第捌章 第四幕 10P
誰にも聞こえないくらいの小さな声でランディが呟く。
通りの往来で向かい合う。槍を持った盗賊の一人が一歩、前に出た。槍の刀身を真っ直ぐランディに向けている。優位さに感けて警戒を怠らない良い判断である。しかし、それもランディのこれまでの戦果を考えれば、当然のことだろう。
「貴殿が襲撃者で間違いないな? いきなりだが、大人しくして貰おう。当然、後ろの銃兵も同じだ。此方はもう、簡単に銃弾を食らう訳ではない。人質がいる。下手をすれば、人質に当たる。何かやらかせば―― それ相応の対処を取るぞ?」
「…………」
ランディは無言のまま。答える気はさらさらない。確かに今の配置ならば、銃撃には少し不安が残る。ノアには負担が大き過ぎた。ならば、己で有利な状況を作るしかない。
「無言か……それは肯定ととらえて宜しいのかな? しかし、その体勢を見る限りはそうとも言えないようだ。俺達も生憎、仲間が七人もやられて正直、堪忍袋の緒が切れているんだ。はっきりしないのならば、お前を八つ裂きにしたいってのが本音だ? そこのとこ分かっているか? これ以上の譲歩はねーんだよ。聞こえてんのか?」
反応がないランディに気分を悪くしたのか、話をする盗賊の口調がいきなり悪くなった。
形振りを構う余裕がないらしい。これは好都合だとランディは頭巾の下でほくそ笑んだ。
「案外、貴方たちも置いて行かれた者たちの代行者と言う割には、仲間思いなことで。結局目的よりも仲間意識の方が大切だと言うことですかー。涙なくては語るに語れない友情物語って奴ですね」
此処に来てランディははじめて口をきいた。まるで挑発するかの物言いは、相手を揺さぶり、正常な考え方を出来なくする為である。小手先の知恵から実力まで全ての力を使って完璧に任務を遂行するのがランディである。
「やっと口を開いたと思えば、下らない戯言か…………答えを出せ。俺たちはそんな言葉を求めていない。次に余計なことを言えば、一人死んで貰うぞ。それでもまだ戯言を言える元気があるならもう一人だ」
後ろの二人がナイフを人質の喉元に突き付けた。
「やれば良い。そうやって脅しても二人を殺した時点で貴方たちのカードは全部、消える。後は俺のやりたい放題ですから」
ランディの言葉に緊張を増した盗賊たちが体を強張らせた。特に槍を構えたままの二人が強く力を込めて槍を握る。
「我々、五人が簡単にやられるとでも?」
「直ぐに答えは出ますがね」
ナイフを人質の喉元に突き付けられても盗賊には声色の変化がないランディに違和感しかない。まるで絶対な確信があるかのように動じないランディ。引く気はない。
張りつめた空気の中で誰も身動き一つしない。
「―――― かかれ」
表立って話をしていた盗賊の号令が出た。同時に槍を構えた二人がランディへ襲い掛かる。
容赦ない距離を使って稼いだ威力の突きがランディを襲う。どちらも前から胸を狙った突きだ。二つの突きに対してランディは身を左右に捩って避ける。
片方の盗賊が構え直している間にもう一人が前に出て突きでランディを押し、距離を作った。
そして構え直した盗賊が交代で右から左へ大きく薙ぎ払う。陽光を受けて残光を纏った刃をランディはすんでの所で右爪先で地面を力強く蹴って胸を逸らして避ける。蹈鞴を踏みながらも後ろに下がった盗賊は次に真上からの振り下ろしを繰り出す為に振り上げた。
勿論、その代わりに後ろに下がっていたもう一人の盗賊が交代して右左と確実に歩を進めながら突きでランディの体勢を崩し、隙を作らない。ランディは顔を狙って来た槍を右に剣で受け流す。それなりに熟練度のあるコンビの攻撃だ。
槍もよく手入れが行き届いている。三角状の刀身を持つ頭一つ分長い槍は、綺麗に磨かれた刀身と軽さを求めた木製の柄は歪みがない。刺突を一撃でも食らえば、万事休す。斬撃でも当たり所が悪ければ、致命傷になり得る。
