第漆章 第三幕 14P
そう言い残して町の中心、役場方面に二人の歩哨は走って向かってしまう。盗賊には確かにランディからは見えないも月明かりの中で人影が小道へ入るのが目視で確認出来たのだ。
またもや、静寂が帰って来た。ランディは大きく深呼吸をする。
「はははっ――何とか誤魔化せた。あんまり使いたくないけど。誰も見てる人はいないいし、問題ないかな? 一応、神経使うし」
ゆっくりと立ち上がったランディ。辺りをきょろきょろと見渡し、何もないことを確認するとさっさと歩き出す。もう、面倒事は御免だと形振り構わず、進む。短い時間ではあったものの、骨を折った。目的地のベンチまで着いた頃には流石のランディも大きな溜息を一つ。
「もう暫くはこんなこと、絶対にやらない……絶対に。やっぱり心臓に悪い、寿命が縮まった」
ベンチに深々と座り、背凭れに身体を預けて星空に愚痴る。寒さはなくなり、逆に火照った身体にはこの寒風が心地良い。長居をすれば、風邪をこじらせてしまうけれども煙草や酒と同じでどうにも気分や欲求を優先させてしまう。そして何故か、小さな笑いが洩れる。
「そろそろ帰らないと風邪を引くかも――これじゃあ、フルールに怒られてしまうよ。あり難いけど、重い……家族並みの面倒臭さだ。いっそのこと養子にして貰うことを検討すべきかな?」
眉を寄せて困った顔のランディが久々に冗談をのたまう。また、何故か己の手をじっと見つめ、思考の泉へゆっくりと浸かる。何にも手が届かず、幾ら走っても遠くて泣きたくなる。遠い遠いと立ち止り、泣き叫んでも何も解決はしない。では何をすれば、良いのだろうかと考えても答えは一向に見つかることはない。そして答えが見つかった時にはいつも解決したいと願った出来事は過ぎ去り、先の出来事には生かせても後悔の念は消えない。ならば、自分は何のために答えを求め、堪えて来たのだろうか。これも又、答えが出ない。
「ずっとないないばかりでもう分かんないんだよ……考えても答えが見つかっても大抵、いつも俺は間に合ってない。今回もそうだ。そんでもって尻を叩かれても踏ん切りがつかない」
「当たり前のことだ。寧ろ、それら全てが完璧に出来るのは神だけだろう」
「何故か、いつもあなたは丁度、出番が必要な時に来ますね……狙ってやっているんですか?」
「――――恐ろしいことに君は私の登場に全く驚かないのだな。最初に出会った時の純粋さは嘘だったことを見抜けなかったのは恥じるべきか」
何の因果か、盗賊の頭領Dとランディは四度目の相対が起きた。これが多分、ゆっくりとした会話の出来る最後の機会だろう。ランディは左のアジト側の通りへ目を向ける。其処には家の影に隠れように立つDがいた。しかし、今は何故か仮面を外し、外套の頭巾も被らず、出会った時のままだ。今更、一人で何かをする不必要はない。だからランディも特に警戒することもなく、ベンチに座ったまま。そんな脱力したランディを尻目にDは靴音をコツコツと縦ながら歩み寄って来た。
「君は私が仲間を連れて来ているとは思わないのかね……などと言う無粋な質問は無用か」
「この近辺に人がいないことは分かっています。そうでなければ、寛いでいる訳がない」
悲しい時の笑いを浮かべるランディの顔の横でノミくらいの小さな翠の光が一瞬灯り、過った。
もう互いの立場ははっきりと違っていて交わり合うことはない。ランディはそれが悲しくて哀しくて仕方がない。けれどもこれがランディの選んだ道なのだから胸を張って押し通す以外、道はない。決別は後ろの道に未練を残すのではなく、先へ進むためのものなのだ。
「Dさん……いや、デカレさん。何で俺たちは同じ考えを共有出来たのに。短い時間ながらも意気投合が出来たのに――――同じ場所で同じ物が見れたのに。違う道を行くことになったのでしょうか? どこか間違っていたのですか」
「違う……それが世の理だ。同じだと感じてもそれは所詮、見た目でしかない。始まりの場所と到達点が違うから。根本的な物はやはり違うことこそが違う道を歩むことになる理由なのだ。例えるならば、君は通り道が同じだけの旅人と一晩同じ宿屋で酒を酌み交わしただけであって元々、旅の目的が違うのだから」
「……確かに、俺も失念していたみたいですね」
ランディの隣へ座ったデカレは目を擦り、何かを振り払うと諭すように自身の意見を述べる。
そう、始まりが違うならば、共通点があっても交わることはない。
「そう、旅を始めた以前から私の全ては永遠に失われていたのだよ……全てがな。でも君の場合は全てを失わないようにと旅を始めたのだろう? だからこそ、自らの居場所を捨てた訳だ。そして新たに生きる場所を探して今に至る。違うかな?」
「そうです。自分の好きな居場所を守る為、行動し。結果、此処に来るきっかけとなりました」
「だから違うのだよ。君は生きることへ必死になり、私は死ぬことを渇望した。根っこは真逆なのだよ、私と君は。まるで光と影のようにね」
大きな溝の理由がランディにはやっと分かった。デカレは亡者なのだ。もう生きることを渇望しない。屍だから自分とは違う道を行くことになったのだと。
ならば、死者と肩を並べることは出来ない。何故ならランディは生者なのだから。
「君の顔を見ている限り、私がこの町の住人を解放する代わりに仲間に加われと提案をしても無駄なようだ。君の働いている所の老人が言った通りの結果になったな」
「俺の雇い主、レザンさんは凄いですよ。何でもお見通しですから……俺はですね、この町の笑顔が見たいいんです。そしたら友人がこう言ってくれました――――ならば君はもう『Chanter』の住人で笑顔を見る権利があると同時に守る義務が生じると」
ぎゅっと貰った言葉を握り締めてランディは立ち上がる。ランディの眼は生者の眼だった。
振り返らない、振り返りたくないから今、守りたいものを守る。偶然にもその守るための力は持ち合わせているのだから。
「なるほど、君はとても恵まれているな。ならば、君は生者の代表として笑顔を守りたまえ、私は恵まれない者の代表として生き続けよう。誰にも目を向けられることなく死に行った亡者の叫びを世に知らしめよう。そして世界に置いて行かれた者たちのために戦い続けよう」
「それがあなたの世界を正す旅ですか……もうどうにも届かないのに。救うなどと言う寝言がまかり通ることはないのに。それでも――――それでもあなたは進むのですか?」
「無粋な質問だ」
デカレはランディへ感情の籠っていない冷たい視線を向けた。これが死者の眼なのだ。
そしてこの死者の眼をランディは一生、忘れまいと誓った。
「ならば、もう話すことはないですね。俺はこれにて失礼します」
月明かりの下でランディはデカレへ頭を下げると歩み出す。一方、デカレはと言うと少しの間、影にあるベンチに座って手を頭の前で組むと何かを考えるように暫く居た。
「ならば、見せて貰おうか……この町の笑顔を守ると言う君の意思を!」




