第漆章 第三幕 6P
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時間は少しだけ進み、朝靄が晴れ、窓から白い日差しが入る朝方。ランディは町の中心部にあるノアの診療所にいた。傷ついた身体の治療と本格的な作戦の話をする為に場所を移したのだ。勿論、待ち人が来るのを待った後で移動した。二階立ての診療所は小さい。
既に沢山建物があり、密集している町の中心部で新たに作ったと言う理由が一番だが、ノア自身が願ったことも理由に入る。あまり大き過ぎても困るからだ。処置室は一つで十分だし、入院させるにしても人員はノアも含めて二人しかいないから五~六人が精一杯。後は備品室があれば、もう其処は立派な診療所だ。外観は診療所の看板を掲げた灰色の建物だが、中は白いペンキを塗っているので清潔感がある。入ってまず最初は小さな待ち合い室と廊下があり、近くに塵一つない綺麗な診察室、廊下を奥に進んで行くと同じく清潔に保たれた入院患者用の二人部屋が三つ、更に奥へ進むと備品室がある。
二階には医療関係の書籍と埃が詰まった資料室とノアの寝室がある。典型的な家事が出来ない男に分類されるので外食ばかりで料理を殆どしないのでキッチンはなし。寝室は窓が二つあり、日の光を多く取り込む間取り。机には書類が高く積まれ、その上に埃が薄く積っており、後は椅子が三脚と本と酒が何本か入った本棚、ぐしゃぐしゃな布団が乗っけられたベッドがある。室内は紙や埃などのゴミが目立つ。典型的な駄目人間と言うのはノアを指す言葉だろう。そして部屋の隅っこにはルーが持って来た荷物が幾つか置いてあった。
「さてさて、僕が来た時にはもう『盗賊団との戦いは長引いたものの……ランディ、ノアの両名により町が助かった!』って感じだったけど、二人共反省している? ふざけるのも大概にしてよね。僕たちの戦いはこれからなんだからっ!」
ノアの寝室で屯っている若人三人。まあ、良からぬことを画策しているのではないが、集まった顔ぶれが顔ぶれなのであまり良い顔をしない人間がいるかのかもしれない。部屋ある三つの椅子の一つに座っているルーは不機嫌な様子を隠さずに目の前の椅子に座っているランディとノアの手当てをしている。勿論、少々手荒くなることも仕方がないことだろう。二人ではしゃぎ過ぎた結果がしょうもない喧嘩ならば致し方がない。
「いったあああ! 済みません、遊びが過ぎました! 反省してるから、すごっーく反省しているからもっちと、そっとやってよ、ルー……」
消毒薬を沁み込ませたガーゼを額の擦り傷に当てられて赤く腫れた頬に濡れたタオルを当てるランディが顔をしかめて悲鳴を上げる。
「全くだ……大人げないなあー、ランディっっっぅぅぅぅ! 何で俺も痛くするんだい! 悪かった、悪かったよ? 俺も原因の一つだよ!」
同じく酷い有り様のノアが背中の傷に薬品を沁み込ませた湿布を強く貼られ、声にならない悲鳴を上げた。そしてランディとノアはルーのお叱りに思わず、小さくなる。
「はあ……僕はこんな二人と本当に手を組むべきなのかな……アホらしくなって来たよ。そんなに死にたかったならいっそのこと、僕がトドメを刺してあげようか?」
「もう言葉って言う刃物でめった刺しにされてるから遠慮しておくよ……」
「同じく、俺のガラスのハートは君の心ない言葉で金槌で粉々にされたんだ……これ以上はお願いだから止めてくれ」
手当てが終わり、低頭する二人の前でルーはむすっとするも話を先へ進まないと考え直す。
「仕方ない。もうこれ以上は無茶しないでね、二人共。しかも、ランディの使いっぱしりでオ僕は町中を駈けずり回っていたと言うのに……頼まれた準備は問題なく出来たよ? 後はランディが作戦の全容を話して残りの仕事があるならそれを終わらせるだけだ」
「凄いな……本当に終わらせたの? ちょっと確認しようか」
目を丸くして自分のオーダー全てを終わらせたルーの行動力に驚く。仕事はあるのだろうに昨日の今日で無茶な願いを聞いてくれたのだ。驚かない筈がない。同時にそれだけ、ルーが本気であることも容易に窺えた。ならば、自分も襟元を正さねばなるまいとランディが姿勢を正す。
「良いよ? どんどん聞いてくれ」
「なるほど、喧嘩の間にもきちんと進めてたのか……」
「勿論ですよ、ノアさん。じゃあ、遠慮なく聞いて行くね。先ずは町全体の偵察、特に敵の見張りの配置と町側の見張りの配置なんかの確認を聞こう」
「大丈夫、きちんと見て来た。町全体は閑散としていて特に支障はないかと。まあ、気になったことは適当にメモをしといたから何でも聞いてよ。そんでもって本題の両陣営の見張りは……本当に大変だったよ。まあ、此方側の配置は事前に知っていたから何ともなかったけど。あちら側の見張りの配置はねぇ……」
げっそりとした顔でルーは嫌な記憶を思い出す。実を言えば、これが一番難しい課題であった。虎穴に入らずんば、虎児を得ず。つまりは敵地に侵入しなければ得られない所湯法だからである。一歩間違えれば、人質の命が危ないからだ。何故なら盗賊が指定した領域を侵犯したのを気取られたなら見せしめとして人質の内の何人かが殺害されるからである。
ルーにとっては生きた心地がしない、今にも崩れそうなつり橋を渡る気分だった筈。それを無事やり遂げたのだから労いの言葉があってしかるべきだ。
「本当に苦労ばかり掛けてごめんよ」
「仕事がある中でそんな無茶まで……ルー。君は本当に……」
「言わないで下さい。ランディにはっぱを掛けたのは俺です。俺も同じくらいのリスクを負なければいけないんです。それにランディだって何もしてない訳じゃあ、ありません。例えば、ノアさんを仲間に引き入れる為、尽力してきちんと引き入れたし。武器の整備は殆ど、任せきりで計画を考えたりと色々やってますし。多分、作戦が実行されたらランディの負担が多くなる筈、ならば今の内から少しでも減らしておこうかとね」
自らも逃げることなく、また誰か、一人に責任を負わせることがないように動き、結果を出すことは簡単ではない。難しくてやり甲斐のあるものだ。そのやり甲斐に惹かれたことも率先して頼まれ事をやった理由の一つだろう。
「何とか、見つからずに見張りの位置と人質のいる部屋は特定したんだ。空き家に入ったり、地味にこの町の人しか知らない道とかを使ってね。地図でもあれば、正確に教えられる」と自慢げに言いながらルーは懐からメモ帳を取り出し、ランディにひらひらと見せる。
「確かに、戦闘領域での情報収集は必要不可欠であると、ないのとでは天と地の差があるね」
抜かりがない二人にふむふむと頷きながらノアは感心する。
「ランディにも言われて納得しましたけど。何かをするには先ず、その土台を知らねば何も出来ないってのは一理ありますからね……勉強と同じですよ。一足す一は二ってことが分からなければ、算数出来ませんし。機微な変化でも見逃して失敗したとか洒落になりませんよ」
ノアの言葉を受け、ルーが補足する。全ての始まりは基礎から。土台が頼りなくては大事を滞りなく、成し遂げるのは到底、出来まい。三人にとっての基礎は町の現状把握が当て嵌まる。
「おーけー、おーけー。それは後で確認しよう。次は物資と武器の調達だね。頭巾付きの黒い外套を三着、口元を覆う布。これは三枚だったかな。松明を五本、ナイフを六本くらいだったかな」




