第漆章 第三幕 8P
自分たちがこれから直面するであろう、危険は容易に想像出来る。下手をすれば、死ぬかもしれない。黙り込んで三者三様にこの不条理を受け入れようと葛藤する。誰だって死にたくはない。何が楽しくて血の匂いが、死臭が、硝煙が。憎悪が渦巻く戦場に立たねばならぬのか。これはよほどの酔狂な者以外、殆どの兵士が思う疑問である。経験があるランディでさえも心穏やかではない。ルーやノアはランディ以上に戸惑いがあるだろう。でも。それでも三人がそれぞれの思いを抱え込んだまま、この物語は進む。
「……初めに俺が目立つ見張りの一つを強襲、外の敵をかく乱。そして同時にノアさんは銃で俺の援護を頼みます。予備も含めて十二発ほど渡します。でも長時間、撃ち続けるのは不可能なので八発ほど撃って貰ったら俺と合流して下さい。その時に射撃地点は風下を選ぶようお願いします。『K-9B』の特性があっても発砲音と火薬の匂いで居場所がバレます。発火炎も隠せませんし。極力、風下の射撃地点を選んで下さい。後は家屋が密集した場所なら反響で誤魔化しましょう。発火炎はどうにも難しいですね……」
「まあ、頑張るよ」
心此処にあらずあと言った笑みを口元にやんわり浮かべた後、ノアは気のない返事をする。
ランディもやり過ぎだとは思ったので補足を入れて二人を安心させる。そして今度はルーの役割について触れた。ルーの仕事は一番重要だ。
「それでルーは俺たちが引きつけている内に人質の解放を。中にいる人間も応援で出払うに違いないからね、昨日戦った時に彼らの結束力が強いのは分かったから仲間のピンチには必ず来る筈。そうでなくとも、何か騒ぎがあれば、蜂の巣を突いたように出て来るよ。それに休んでいる人員もいるだろうから大きな物音さえ立てなければ、意識がはっきりしない人間を仕留めるのは簡単だ。だから拠点の制圧ではなく、あくまでも人質の解放に尽力して欲しいんだ」
「うん、戦闘は僕の専門外だから……それはランディとノアさんに任せる。でも何故か、北西側二階にある窓の下に盗賊団の一人がいたんだよね。多分、あれは上階の一室に人質を集めていてその人質が逃げないようにする為の見張りだと思う。それも何とかしないと……後はもし人質をランディたちが暴れている所に引っ張ってきたらどうするのさ?」
ランディと同じく立ち上がって埃だらけの机に指で文字を書きながらルーは自分が集めた新たな情報を出す。人員は十分に使って確実に盗賊団は課題をこなしている。それは臆病者のすることではあるも彼らは臆病者であるからこそ、同じく臆病者である一般市民に対して効果がある対応が取れる。ならば、こちらは蛮行で崩し、相手が用意したボードをひっくり返えす。他人が勝手に作ったルールに縛られる必要はない。煩い相手ならば、頭を吹き飛ばせば良い。
「人質は全員連れて来ることはないよ。移動が出来ない。一人か、二人くらいかな。だから人質を連れた盗賊をノアさんが撃って逃がして下さい。弾数は臨機応変で対応をお願いします」
窓の桟に手をついて陽光を睨みつけるランディは無理難題な要望をノアに要請する。ただし、出来なければ、出来ないでも良い。だけど、やるだけのことはやってくれと言った口ぶりだった。武器の担当からしてみても適材適所と言えよう。きちんとノアが姿を隠し続ければ、前情報があろうとなかろうと、どこにいるか分からねば、相手も手の施しようがない。
「当てるのは難しい。前も言ったけど、俺は対人戦をやったことがない。威嚇が精一杯だよ。人には当てる自信がないんだ。それでも失敗したらどうするつもりだ?」
「見捨てる……と言いたい所ですが、俺が隠し玉を使って何とかします。それで駄目ならば、残念ながら……」
ノアの言葉を受けてランディは更に次の状況を考えていた答えを出す。戦場は常に動き続ける。どんな状況も想定しておかねばならない。例え、それがどんな犠牲を払ったとしてもその時に正しかった答えを出し続けるのだ。
「なるほど、君の虎の子はそれなりの頻度で使えるのか。でも君に頼るのはやっぱり怖いから俺が全力で事に当たる。君の出番はないと思ってくれて良い」
顔の青あざを撫でつつ、ノアは全く期待していないとランディに言った。
「出来る限りやるじゃなくて、やって下さいよ。まだそんな甘いことをいってるんですか……ノアさんは? 銃、使ったことはあるんでしょ? 温いこと言ってる暇があったら頭の中で確認して模擬戦闘でもやって下さい。実弾は相手に何か感づかれるとまずいから使わせられませんけど。それくらいは出来るでしょ」
「あああん? 何だとこの糞ウジ虫、やるか? 昨日まで腐ってた癖しやがって。ほんとに殺すよ? 今度は容赦しないからな」
「またやるのか? その鬱陶しい髪の毛全部、引っこ抜いて引導を渡してやるよ。さっきの接待喧嘩とは違ってね!」
「はあああ?」
「んんん?」
「もう! 落ち着きなってランディもノアさんもっ!」
互いの胸倉を掴み、煽り合うランディとノアの間に入って仲裁するルー。もう何度目だと、ルーが内心、溜息を吐く。本当に懲りない二人である。
「ごほんっ。では話を戻しますけど、多くの人質を助けるには目を瞑ることも出て来ます。前提として全人質の解放などと言う甘い幻想は捨てて下さい。無理かと」
声に陰りを見せたランディが自分自身にも言い聞かせるような忠告を二人にする。人に物を言う時は自分に対する戒めを含むことがある。特にそれは新しい知識や誰もが考えられることだが、実行するには足踏みをしてしまう状況に対しての行動をそつなくこなす為の言い聞かせで言葉に出ることが多い。窓の外から目を離し、真剣な眼差しで『見捨てる時は見捨てろ。これを誓え』とランディは無言で訴えかけた。本質の物は変わらずとも大きさだけは変化がある。例えば、それは人質の救出が目的であるけれど、人数に関しての上下があるから。それだけは忘れるなとランディは言うのだ。
「分かっているよ……そんなことは……現状の対応よりは幾分かマシなだけ救いがある」
「それが僕たちの尽力した結果なら……仕方がない。でもそうならないように頑張るしかないんだよね。頑張って頑張るしかない。それしか、僕たちの道はないんだ」
「ああ、ルーの言う通りだ。だからランディは死ぬつもりで頑張れよ。と言うか死んで貰っても一向に構わないからね。それくらいして貰わないと俺との契約は釣り合わないからなー」
「死ぬ時は一緒ですよ! ノアさん」
ランディとノアは真面目な話をしている時でも犬猿の中で変わらない。窓枠に寄り掛かるランディは笑みを浮かべているも目は全く、笑っておらず、それは椅子の上に座るノアも同じだ。
「そうなると後は窓下の見張り……それはどうにかしないと。ルー、その窓の下の見張り、君で何とか出来るかい?」
「やってみよう。それにその見張りを何とかすれば、出来ることが増える」
「度々、無理を強いて申し訳ないのだけど……俺にも出来ることには限界があるから」
「分かっているよ。君は慣れないこの町の中で自分が出来ることをきちんとやってくれてる。本当なら僕も含め、町の人間全員で取り組まないといけないのにそれが出来ていないのだから仕方ないよ。覚悟がなくてこういった時の対応をだらだらと先延ばしにして来たこの町がそもそもの原因だ。君が負い目を感じる必要はない」




