第漆章 第三幕 5P
「それは知り合いに用意して貰いました。この銃は軍に存在しない兵器です。正確には兵器登録が抹消されてありますね。此処にあることは軍部の人間で知っている者は殆どいないでしょう。多分、知っているのは陸軍兵器開発局の一部だけ。だから安心して使って下さい。この銃を使ったとしても罪には問われません。俺はこの銃を託されました。『お前は必ず、戦場に戻って来る。だからその時の為に武器を持って置け』と言う言葉と共にね。思った以上に……いや、俺は使うことがないだろうと思っていたのですけどね。意外にも早く使うことになりましたよ」
確固たる根拠を持つことは変であるもランディは手渡された時のことを思い出し、銃を見つめながらそう呟いた。髪を掻き分けて『K-9B』と言う名を冠した小銃を丁寧に舐めるように眺める。ノアの顔は日に焼けることがないので真っ白。意思の強そうな灰色の目が髪の下にはあった。
全体的にみると育ちの良さそうな雰囲気を纏った青年だ。初めてノアの顔を見るランディは内心で驚きながらも立ったまま、状況の推移を見つめる。足をだらしなく伸ばす体勢から胡坐を掻き、眉間に皺を寄せてノアは小銃を持ち上げてあらゆる角度から見る。ある程度、手で触り、本物であるかどうかを確認し終わったノアは銃から視線を上から自分の様子を窺っていたランディに移す。愈々、きな臭くなって来た話にノアが思わず、疑念を抱く。
「君は本当に何者だい? ……軍の兵器開発局に知り合いがいるのは分かるけど、これは最新型だろ……『K-9』は滅多に表へ出る代物じゃない……ましてや『K-9』の『B』型だと? 派出系があったなんて聞いたこともない。何処に所属していたんだ、君は」
「今はそんなこと、どうでも良いでしょう。時がくれば、俺が自ら、一から十まで全てをお話します。今回は納得して下さい」
表情がないランディにノアの言動はあまり興味がなかった。一番の目的は盗賊の撃退であり、自分の身の上話など、切迫したこの場において無用。はっきり言って、ノアがさっさとこれを受け取れば、それで良いとしか思っていない。
「そんなこと……出来る訳ないだろ! こんな異常な物、持ってること自体が可笑しい!」
「現状を鑑みてそんな寝言が言えるのですか? こうしている間にも人質が、彼らの気まぐれで殺されているかもしれない。貴方は危機的状況であることを本当に理解しているのですか? 折角、目の前に最新の兵器があると言うのに……迷わず、手に持って使えば良いのです」
当然、言うことも頭の中で思い浮かんだものがそのまま。
「君は悪魔か……とんでもない詐欺に遭った気分だ。言動からただの青臭いガキだのと勝手に思い込んでいたけど、とんだ食わせ者だったな。怖い、怖い―――― やっぱり、君を信じることは出来ないよ。この化け物」
髪の隙間から覗く瞳は恐ろしく冷え切っていた。
「今はそれで結構です。俺の目的は町を守ることであり、それ以上でもそれ以下でもない。慣れ合いは無用。まるで互いを知らない貴方と俺に信頼や信用などまやかしに過ぎない。だからもし、貴方が作戦行動中、死に掛けても助けられないかもしれません。それでも良いと言うならその銃を取って下さい。勿論、逆も然りです。俺が怪我を負って動けなくなったのであれば、遠慮なく見捨てて下さい」
「はっ……何か悩んでた俺が馬鹿みたいだ。君はそう言う人間だったんだな。君と言う人間が少しだけ分かった気がする。だから此処で正式に宣言する。俺は君の計画に乗ろう。ただし、これは君の言う通り、共闘の契約。お互いに利用をし合うって関係だ」
ランディはノアの憂いを取り去る為に敢えて打って出た。また、このまま仲良しのお友達で戦場に立ったのならば、仲間の援護などに作戦が移行してしまい、本来の目的から遠ざかるからだ。慣れ合いは限度を弁えなければ、致命的な足枷になる。この契約と言う関係は今の状況に相応しい選択だ。どちらもまだ、お互いを十分に知り得ていない仲なのだから。
「結構です、そのつもりで俺も言いました。半端な覚悟でやるよりもこれくらいシビアな関係の方が戦闘にも身が入るでしょう。因みに渡しておいて今更、言うのも馬鹿げてますが、ノアさんは銃の射撃経験がありますか?」
「全く、今更だな。俺が銃を扱ったことないとしたらどうするつもりなんだい?」
小銃のノアは銃を持って立ち上がると射撃体勢を取る。両腕を十分に曲げて銃床に左手を添える。そして右手人差し指を引き金に掛けて添えるように銃床を掴む。反動を押さえる為に右頬と右肩を台尻に押し付けた。後は足を広げて体勢を整えて照準を睨みつけるだけ。射撃の準備は整った。
「いえ、使えないのならば、使えないで撃ち方だけを俺が教えて貴方には相手の陽動をして貰うつもりでしたから。先にも話したように基本は俺が先行して攻撃をします、ノアさんと後一人の協力者、ルーには陽動と敵地潜入を担当して貰おうと考えていました」
「なるほど、全て抜かりなしと……でも盗賊よりも今はまず、君の頭を撃ち抜いた方が良いかもしれない。君は危険だ。今とは言わずとも遠くない未来に何れ、君は混乱を招く……災厄の種は早めに摘んでおかないと」
銃に弾がこめられていないことを知りながらもノアはランディに向かって照準を合わせ、引き金に手を掛ける。何をしているんだとランディは半ば呆れながらも口を開く。
「まあ、面倒くさいから持って来なかったのが、本音ですけどね。貴方がそう言うことをすると予想が出来たので弾を入れていません。勿論、知っていてわざとやっていることは承知していますけど。さて、おふざけはもうお終いです。でもその様子だと、射撃訓練に関しては問題なさそうですね。此処では本当に発射の動作を教えるだけでぶっつけ本番に撃って貰うことも想定していましたが、大丈夫そうですな。しかし、いざ戦う時に背中の心配をする必要が増えたか……」とランディは溜息を付きながら苦言を漏らすもさして気にしていない様を醸し出している。寧ろ、それくらいでなければ、銃など撃てまい。
「随分と舐めてくれるな……嗜む程度には触れたことがある。まあ、狩りとか、そんな感じで対人戦は全くだけど……だから本当に撃っちゃうぞ? 俺」
「ノアさんの弾にやられるならば、俺もそれまでの人間だったってだけですな」
在らぬ方向に視線を向け、興味がないとランディは徹底して緊張を解かない。今直ぐに戦闘を行うと言われてもランディにはもう心構えがある。
「さてと。話も大体終わったことですし、なら後は待ち人が来るまでその銃の仕様と『B』型を冠する由来の特性、それと癖を伝えることにしますか―――― 詳細な作戦に関してはその時に話しましょう。後少ししたら来るとは思うんですけどね」
「ぐぬぬぬ……分かった。では教わろうかな?」
それからランディとノアは戦場であったこの場で待ち人が来るまでの間、終始、銃についての話をすることになった。手取り足取りで『K-9B』の仕様を簡潔に講義し、その後は構えの矯正、狙いを付けて目標に当たるコツなどを中心に話を進めて行くのだった。




