第捌章 第四幕 1P
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「さてさて、やっと此処まで来ましたね―――― 長かったです。本当に長い三日間でしたね、旅が家に帰るまでが旅と同じく、事件が解決するまでが事件なので気を引き締めて行きましょうか。でしょう! ルー、ノアさん」
妙に張り切っているランディが夜も明けきらない早朝と深夜が混ざり合う時間にルーとノアの両名へ力強く宣言した。いよいよ、反攻作戦が始まるのだ。何とか、時間だけは間に合った。
数えきれないほどの不安要素はあるも出来る限りのことはやったつもりだ。
三人は今、普段着の上に頭巾付きの真っ黒な外套を羽織って盗賊団が指定したテリトリー内にある一軒家の屋根上で朝靄に包まれながら朝日が来るのを待っていた。現在地は町の広場から西北西に向かって歩いた所にある。一番、屋根に登り易い場所が此処だったのだ。何故、屋根に登っているのかと言えば、それは偵察の為であったり、ノアの射撃ポイントの探索と確認であったり、色々と理由がある。取り敢えず、作戦開始の日出までの時間潰しと言うものだ。
「……はっきり言ってこの時間帯で妙に感情が高ぶっている君が言っても説得力がない。もう少し、落ち着きを持ちましょう。先生は心配ですって言われる所だよ、学校なら」と眉間だけでもはっきり分かる怪訝な表情を浮かべながらも何とかもごもごと冗談めいた返答を返すルー。
「ルーの言うことは全面的に正しい。何で気持ち悪いの? 頭が可笑しいくなってない?」
「いや、これくらいの勢いがないと却って状況に飲まれちゃいますよ。戦闘前はこれだけ気分を上げてないといざって時に動けません。今はやりませんけど、昔だって士気を上げる為に大きな声を上げて突撃をしていた訳ですし。戦闘の前にはちょっと感覚が狂っているくらいじゃないと人を殺すことなんて出来ませんからね?」
二人にそれぞれ、引き気味の反応をされるもランディは気にしていない。これまでの積み重ねから出た結果なのだから当然のことだろう。人を殺すのだからどこかで帳尻を合わせなければ、戸惑いで動けなくなる。勢いで流れを作ることこそが一番の対策なのだ。
「まあ、俺よりも二人の方が心配です。俺よりも出来れば、二人の方がちょっと、可笑しくなった方が良いと思うのだけど、どうでしょう?」
「いや、その心配は無用だ。人の生き死になんざ……散々、見ているから。ましてや、大義名分の下、行動をしているからね―――― 割り切っているさ」
「僕は確かに、狂うくらいの方が良いのかな? 残念ながら人の死に出会おうなんて経験、あまりないからね。でもさ、あくまでもいつも通りでいようと考えてるんだ。何も考えないでただただ、行動をするだけ。何か一つでも考えてはいけないってことさ」
目に見えないだけでルーもノアもやはり、饒舌に喋ってはいるもぎくしゃくとしている。どんなに無理をしても背伸びなのだからボロが出る。ならば今の内、別の形で代償行為として吐き出せば良いのにとランディは考えるのだが、積極的に他人へ勧めることは出来ない。
「出来れば、何でも良いからその精神の負荷を別の形で発散させておくべきなのですが……今のルーとノアさんにはいきなりやれと言っても無理でしょうね……」
「無理だね」
「無理」
声を揃えて二人は同意する。無理にでもやらせることは出来るけれども今の三人は所詮、出来合いのチームであり、実を言えば、ギリギリの所で成り立っている。当然ながら仲間内での連携も望めないのだから個々で自分にあったやり方を通してベストな結果を求めることが効率的なのだ。
「はい、言えるのはだから死なない程度で限界ぎりぎりまでは頑張って下さいってことくらいですから」
