第捌章 第四幕 4P
「………………」
固唾をのんでノアが、動きを見守る。どうやら、ランディが剣を構え、臨戦態勢に入ったことで話は中断されたらしい。ノアは丁寧に、六人の内の一人を照準に入れる。
一番、狙いやすい大柄な者を獲物として狙う。後は、引き金を引くだけだ。
ついに交戦が起こる。先ずは、力量を調べる為にノアが狙いを付けている盗賊以外の中から二人がランディの前へ出た。ランディを挟むようにゆっくりと間合いを測り、剣がギリギリ届かない距離を保ちつつ、両側へ移動。少しでも有利になると考えての行動だろうが生憎、そんなことで負けてやるランディではない。丁度、二人が向かい合う形で相対したその時、左側の盗賊へ狙いを定めたランディは、二本の剣で斬り掛かった。
怒号が、此処まで聞こえて来る中、ノアはまだ引き金を引かず、銃を構えたままで待機。
一時的にランディを頭の中から追い出して自分のすべきことに集中。寒さも緊張も忘れた。
浮足立っている敵へ銃を構えてもう何も考えず、引き金を引くだけ。それだけで終わりなのだが、どうにも手が震えて指が動かない。ノアがもたついている間にも既にランディは、もう二人目に取り掛かっている。
「―――― っつ!」
額に汗を浮かべながら自分に活を入れても動かない。今、撃てなければ多分これからの作戦では全く役に立たないだろう。プレッシャーに押し潰されて何も出来なくなることは分かっていた。けれども指が石のように固まってしまっている。
恐らく、ランディはノアが使い物にならなかった時の対応も考えてはいるだろう。だが、その場合は被害も確実に大きくなっているに違いない。
尚のこと、焦るのだが人を傷つけること、死に至らしめることにはやはり、抵抗があった。
その抵抗は、やはり人を救う側の人間だからより強いのかもしれない。自己矛盾と戦い、この先、果たして自分はまた人の命を救う側の医者として戻ってこられるのだろうかと言う様々な戸惑いが心に渦巻いていた。仕方ないことだ。時間が余りにもなかったことや男の意地を優先した結果。自分が選んだ結果だとしても価値観や自分の世界が百八十度変わる出来事を受け入れる、またはこれは仕方がなかったことだと割り切れる人間など、それほど多くはない。
しかし、ノアはもう大人であり、男でもある。逃げることは許されない。逃げることを許されるのは子供と年寄り、女性だけだ。
「逃げることは出来ない、絶対にだっ!」
そうだ、今逃げれば、助けを待っている者を見捨てることになる。今まで、自身は人の命を逃げることなく、助けて来た。敵は、病魔や怪我だが目の前の敵もさして変わりはない。
結局は人を死に至らしめる可能性を持つ、人が作った病気なのだ。
もう、目の前の後悔に悩まされることはしない。ランディにも言った先に待つ後悔よりもちっぽけだからだ。息を止めて集中、風を読み、昔の銃に触れた感覚を思い起こす。ノアは、過去に銃を使ったことが何度かあった。だから知っている。射撃のチャンスは一瞬で消え、また現れる気紛れな波であることを。その波にノアは、身を任せる。そして金属音や悲鳴に塗れた戦場に。
一輪の真っ赤な花が咲いた。
愈々、騒ぎは雪だるま式に大きく、野火のように早く、広く燃え上がって行く。ノアの持つ小銃から鞭を撃つような音を伴って一発の銃弾が放たれたのだ。狙いは敵の心臓、外れても頭や首など外れて無駄玉を撃つよりも効果的な場所だ。生憎、敵もただの的ではない。弾は盗賊の胸をそれ、肩にあたった。
「はああああ―――― やっぱり、当たる訳ないんだ。無理無理、ヒトに当てるなんざやっぱり難しいんだよ」
大きく息を吐きながら何故か、ほっとした声で衝撃で痺れる手を振りながらノアは言った。
