第陸章 第二幕 19P
全員が耳を傾ける中でDが淡々と話を続ける。
「だがそれは本当に正しいのか? 一事が万事と言う訳ではないも、裏を返せば彼には撃って出る事が出来ない。周りの状況、人間に流されやすいと言うことだ。他の村や町ならば、今頃、譲れない物の為に何か一つでも抵抗していただろう。まあ、我々が生きている時点で全て失敗に終わっているのだな。それでも逃げない姿勢と言う物は大事だ。例えば、他の町との交渉も逃げに走ると損をする。彼は損を取り、それを他人にも強いる人間ではないか? 私が言いたいのはつまり、この町の町長は情けない臆病者だと言うことだ」
Dは煽りを分かりやすい言葉で大きく言った。全員の目の色に一瞬で怒りの炎が灯る。なるほどとDが心の中で目の前の光景を見て頷く。人質はやはり曲者であり、今此処でこの曲者たちに何か一手を講じなければ、寝首を掻かれることも容易に想像が出来た。
「こんなに軟弱者が『Chanter』の代表ならば、貴殿たちはよほどふ抜けなのだろうな? それとも愚か者なのか? 守りたるべきものは人だけではない。金もプライドもその他にも色々ある。先導してそれらも全て守ろうとするのが町長の役名ではないか――――」
町民のそれぞれが葉を強く食い縛り、無言を貫き続ける。冷静だった老人でさえも怒りをあらわにしないが、無言であった。
「なんだ……貴殿らが無言を貫き通すと言うのならば、私はそれを肯定したと取ると言うことで相違ないな?」
さも当然だと言う物言いに住人たちは苛立ちを隠せない。しかし、Dも驚いたのは先ほどまで震えていた娘たちでさえも此方にありありと敵意を向けるほどであったのだ。娘たちの威圧は半端な物ではない。まるで肉親の仇でも見るような目をしている。Dにはそれが心地よく思え、何かのヒントであろうことが分かった。金髪の双子を眼に入れながらDが思案に耽けていると当の本人たちが不意に立ち上がった。気持ちだけは興味津々、だが表には出さず、様子を見るD。
周りの大人たちも状況の変化に着いて行けず、呆然としている。
「あんたに何が分かるっていうのよ! とっ、町長は何よりも皆の命が大切だからあんたたちに仕方なく従っているだけよ! こんな卑怯な手を使わなきゃ、私たちの町を襲えない癖に! ばーか、ばーか!」
結った髪を振り払い、暗がりでも分かるくらい顔を真っ赤にさせた方割れが手を突っ張りながら怒鳴る。便乗して大人しそうなもう片方も小さな口を開いた。
「町長はいつも正しいです……皆のことを第一に考えて働いてるんです! どんなことだろうと工夫を凝らして……損であっても知恵を振り絞って―― 代わりの代案を考えます……そして強く出るのではなく、いつの間にか相手の裏を掻いて答えを出すんです……あなたには絶対、敵いっこないです――――」
足を震わせてやっとのことで立つ方割れが後に続く。町長に対する異様な執着心にもしやと考えを巡らせる。そしてなるほど、町民たちはこれを隠したかったのかと頭の中で事象が繋がった。意外にも早く答えには辿りついた。これは確かに死守しなければなるまい。そして老人は良くやった方だ。沈黙も会話のし過ぎも許されないこの環境の中でよくもまあ、これだけ誤魔化して要られたものだ。逆の立場だったとしたのならば、自分には出来ないことであったと頭の中で呟く。
「君たちの意見はとても面白いな。ありがとう、色々と知ることが出来て嬉しいな」
「悪かった。皆もお前さんが指摘したように町長に関しては日頃からそう言った面に関しては疑問があったのだ。態々、指摘してくれてありがたい。でもこの子たちは人一倍、この町に思い入れがあるかのう。仕方がないこと、自分の数でいる場所を何か一つでも否定されれば起こるのは当然のことだろうて……非礼は見逃してくれぬだろうか? ほれ、お前たちも」
老人が介助わされながらも立ち上がってさり気なく、二人に歩み寄るとサラサラな金髪に手を添えて下げさせようとする。
「パット爺! 私たち、悪いことは何も言ってない!」
「そうですよ!」
熱くなったルージュとヴェールが老人に当たり散らす。でも此処でぐっと飲み込んで貰わないとこの町の状況は更に悪くなる。何としてもやり過ごさねばならなかった。
「いや、子供相手に私も本気になる輩ではない。それくらいのことは大目に見よう。仕方がないことだ。しかし他の者たちは火が付きやすい者がいるのでな。気を付けて貰いたい」
Dはほくそ笑みながら双子の様子を眺め続ける。そして思い立ったことがあり、立ち上がる。
「……後生だからこの子たちには何も手を出さんでくれ。お願いだ……ワシの命はどうでも良いから」
「ん? なんの事だね? 御老体。さて、それなりに話も聞けたことだし。そろそろ退散するとしよう――――」
Dは何食わぬ顔をして引っ張り出して来た椅子を片づけながら言った。
「お前さんに納得出来て貰えてわしも嬉しい限りだ。出来れば、即刻、この部屋から立ち去ってくれ。もう揉め事はごめんだ」
「あい、分かった」
ゆっくりとドアを閉めながら老人と最後の会話をするD。振り返ることなく、扉を閉めるとまたもや、無言のまま見張りにハンドサインで労いを伝えると会議室へ戻って行く。人質の部屋から少し離れ、中からは聞こえないぐらいの距離になった所でやっとDが口を開いた。
「さてさて、我々にも手札が揃った。後はまだ整理していない情報と、見落としている情報を攫うだけだ。明日に備えて準備をしなければ……」