「何だ? 威勢が良い割には避けてばかり……やはり、お前も人質の命が惜しいのだろう? なら素直に投降しろ。今ならお前の命だけで目を瞑ってやれるぞ」
高みの見物をしている司令塔の盗賊は、ランディが苦戦している様子を見て笑った。
幾ら何を言われようともランディはぐっと堪える。待っているのだ。
チャンスを。
「くっ!」
「まだまだ、終わりはしないぞっ!」
剣で槍を受け止めて力に押されているかのように後退るなどと、じりじりとなるべく、違和感がないように後退し、出来るだけ前衛を前へ出させて距離を置く。少しでも狙い易いように。条件を整えている最中なのだ。今度は確実に当てて貰う必要がある。錆つき始めている技能と初めての銃、また迷いのある中で酷な話かもしれない。けれども今は、まぐれ当たりでも何でも良い。この一発に懸かっているといっても過言ではない。敵の優位性を少しでも崩せば、後は此方のもの。
「ははっ、こんなものか! あまり、前に出過ぎるなよ二人共」
「勿論っ!」
「そんな心配いるか? 直ぐに片づけてやるよ」
ひたすら、防御と回避に徹する。まだだ、まだだと自分に言い聞かせてその時を待つ。
人質と盗賊の真正面にいることに気を付けながら黒い外套を翻し、風の中を舞う花弁が如き動きで槍の連撃を捌いて行く。何度目か、分からない突きと交代で繰り出される薙ぎ払いを剣で受け止めたランディが左足で後ろに飛んで一気に距離を取る。頭巾の下にある瞳に翠を乗せて。ランディが遂に槍の連撃に耐えかねたと考えた盗賊たちは畳み込もうと大きく前進する。
チャンスは今だ。この時しかない。
「てぇぇぇぇぇっっっっ!」
「何っ!」
「不味いっ!」
ランディの叫びは、この場にいる全員の体の芯を力強く突いた。
同時に一発分の銃声が鳴り響く。ノアだ。
そして真っ赤な血を頭部から大量にながしながら人質にナイフを突き付けていた盗賊の一人がどうと倒れる。やっと、若い娘の人質の方が救われた。若い娘は解放されると、盗賊と同じで力無く倒れた。騒然とする戦場。あまりにも突然の出来事で盗賊側は誰も動けない。
「糞っ! まだだ、もう一人いる。食い止めろぉぉぉぉ!」
司令塔の活が響き渡る中で変わらずに待っていましたとランディが剣を真っ正面に投げて両手にナイフを持ち替える。仲間がやられたショックより、我に返った前衛の盗賊二人は応戦しようとするも思わず、剣の軌道に気を取られてランディを見失う。しかし何故か、投げた剣は、槍を持つ二人の盗賊の間を抜けていった。
「ははっ、何処に投げてっ!」
「自分で武器を捨てるとか、間抜けにも……何だとっ!」
何処に投げているのかと視線を前に向けて見れば、もうランディは盗賊たちの懐に迫っていた。そのまま、ランディは盗賊二人の首元へナイフを薙いだ。赤い色が大きく跳ねる。倒れる盗賊二人を尻目に血だまりを踏みしめてランディは、ナイフを手放し、自分の剣を右手で抜刀しながら更に前進。また、投げた剣はただ、陽動に使われただけではなかった。剣は後ろの盗賊に迫っていたのだ。
回転しながら直進して来る剣の軌道を見て慌てて槍を斜め右に向けた盗賊は、何とか剣を弾いた。ランディがその間に右足を大きく踏み込み、前に躍り出て斬り込むも槍で剣を遮られてしまう。少し遅れてノアの後方から二射目。二発目は、もう一人の人質にナイフを突き付けている盗賊の足元へ当たった。
「もう止めだああああっ。殺してやるよ、こんな爺っ!」
遂に銃撃からのプレッシャーに負けた盗賊の一人が自暴自棄になる。
一気に首を掻き切ろうと盗賊がナイフを持つ右手に力を込めた。
「なっ!」
「やれっ! せめてもコイツらに思い知らせてやれぇ!」
「うおおおおおおおおっ!」
前衛として否応なく、前に立たされた司令塔の盗賊が煽る。老人は全て諦めたかのように目を閉じていた。