「必然的にそうなるよなー。まあ、ランディに言われずとも理解してはいるから余計なお世話だ……それよりも俺からちょっと確認したいことがあるから聞きたいんだけどね。あのさ、俺は結局どう言う理由で選ばれたんだ? 銃なら大戦経験者が何人かまだ残っていてちょっと弄れば、撃てる人もいるし。会合前に君の部屋で話した作戦中、当初の見張りを眠らせるってのはもうなくなったしなあ―― もしかして人員確保って意味以外は用済み?」
「はっきり言ってもう、それ以外はノアさんを選んだ理由がないんです。成り行きで来て貰っているのが現状です、後は俺が知っている人が少ないのと、秘密にしてくれる人って条件があえばですけど……でもその条件に合う人ってノアさんしかいませんよ」
「君の現状を鑑みれば、そんなものだよな。まあ、結構深い所まで噛んでるし、今更抜けるなんざ、言わないけれども」
「ありがとうございます、俺の我儘に付き合って貰っちゃって」
ランディとノアは拳と拳を突き合わせた。
「随分としおらしいじゃないか? 明日は雨か?」
「ですね」とランディは笑う。
そして互いに手を握り合った。
ランディの手には頼りがいのある自分よりも大きな手がとても心強く感じだ。
「へいへい。僕だけ、仲間外れですか……熱い友情って奴ですねぇ」
肩を竦めるルーはにやにやと笑う。
「変な勘繰りはやめてくれよ、ルー。何が楽しくて良い大人がお友達ごっこをしないといけないんだ……全く?」
「いや! そう言うわけじゃなくてさ。分かってよー。へっ、ルー?」
「ふふっ。勿論、冗談さ。でも今はその手を離すべきじゃないんだ」
恥ずかしくなって手を離してルーへ二人が弁解をするも途中で中断された。
ルーが二人の手の上へ自分の両手を乗せたからだ。力強く二人の手を握りしめるルー。
「さあ、日が昇ります。動きますか」
「やりますかー」
「うっし、りょうかい」
手を離した後、それぞれが太陽の出る東側へ振り向いた。光がやんわりと町に降り注ぎ始める。
ランディの顔に眩しい光が当った。ランディの目には夜明けが眩しいとは思わなかった。
そして三者三様で日出に向かい、決意を確固たるものにしたランディ、ルー、ノア。
ランディがついに宣言をする。
「救出並びに制圧作戦―――――― 開始!」
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盗賊団の哨戒は此処二、三日と変わらないルートで何も起きない任務を消化するだけだった。
現在は人員を抑えて八人がそれぞれペアを組んでアジトと境界線の丁度、中間辺りの持ち場を中心に動きまわり、見張りをするだけの任務。本来ならば、欠伸を噛み殺しながら出来るほど簡単な任務だ。町の中心部の広場側を引き受けている見張りの二人もそれは同じだ。
「味気ない飯は嫌だな……カチコチのパンとごった煮のスープは辛いもんだ」
「それでも飯は食える。後、もう少ししたらこの町ともおさらばなのだから我慢しろ」
「お前は本当に真面目だよ―― でも絶対その真面目さは損だわ」
話題は他愛もない飲食の話。眠たい目を瞬かせてのろのろ、ダラダラと歩き、覇気がない仮面にFと彫られた相方に活を入れるもう一人の仮面にQと彫られた盗賊。
「何を言う、俺の損は俺から起因するものではないが、お前の損はお前が尤もな原因だろうに」
「結局、損していることは同じじゃん?」
「損の度合いだ……お前のは全部、お前に責任が全て掛かって来るけれども少なくとも私はお前以上に追い詰められた状況ではなかった。俺は仕事がなくなっただけだけれどもお前は借金があるだろ……間抜け」
「そりゃあ、そうだけどさあ――――」
「ただ、それでも今の社会に問題がある俺は思ったから今、此処に居る訳だ。考え方は違えど、やはり間違っていると感じたのは同じだったな」
しみじみと感慨深げな様子で朝日に顔を向けるF。隣の相方に釣られてQも登る朝日に目をやる。二人にとって朝日は眩し過ぎた。産まれてから長い年月から変わることのない夜明け。
長い闇夜を越えた人間全てに光は与えられる。
しかし今日の朝日は彼らの味方でなかった。




