第漆章 第三幕 2P
距離が空き、弾かれたように離れる二人。息を整えたノアが今度は攻勢に出る。
「すぅぅう、はああああ―――― 今度は俺の番だっ!」
上段に構えながらランディの下へ真っ直ぐに向かうと、剣を両手で持って振り下ろす。
正眼に構えるランディは意識することなく、ノアの攻撃を右に一歩ずれて避けると、左手だけを剣から離し、勢いをつけてノアの顔面に向ける。拳は隙が大きいノアの顔へ吸い込まれるように当たった。
「がはっ!」
「……」
ノアはまともに攻撃を食らい、仰け反る。頭に衝撃が残り、動けず、立ち尽くしたままのノアへランディは更に剣の腹で脇腹を殴る。思わず、しゃがみ込んだノアにランディは更に踏みつけ、蹴る。一度、二度、三度とノアの無防備な所を狙って。脇腹、これ以上はダメージを食らうまいと胸と頭の前で交差させた腕の間を縫って水月に。ブーツとランディの脚力から放たれる衝撃は思いのほか、強かった。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」
逆に水月を蹴られた反動で甘くなったガードを踏みつけ、ランディはノアは転がす。頃がされたノアは服を泥だらけにしながら転がり、ランディから離れるとやっと立ち上がった。無理やり立ち上がったのだが、もう身体は相当な損傷を負っている。大きな怪我はない。其処はランディも手加減をしているのだろうが、それでも悲惨な様子だ。白衣は泥で汚れ、口を切り、身体にも打ち身が何個かある。その所為で動きが覚束ない。
「はっ、はっ、はっ……くっ。ああああああああ!」
それでもやけくそになったノアは何の算段もなく、ランディへぶつかって行く。滅茶苦茶な構えでただ、振り下ろし、薙ぎ払い、突き、時々剣の重さと自分の力に負け、よろめく。ノアの情けない様子にランディは冷たい視線を向けながらランディは避け、受け、いなし、大きな隙が出来た時に蹴り、殴る。絶対的な力の差があるかのような構図だ。これでは本当に何がしたかったのか、分からない。
本来の目的から逸脱している。そんな無意味な戦いの中でノアの力が入っていないふんわりとした一撃をランディは受け止めた。
「はあ、は……はあ……くっ」
「…………」
何度目かの鍔迫り合いが起こる。
ランディは不意に足を使った。鍔迫り合いの途中、左脚でノアの股間を蹴る。予想外の攻撃にノアが反応出来ず、まともに食らってしまう。卑怯、大いに結構。戦闘に卑怯も糞もない。手段など選ばず、相手を潰せば、それで良いのだ。矜持など、大義の為にあれば良い。戦いの場は自分の進むべき道を阻む敵さえ、消せばそれでおしまいの世界である。その本質は実生活でも変わらない。
結果が全てなのが世界だ。ランディは蹈鞴を踏んで後ろへ下がるノアの動きにランディは期待外れだと隠さず、顔に出した。
「何時までこんな茶番を続けるつもりですか? ノアさん、はっきり言って期待外れです……あなたは本当に何がしたかったんですか?」
ランディも隠さず、自分の本音をぶつける。そうだ、ランディの目的はノアの実力を測ることと、己の意思を見せることだ。口では言ったが、こんな一方的な制裁が本来、ランディがやりたかったことではない。
「……俺から逃げないで下さい! あんたは俺を焚きつけたんだ。最後まであんたが信じる物を突き通せよ! それともあんたにとってこの町はそんなもんだったのかよ! 守りたいと思うんなら抗えよ……色々と考えていることがあるのだろうけど、もうやるしかないんだ。俺は貴方に巻き込まれた訳じゃない。自分から戦場に戻ったんだ……何を誰に言われようが、それは絶対に変わらない……タイミングは違えど、不当な暴力に立ち向かうことは俺の矜持で、見過ごせないことだったんだ。また、炉に火を入れて下さい。腹を括って下さい……」