ブランクも加味するならば、寧ろ上出来である。初撃から風を完璧に読んで当てるなど、早々出来ることではない。一般的な戦闘時でもこれくらいで十分である。狙いが外れた理由は確かに技量も関係があるのが、技量云々の話よりも以前に王国の民には銃弾が当たらないのだ。
当然ながら、多数の物量で攻めれば当たらない事もない。しかし、今回のように一発の銃弾を完璧に当てることは無理なのである。理由は第六感と言うべきか。例え、弾が早過ぎて見えずとも王国の民は自分に向かって来ることを予見し、大抵の銃撃は避けることが出来るのだ。
勿論、場合によりけりでノアの射撃みたく、本当の不意打ちならば、致命傷を避けることが精一杯、銃撃の可能性が予見出来る状態ならば、完璧に避けられるのだ。
これは主に『Cadeau』の副次的な能力ではないかと言われている。
だが、現在は誰も何故、銃弾を避けられるかについて解明出来た者はいない。
関連する話では、とある銃に関しての風刺がある。
風刺は大戦時の銃の有用性に関する物だった。
『共和を目指す国の民ならば、銃弾を見切り、軽々と避ける。聖を第一の信条とする国の使徒ならば、祈りを込めた防具ではじく。帝の名を冠する国の兵士ならば、堂々と真正面から力でねじ伏せる。ならば王国は。他の国に一歩後れを取る王を頂きに持つ国の子は、弾が避けるのだ。』とこのように各国での銃に対する対処法を分かり易く表現したものである。
だから現状の火器、小銃はもっと洗練された強さがなければ、この先を生き残ることは出来まいと言う話が出るくらい有用性に欠ける兵器であった。勿論、それでも遠距離からの攻撃や防衛戦などと言うように場合によっては、大型の兵器と同様に決して使えない訳ではないからと開発は怠れることなく、また此処二、三十年の技術革新により、性能は上がっている。しかしそれでも主だった戦闘は武器を使った近接戦闘が行われる方が多いのだ。
「……よしっ。次だ、次」
狙い通りとは行かなかったものの今、引き金をひけたことでノアに足掛かりが出来た。
敵側はいきなりの攻撃で混乱している。また、ランディと言う強敵が前にいるから尚のこと。畳みかけるのならば、好機だ。呼吸を整えながら震える手で握り締める銃で二発目に狙うは、やはり同じターゲット。血を流す肩を抑え、仲間と同じく周りをきょろきょろと見渡し、コッキングレバーを引き、排莢。ふらふらとしている相手に向かってもう一発、弾をくれてやった。今度は、土手っ腹に当たる。またもや、狙いとはやはりずれた。崩れ落ちるターゲットを尻目に次の獲物を探し、早く戦闘を終わらせるつもりでノアは、神経を研ぎ澄ませる。
その間にもランディは二人目を剣で斬り伏せ、三人目に取り掛かっていた。ノアを探させないよう、相手から余裕を奪うことを忘れず、上手く立ち回っている。剣舞の中にいるランディは生と死が隣り合わせの世界である意味、とても生き生きとしていた。
既に三体もの死体が出来あがる。
ノアは、台尻から伝わる衝撃を感じ、まるで銃と一体化したように体をぴったりと付けて弾を撃ち続ける。ランディの上手い陽動で場所は特定されていないが今度は、相手も簡単には当たってくれない。間髪を入れないよう、出来るだけ連射を主体として狙い、三発目で漸く、腰部へ銃弾が当たり、倒れ込んだ所で反動をいなしつつもう二、三発当てて沈黙させる。これで後は二人片方はもうそろそろ、片がつく。もう一人は報告をさせる為に生かす必要があり、殺す訳にはゆかない。ノアは、威嚇の為に足元を狙って引き金を引いた。
「後、四発…………結構、初戦から使ったな。まあ、どうせ後から使えなくなるからこれくらい使っても問題はないか」




