第捌章 第四幕 2P
丁度、ルート上にある通りの曲がり角から突如、朝靄の中から出現した謎の真っ黒な外套を羽織った謎の人物と出会うことにより、彼らの物語は唐突に動き始める。
その謎の人物は外套についている黒の頭巾を目深に被り、口元には同じく黒い覆い布。
まだ、朝日が行き通らない町中では影と一体化したような服装だった。
「うん? おい、お前! 何者だっ?」と片方の盗賊が声を掛けたと同時に真っ黒な輩は二人組のうちの一人を斬っていた。歩幅、十歩分の距離を三歩で詰める。猫背になって黒い外套を翻し、一歩目は左。二歩目で外套の下から己の剣を右手で抜く準備。三歩目の左を踏み込む力で体重の力を乗せ、鞘で軌道を保ったまま、下から首を切り上げたのだ。
首を斜めに切り裂かれ、声を上げることなく倒れる盗賊と剣の血を振り払う襲撃者。人を傷つけることや返り血が付くのも一切、戸惑うことなく、簡単に襲撃者は一人を斬り倒した。斬られた盗賊は静かに真っ黒な土の地べたで血の水溜りを作った。心臓の動きに合わせて濁った赤色の飛沫と鉄臭いが散る。全てが一瞬の出来事。
二人の歩哨は本当に何も出来なかった。
「おい、おい……あんだと……敵襲! 敵襲! くっそ、敵襲だああああ!」
一歩、二歩と間合いから離れるように足を引く盗賊。
黒服イレギュラーは、叫ぶ余裕を十分に与えた後、慣れた手つきで倒れた盗賊の腰から剣を左手で奪い取り、そしてもう一人に近寄る。
油断なく、剣をどちらも中段に構えて一歩、二歩とじりじり、にじり寄る黒服の襲撃者。
「来るなっ! 来るなっ! 来るなっ! 来るなっ! 来るなっ!」
盗賊は片手で正眼に構えつつ、後退りを繰り返す。小刻みに震える剣先は恐怖しか見えない。
恐怖に濁った思考を持つ敵には何も脅威がない。
握りも甘い、身体が緊張で極度に強張り、足も大きく開き、震えて立つのがやっと。
体勢も整っておらず、背中に重心を傾けて戦う意思が感じられない。
何か、時間を稼ぐかのようにある程度、盗賊との無意味な間合いの詰め合いをしていた黒服の襲撃者は立ち止った。だらりと両腕を下げ、脱力をしたまま、襲って来る様子はない。
「うっ……うわあああああ!」
このままではみすみすやられるのを待つだけだと理解はしている盗賊。
ある程度まで距離を取った後、深く息を吸い、覚悟を決めると戦法もへったくれもないが、滅茶苦茶に前へ出て斬りかかる。
「敵襲ぅ! 敵襲ぅ! 至急、応援を頼む! 誰かああああああ――――来てくれぇぇぇぇ」
ありったけの力を込めて剣を強く握り、振り被ると眼前にいる黒服の襲撃者へ振り下ろす。
まるで子供が棒きれでも振るように斬り下げと斬り上げを繰り返すF。
連撃で無暗やたらに向かって来るFの剣を半身になって捌き、仰け反り、避けて行く襲撃者。襲撃者は向かって来る規則性のない斬撃など、まるで気にしておらず、余裕が見えた。
幾度、剣を振っても襲撃者には届かないのだ。そればかりか、無駄に体力がなくなるばかりで大した進展もない。相手のつけいる隙ばかりが大きくなっていた。
「はっ、はっ、はっ……くっ。すぅ、ゴホッ! ゴホッ!」
味方が殺されたショックと見張りの疲れ、戦闘での緊張と疲労。
様々な要因もあるだろう。相手の技量も込みだが、当然の結果だ。
間合いも測ることもなく、ふらふらと立ち止り息を整え、ありったけの力を掻き集め、仮面の下から真っ直ぐ襲撃者を睨みつけるF。好い加減、時間も良い頃合いだと回避ばかりに徹していた襲撃者がFとの距離を一時開けて攻勢の準備に入る。Fは突きを放つ構えで。襲撃者は、右足から半身を前に出して右の件は防御の為に剣を腕から鋭角に構え、左の剣は突きの構えを取る。勝負は一瞬だ。
