運な王女の話はたくさんある。まさか、自分がそうなるとは思いたくなかった。
けれど後ろから感じる圧が嫌でも私の今後の未来を予見させてしまう。
「あっ、あっ」
私は地面をはいずり何とか距離を取ろうとしたけど、足をがぶりと噛まれた。
「いやあ゛っ!痛い。放しなさいよ」
私の足を噛んだのは赤いドラゴンだった。赤いドラゴンは私を持ち上げて、何をするのかと涙目で見つめるとそのまま木に叩きつけた。
「ぐへっ」
どうやら手加減しているようで楽には死なせてくれないようだ。
「だずげてぇ。おに゛ざまぁ。ゆるじてあげるがら、おねがいぃ」
ドラゴンの鋭い爪が私の背中をひっかいた。
「ぎゃあっ」
次は頬、胸、腹部。深くはないけど、確実に痕が残るようにドラゴンは私に体に傷をつけて行く。
私を痛めつけて楽しんでいるようだった。
「もう、ごろじでぇ」
喉が潰れ、最後に発せられたのがその言葉だった。けれど非情なドラゴンは私を殺してはくれなかった。