「お前に何が分かるんだよ……ランディ。中途半端な自分が起した無責任な行いを悔やまない訳がないだろ……感情は大事だけれども……もっと慎重になることも必要だった。君にだってこんな答えを急かすようなこともなかった。確かに君にもう一度立ち上がって欲しかったけど……此処まで思いつめていたなんて。いや、此処まで極端に重くことを考えていたなんて思わなかった」と口から自然と弱気な思いを吐きながらふらふらと立ち上がるノア。顔を俯かせて表情も分からない。
ただ、戦闘で傷ついた剣を地面に捨ててランディに向かって来る。
「甘いですよ、ノアさん。あれらはそんな考え方には収まらない……事なかれ主義で立ち向かえるほど、甘くはない……今まで成功している実情も……何かあると疑って然るべきです。ましてや、火がない所に噂は立たない。出所が不明とは言え、想定として頭に入れておくべきなんですよ。ことは急を要します。もしものことを考えなければいけない」
ふらふらと近づいて来たノアへランディは立ち尽くしたまま、迎える。何をするのか、意図が分からないノアはランディの目の前まで来るとあらん限りの力を振り絞って右腕を振り被った。
「ぐっ……」
そのまま、拳はランディの右頬に当たった。無言のノアは顔を上げる。確かにノアの拳はランディへ届いたけれども、渾身の一撃が当たったランディは仰け反るだけで揺らがない。
「確かに君の言い分は正しい―――― 奴らは何かしらの方法で成功し続けているまだ誰も答えの各省に触れていないけれど、そう考えるのが妥当だ。甘さを否定しなければ、大きな成功はない。……でも俺は君の考えを否定する。俺やブランさん、レザンさん、その他にも多くの人間が誰も死なないよう、必死に動いている。勿論、君の命だって同じだ。庇護にあるべきで君一人が命を張る必要はない。其処まで頑張る必要は全くないんだよ。ただ、君は町の人々同じように行動しさえすれば良かったんだ。此処までやってくれとは俺も言ってない。だから君には後の二日、大人しく寝ていて貰おうと思う……君はまだ、死ぬには若過ぎる。そしてもし、君の想定通りのことが起きても君の悔いが残らないようにしてやる。だから大人しくしてくれ」
血の混じった唾を吐き、ノアは口を開いた。
「つっ。こんなものですか……無駄口は要らない。そんでもってまだまだ足りないんですよ! それじゃあ!」と言いながらランディは同じように右腕を振り被り、ノアの顔にぶつける。
余裕なく、ランディの拳打を食らい、ノアは再び倒れた。だが、ノアも立ち上がる。そしてまた今ある限りの力を込めてランディに拳を叩き付けた。今度はランディにも拳打が響いた。一歩、二歩とよろめき、ひっくり返りそうになるが、踏みとどまる。
「そうかい、それならまだまだだろ……ほら来いよ、ランディ。君が意識を失うまで殴り続けてやるよ。これからが本番だあっっっ?」
無駄口を叩くノアの腹部にランディが体当たりをかます。二人は地面へ倒れ込んだ。ランディはノアの上へのしかかり、腕を足で押さえて馬乗りになると、ノアの顔面を無言で殴る。
「がっ! ぐふっ! ごほっ!」
暴れるも抵抗が出来ないノアはランディに殴られ続ける。
「残念ながら俺は止まれません。ノアさんは良心で言ってくれているのは分かる。でも、俺が頑張ることで何か変わるなら動かない訳にはいかない。ましてや間違った答えを妄信しているかもしれないこの状況に一石を投じれる人間ならば、やるしかありません。また、貴方が負い目を感じることがない。これは多分、誰に何と言われようとも俺が選んだ答えなのですから。だからこそ、これで最後です……ノアさん。今、楽にしてあげます。意識を戻した時には全てが終わっていますから……安心して大人しく寝て下さい。二日後には皆の笑顔が戻ってます……貴方の好きな『Chanter』は戻って来ますからあっ? うぐっ!」
止まることなく、殴り続けるランディの口から言葉は勝手に突いて出て来た。しかし、その手はノアの抵抗により遮られる。ノアの左手が拘束から逃れてランディの首を絞めたからだ。
「かっ! おえっ……くそっ!」
「がああああああ!」




