第陸章 第二幕 17P
「面目ないです……」
「B、そんなに言わなくても良いだろ! 確かに俺たちは下手だったけど」
和やかな空気が支配する室内。
「それで二人はどうした? 何か問題でも起きたのか」
「いえ、そう言うことではなく、人質の尋問に関してです」
「やっぱりこまけーことは苦手なんだよ、俺は……昼間見たいに派手に喧嘩する方が得意なんっすよ。負けましたけどぉ」
どちらも相手をつぶさに観察することや、話の聞き方、懐柔などが得意ではないらしい。片方は型物で効率を優先する真面目人間、もう片方は声が大きいごろつき。
居るだけで人を怖がらせるようなガラの悪い男だ。どちらも性格を生かして器用にやれば聞き出せるけれどもそれが出来たら此処にはいない。出来ないなら適材適所でやっていくのがこの盗賊の流儀だ。自分が出来ることだけを素早く八○から一○○パーセントの結果を出せば良い。
「散々だったね、プライドはズタズタかい?」
肩を竦めてOは誰かれ構わず、先のDと同じようにHも煽る。
「はっ!」
苛立ちを隠さずにそっぽを向くH。これも名も無き盗賊団が互いに行うフォローの一つだ。
「お前たちから断片的に聞いてはいたが、本当にHは負けたのか」とBが固い声で問うた。
「そりゃあ、もう完璧にね。僕たちが駆け付けた時はもうけりがついていたけど、Hが殺されそうになってDが止めたのに『最後くらい格好つけさせて下さい』って言うくらいの負けっぷりだ。びっくりしたさ」
「ちっ、煩せぇ。煩せぇ!」
大声を上げて誤魔化すH。
「この話は止めだ、建設的ではない。確かにあのイレギュラーな青年はとても強かったけれども、たかが一人。数で押せば負けることはなし、気になるかもしれないがそれよりも先に我々はやることが沢山ある」
無駄話をする時ではないとDが手を叩き、話を終わらせる。イレギュラーにばかり目を向けると思わぬ所で足を掬われる。そして立ち上がると部屋にいる者たちを一周眺めた。
「ですね。それで、尋問は一任しても?」
「ああ、頼まれた。O、一緒に来てくれないか? お前がいると空気が和らぐ」
「おーけー、おーけー。丁度、剣の手入れも終わったことだし」
よっこらしょと立ち上がり、Dの隣に立つO。
「俺たちじゃあ、どうしても奴らの口を割れなかったっす。でも……引き継ぎで報告出来るのはやっぱりこっちが何か重要な物を手に入れていることくらいかな」
「ほう……それはどうして分かった?」
仮面を顔に着けながらDがHの言葉に反応する。少しでも情報は惜しい。また、必勝の糸口は小さなきっかけから掴むことが多々ある。
「それが彼らは現状での日常会話を私やHと交わすことがあっても絶対に町のことは口を閉ざしたままで……一応、愛想良く話すことを心掛けてはいたのですけれど。交渉に関しては口を開いても『金は幾らでもやる。早く出て行ってくれ』だけ」
「そんでもって俺たちが確信を持てたのが余裕を持っているように見せかけて余裕がない所が見えたからなんです。もっと上手く言えたのならば良かったのですけど……」
「言わんとすることは分かる、続けてくれ。とても参考になるから」
Dの言葉にHが答える。
「はい、例えばなんですけど。普通は何処の町も皆で固まってぶるぶる震えているだけってのはDも見てるから分かりますよね? でもこの町の連中はバラバラ、落ち着いているんですよ。本当に落ち着いていて文句一つ言わず、ずっと座っているだけ。でも気になるのは注意散漫で貧乏ゆすりやら爪を噛んでいたり、怯えよりも苛立ってる奴が多いんですわ」
事情を知らない彼らにとっては不思議なことだ。町の住人は恐怖よりも焦りが勝っているのは不自然である。人質の引っ掛かりは急務とまでは行かないが、ランディと言う新たな脅威の前への布石、あるいはそれとも盗賊団の地雷となるのかもしれないと思えば、無理やりにでも解決したくなるのは人間の性だ。
「なるほどな」
深く頷くD。何か、案を練っている最中と言えば良いのだろうか。
