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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第漆章 第三幕
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第漆章 第三幕 3P

ランディは右手を自分の首にあるノアの手にもう片方はノアを殴る。


顔が血と鼻水と涎でぐちゃぐちゃなノアはランディの首を絞めながら必死に暴れた。段々とランディの力がなくなって行き、ノアのつけいる隙が出来始める。逆にランディは酸欠で意識がはっきりとしなくなりつつあるのだ。遂にランディとノアの立場が逆になり、ランディが地面に倒れ、その上にノアがのしかかり、思い切り、首を絞める。


「どうだい? はっ、はっ、はっ……ぎゃ、逆の立場になって分かるだろ? そのそ……の体勢、凄く苦しいんだぞ? まあ、死なない程度には手加減するからねっ!」


ぼこぼこのノアが体勢をきちんと整えてランディの首を絞めて落としに掛かる。ランディは足をばたつかせる。ランディの視界は少しずつ黒い闇に蝕まれていた。身体も痺れて動かせない。動きが弱々しくなる。足をこうも立場がいきなり、逆転するとは思わなかったのが、ランディの本音だ。


「かはっ、こほっ――――」


口角から泡を飛ばし、ランディは抗う。「だって、もう決めたんだ」とこれ以上、逃げないことを。どんなに危険だろうが、立ち上がったのだから引けない。どんなに愚か者だと言われようが、周りと同調せず、我が道を行くことになったとしてもそれが正しいのならば、正しいと信じられるのならば、突き進む。もしかすると自らを妄信することは間違いを招くかもしれない。でも大多数の他者が支持する意見に対抗するには愚かさも時には必要だ。無難な策を講じることは確かに正しいだろう。だが、人は時に全てを賭けて動かねばならない時がある。ランディは何度もそれを経験して来た。


今更、その全部を賭けることに恐れはない。誰も出来ないと言うのならば、自分がやるまでのこと。勿論、責任も全部、自分で被るつもりである。それが事を始めた者の責任だから。だから今、ノアの意見を甘んじて受け入れることは出来ない。


今一度、ランディの目に生気が戻った。このままでは良くないと、力を振り絞る。身体を故らし、少しでもノアの拘束から抜け出そうと動く。まだ、やらなければならないことはたくさんある。ノアから強制的に諦めさせることにランディは納得が行かないのだ。


『まだだ、俺はあの子たちにも……そして他の町の人々とも殆ど話をしていない、笑顔も見れていないんだ……折角、この町を楽しみ尽くそうと思っていたのに……それをこんなことで諦めて溜まるもんかっ!』


ランディは声に出さずとも自分の心に言い聞かせる。まだまだ、終われない。始まってもいないのに終わらせることなど出来ないのだ。ぐっと手を握りしめ、身体が動くことを確かめるとひたすらチャンスを待つ。状況をひっくり返すには時期を待つのだ。その時が来るまでランディはもう少しだけ我慢をする。もう頭も麻痺し始めているが、それも意地で乗り切る。


「本当に済まない。君はとてもお人好しだった。俺はそのことを考えて行動するべきだった……戦いは君の本分だろうけど、この町には必要ない。ブランさんも皆も分かってるんだ。もしものことは……でもこれ以上、被害を出す訳にもいかないんだよ。如何せん、力がない癖にこの町には守る者が多過ぎたんだ。仕方ないんだよ、皆諦め半分で動いているんだ……それでも僅かな可能性に縋って頑張ってる。人ってのは無力なんだ――リスク回避が一番なんだよ、ランディ。君も大人になるんだ」


ノアは疲れ切った様子で語る。そうだ、人の世はいつも何かを諦めて一番、大切な物を守って来た。今回は二十名弱の人間と町全体がその構図に当て嵌まる。あくまでもこの町が一番でなければならない。生活の基盤であるこの町を失ってしまえば、それで全てが終わる。誰だって涙をのんで頑張っている。


その意地を無碍には出来ないと言うのが、いやその諦めを見ずに努力をしている人間を尊重したいとノアは言っている。何故、そう考えられるのかと言えば、ノアも他の町民たちもそうやって生きて来たのだ。それは誰でも同じ。ランディ自身も他人事ではない。誰しもが通る道なのだ。全てが仕方ないと言う言葉に集約されてしまうのである。


「―――― っ!」


しかし。でもノアの言い分でランディの目に怒りが宿る。


ゆっくりと左足を上げて行き、ランディは狙いを定めた。ノアの頭部に一撃を与え、怯ませて拘束から逃れるつもりだ。


『っく、今だ!』


「さて、そろそろがっっっっ!」


ランディが一度、左足を振り子のように揺らして勢いを付けるとノアの後頭部に向けて蹴りを放った。


鈍い音を立ててランディの足がノアの後頭部に当たる。思惑通り、ノアは後頭部の衝撃で怯んだ。ランディは虚を突いて身体を無理やり起す。


「うおえっ! ごほっ、ごほっ、ごほっ!」


咽ながらも気道が確保出来、久しぶりに大きく深呼吸をした。呼吸が妨げられたことはとんでもなく、辛いことである。地面を転がり、四つん這いになってランディは身体の調子を整えた。同時に涙目になりながら焦点の合い辛い目で同じくノアを視認する。ノアは頭を振ってどうにか、正気に戻ろうとするも立つこともままならない。どちらも立ち上がって相手に止めを刺そうとするのだが、直ぐに転んでしまう。


距離を縮める為に歩こうとしても無様に倒れるばかり。ランディも泥だらけになって行く。それでもやっとこさ、両者の腕が相手に届く距離まで近づき、胸倉を掴み合う。


「がががががああああああああああああああああああ!」


「あああああああああああああああああああああああ!」


ランディとノアは互いに掴みかかって泥臭い殴り合いを開始。もうこの戦いの意味を忘れた二人は意地だけで身体を動かし続ける。既に意味はもうなくなったのだ。後は惰性でこれまでの状況を継続をしている。ゆっくりと立ち上がっては殴って、殴られ、倒れ、立ち上がっては殴って、殴られ、倒れてと特に目標も定めず、腕を動かして当たる場所に当てるだけ。


拳は傷つき、全身が疲労と負傷で身体はゆっくり動かすのが精一杯。ランディ、ノア。両者は何時、垂れても可笑しくなかった。土を踏みしめて拳を握り、死力を尽くす二人。この後のことは何も考えずに今、出さなければならない答えを必死に探し続ける。これからまだ、盗賊と一戦を交えるかもしれないのに。でもこれが人本来の姿なのだ。諦めず、立ち上がり、もがき、苦しんでそれでも先へ進もうと歩み続ける。もう答えは出ていたのだ。


後はランディがその覚悟をノアに認めさせ、ノアが腹を括り、ランディの意思を認めるだけだ。一つを諦めて一つを取るなどと、最初から穏やかな崩壊を見ているだけでは駄目なのだ。人は死力を尽くし、結果を求め続ける生き物である。いや、それはどの生き物も同じだ。諦めの先には緩やかな滅びしかないのだから。

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