暫し、無音の時間が流れた後、両者は、抜き身の剣を煌めかせた。
「無駄ですよ……何をしても貴方が死ぬことは変わりない」
声を潜めて襲撃者は、言った。
盗賊が気付いた時にはもう、目の前にいた敵はおらず、何故か知らないうちに自分の体の力が抜けて崩れ落ちるように横転した。目の前に自分の剣が落ちている。自らの意思に反して瞳の色が濁り、目蓋が閉じて行く。じわじわと視界が遮られて行き、真っ暗で凍えるような寒さの中、胸部に猛烈な熱と痛みが広がる。盗賊には何が起こったのか全く、分からない。
手で胸を弄ってみれば、固い何かがあった。
「くそっ……な。ごほっ、ごほっ、なん――で……だ」
自分が受けた攻撃を一瞬で悟った盗賊は結果までに至った過程の謎を胸に抱いたまま、息を引き取った。襲撃者は、既にすれ違い先ほどの立ち位置とは違って曲がり角から二人の歩哨が歩いて来た通りにいる。あいも変わらず建物の影にまぎれ、存在感が薄い。
今しがたの出来事を説明するならば、ただ盗賊の突きを右の剣でいなし、左の剣で胸を
刺しただけの話だ。Fには既に自分の動きを把握するのが精一杯で状況に全く着いて行けなかった。
「ふぅ―――― 一応、貰っておこうかこの人の剣も」
盗賊の死体に背を向けていた謎の黒い襲撃者は、振り返ると靴音を立てていましがた殺した盗賊のもとまで行く。自分の剣に付いた血を盗賊の外套で拭い、落ちていた剣を拾った。
血だまりに沈む二つの死体をじっと見つめる襲撃者。
襲撃者と言うのは勿論、ランディである。
頭巾の下にある目は、人殺しの目。
「やはり、主戦力はこんなもんか……この前の隊長格もどちらかと言えば、弱い方。剣術のいろはも知らない。体力もない、慣れない土地での緊張と連日の見張りから来る疲労、ちょっとのことでも混乱する精神力。はあ……これで盗賊を名乗るのだから笑ってしまう。体調が戻った今、敵じゃあない。とっとと片づけよう」
淡々と今の戦闘を分析し、想定していた敵戦力の力量を下方修正する。
また、考えている間も耳を傾けて増援が来るのを待った。
「数は、そうだな―― 六。多分、見張り全員が来てるね。状況が分からなきゃ、どうしようもないし」
死体から目を離し、アジト方向から聞こえる足音へ振り向き、剣を強く握る。
「さてと、準備は良いですか。そろそろ出番ですよ―――― ノアさん」
*
「何が、助っ人が必要だよ! あの野郎! 一人でも余裕じゃないか……」
ランディがいるアジト正面の広場へ続く通りから射程距離ギリギリまで離れた家屋の窓辺で立っているノアは、今しがた起こった惨劇に呆然とし。目を見開いて穴が空くほど、ランディを見つめながら思わず、くぐもった声で呟いた。格好はランディと同じく、いつもの服装に黒い外套を羽織って頭巾は被っておらず、口当てだけを巻いている。
会敵当初は、様子を見てもし苦戦をするようなら援護する用意があったけれどもその心配は全く、必要なかったのだ。初撃で一人、もう一人は、時間をつぶす為に散々じらした後、一撃で下した。今、見張りの盗賊二人は血だまりに沈んでいるのが此処からでも見える。
「あれだけ、迷いなく人を殺せるものなのかと…………流石にあの甘ちゃんのことだから気絶させるとか出来る限り、殺人を避けると思ったのだけど。やだね―― やっぱり兵士だった訳だ」
他に展開をしている歩哨を引きつけるだけの目立つ闘乱を作り、一身に敵の目を向けさせた。
今でも十分、戦い、勝つ可能性が高いのに当たるか、どうかは分からないが、まがりなりにも自分の援護が加われば、より良い結果に繋がるとノアには、思える。
戦いとは所詮、戦力と戦略の二つで決まるもの。