「さて用意も出来たな。後は頼んだ」
「了解」
バラバラな返事を受けながら作戦室を出るDとO。扉を出て静かな廊下をコツコツと靴音をさせながら歩き、すぐ近くの人質を収容する部屋の前まで来た。予め、ハンドサインで仲間の見張りへ挨拶をする。扉を挟んでいるからか、物音一つしない。二人は暫くの間、聞き耳を立てる。それでもやはり声も音も聞こえない。
「……駄目そうだね」
「だな、入るぞ」
二言、三言話すとDがノックをして扉を開けた。室内は真っ暗。外から洩れる僅かな松明の灯りが入るだけで町の住人が毛布に包まって静かに座り込んでいた。人質の男女比は半々、殆どは大人。だが二人だけ子供がおり、二、三人の男女に匿われている。寒さと不安で震えているもそれぞれの目には強い光がある。DとOは町民たちの様子に自然と無口になった。
「何か御用かね? 先にも若者二人がワシらから話を聞きたいと態々、出向いてきたのだが……もうワシらに聞くことなどないだろう?」
先に口を開いたのは人質の内の一人、毛布に包まって扉付近の壁に凭れかかっていた老人だった。若者に付き添われているも声には歳を感じさせない響き。ならず者と相対しているからと物怖じすることはない。年の功と言うべきか。
「御老体、済まない。あの二人ではまだまだ至らぬことがあると考え、首謀者ある私自らが挨拶をさせて頂こうと馳せ参じたまで。Dと言う……隣は私の部下のOだ。この度は本当に申し訳ない」とDはまず頭を下げて礼儀を通した。
「失礼と言うのならば、この町を襲うこと―――― 事態ではないかのう?」
臆せず、落ち窪んだ瞳に力強い光を見せながらさらりと毒を吐く老人。
「ははっ、全くもって返す言葉もない。だが、無理を承知でご了承して頂きたいと形だけ言っておこう。既に現実としてこの状況があるのだから、そちらも甘んじて受け入れるしかあるまい」
Dが現実と言う言葉を武器に攻める。起こってしまった出来事は遡ってなかったことにはならない。誰がどう言おうとだ。
「あんたたちに都合の良い現実を突き付けられてものう……わしらには到底、納得出来ん。けれど、そうは言っても話が先に進まない。繰り返しになるかもしれんが、鐘は幾らでもやるから即刻、この町から立ち去ってくれ。わしから言えることはこれだけだ」
身体を支えられた老人は一歩も引かない。周囲からの突き刺さるような視線も変わらず。Dはさして驚くこともなく、これはあの二人にとって荷が重過ぎたと密かに思う。これだけ元気な老人を相手にするには彼らの得意分野ではない。大方、また、皆で口裏合わせをしてこの老人と他の何人か以外は喋らないように手回しも完璧な筈だ。やれることと言えば、二つ。
指名して話を聞くか、それとも此処で更に人質を取り、無理やり吐かせるかだ。前者は殆ど、意味がない。何故ならこれだけの仲間意識が強ければ、無意味だ。逆に人質を取って聞き出したとしても確率は二分の一、答えてくれたのならば問題ないが答えなかった場合が問題だ。見せしめとして殺すことになる。あまり人質を減らすことは得策ではなく、何かあった時に利用するのが人質であり、こんな確証もない出来事に無駄遣い出来るほどの余裕もない。
「承知した、こちらも要求が完遂されれば直ぐにでも解放しよう。必ず約束する」
出来ない約束を平気でするD。こうでも言わないと口はもっと固くなる。ゆっくりと周囲を見渡した後、話を続けた。
「まあ、大まかな話は貴殿らの長と決めさせて貰っているのでこれ以上話すことはなにもないだろう。流石は大きな町を取り仕切る町長だけのことはある。若いが面白い人物だった」
「そうか。我らの町長が動いているのならば、心配はいるまい。わしらはあやつに全権を任せてるからな、安心だ」
「ほう、それは凄い。住人にこれだけ信頼されているのだから油断は出来んな。良いことを聞いた。そして私が此処に来たのは挨拶の為だけではない。出来ればこの町のことが聞きたい、今のような下らない話なのだが、お聞きして宜しいかな? 御老体」




