第陸章 第二幕 15P
「あたしの話、今は関係ないです! 意地悪して……ノアさんはいっつもそうです。人の気持ちを考えて下さい!」
「フルールは本当に優しい子だな。ランディ、ちゃんと大事にするんだぞ」
「いえ、俺には本当に勿体ない子ですよ、フルールは。だからこそ、俺何かよりもしっかりした人の隣が良いです。フルールはしっかりし過ぎて肩の力が抜けないようだから」
「ふっ」息を抜いてランディはフルールの両肩に手を掛けて恥ずかしげもなく、さらりとノアに返した。
「なっ、何よ! あたしをからかって!」
ランディの手を振りほどいてフルールは顔を真っ赤にさせながらランディの方へ振り返ると襟を掴んで揺する。照れ隠しだ。
「あああああ、本当の事を言っただけさ。何を恥ずかしがっているんだい? のああああ、いつもは『エッヘン!』とか言うじゃない」
振り回されながらランディはおどけた様子で言う。
「好い加減にしてよ! もう……あたしだって真面目になる時はあるんだから」
二人のやりとりを顔に似合わない爽やかな笑いを浮かべながらノアは見つめる。ノアは二人を見ながらゆっくりと口を開いた。
「ランディ―――― 心は此処にあるかい?」
ノアの言葉にフルールとランディは静かになり、ノアの方に注目する。
「ランディ」
「大丈夫、フルール。俺はもう、一人で立てるよ」
秋の黄昏を連想させる笑顔を顔に張り付けたまま、首を横に振るランディはフルールの背中を押して自分の後ろへ追いやると真っ直ぐノアに目を向ける。
「えぇ―――― ノアさん。やっと目が覚めました」
何度でも言おう、守ることを決めたランディにはもう何も迷いがない。そして昨日とは違い、穏やかな空気が二人の間にはあった。
「そうか……でも例え、立ち直ったとしても俺の信頼は失ったままだよ?」
分っていてもノアは敢えて自身の意地を通す。ノアにも譲れない物があるのだ。
「それも分っています。だから明日、あの場所で覚悟を示しましょう」
「ほう……」
提案にノアは想定していたのか、それともしていたのか分らないような返事を返す。
「いきなり、急だな。でも面白いから乗ろう、その話」
「そう言ってくれると思っていました」
ランディは話を続ける。
「必要な物は剣ですね、持っていますか?」
「剣だけ良いのかい?」
「剣だけで結構です。待ち合わせ時間はこの前と同じでお願いします。時間は惜しいですから」
意味深長な発言でノアを困惑させるランディ。
「時間ってことは何かするつもりかい?」
だが、俄然興味を持ったとノアは問うた。
「秘 密 で す 」と言い、顔の前で指を振ってほくそ笑むランディ。
「でも俺がノアさんに明日、認められたのならば……俺の考えたことに一枚、噛んで貰います」
「約束しよう」
「随分と話から置いてきぼりされたが……私が隣で聞いているのに怪しげな話をして余裕だな。ランディ、ノア」
「あたしがいるのも忘れないで頂戴」
冷めた目でレザンとフルールが二人の話に割って入る。
「レザンさん! フルールちゃん! これは男と男の約束って奴です、空気を読んで下さいよ」
「ですよ!」
ノアとランディは熱くなって反論する。
「私もフルールも馬鹿ではない。どちらの人なりも知っているから簡単に言いくるめられるとは思わないことだ」
レザンは伊達に年を食っているわけではない。話しの全てを聞かずとも大体のことは分る。当然ながら若造二人の寝言に付き合うつもりは毛頭ないのだ。この場にいる全員が出来ることなら盗賊を退治して町の被害が少なくなることを願っている。ならば、二人の話の内容は簡単に見えて来る。ランディが元軍人であることを加味すれば尚更だ。
「まあまあ、レザンさんにフルール。なんなら僕がちゃんと責任を持ってついて行きますから」
「あんたのそれは皆、信じてないから駄目」
「ルーには悪いがこれはフルールが正しい」
「ははっ、僕の信頼って。薄っぺらいんだなあ……どうしてだろう」
ルーの提案も二人に及ばず、蹴り飛ばされた。
「レザンさん、それとフルール。俺にはやるべきことがまだ存在します。その一歩としてノアさんとどうしてもつけねばならない決着があり、それは俺が俺で在る為に必要なことです」
穏やかな目に似合わない真剣な眼差しでレザンを見るランディ。
「ただ、お前が口車にのせられているだけだろう? ノア、確かにお前の言ったことはランディに心変わりをさせるほど正しいことかもしれない。だが、お前は人を使う為に正しさを振りかざすことがままある。『Chanter』とランディなら『Chanter』を選ぶ、お前にとってどうでもよいかもしれないが私にとってランディはとても大事だ。私に近しい物を傷つけようとするならば、それ相応の対価を払って貰うぞ」
「ブランさんは怖いな……別にランディを使おうとなんておこがましいことは考えていません。ただ、力を持つものが……誰かを守る為にと得た力を使わねばならぬ時に使わないのかを聞いただけです。『力を持つ者の責任』のことを聞いただけでそれ以上でもそれ以下でもありません」
ノアは熱の籠った持論を展開する。
「お前だって、医者なら救えなかった命の十や二十はあるだろう? 勿論、ランディとは状況が違うからとは言わせんぞ。意気は認めるがこの世は結果が全て。お前はその『力を持つ者の責任』を現実では何処へやった? 必ず掬ってみせると意気込み、殺してしまった人々に対して何も出来なかったお前はランディに対して偉そうな物言いが出来る? 結果が同じならば逃げることも正しさに値するだろう」
レザンは平然と的確にノアの盲点を突いて行く。これが年寄りと言う生き物だ。狡猾、冷酷、暴虐。自身の目的の為なら、平気で人を屍にして踏み越える。今まで生きて来たのだから少なくともそう言った他者の犠牲を厭わなかったことは経験しているから。今更、一つ二つ増えた所で大差はない。それが大切な物の為ならば殊更だ。
「レザンさんもえぐい所を突いてきますね。確かに……俺自身も医学の知識を持つ者としての責任、結果的に果たせてないのかもしれません。ただね、俺は後悔していません。例え、命を掬えなくとも……自己満足でしょうね、敢えて俺はこう返しましょう。人の世はどれだけ自分自身に後悔を残さないかです。自分に対する免罪符を幾つも作ることこそが賢い生き方ですよ。皆と一緒に足掻いてランディには下らない後悔を持って欲しくないです、俺は」
全く別の価値観がぶつかり合う。どちらもランディの為の言葉だった。これだけの言葉、誰が言ってくれるだろうか。ランディはとても幸運な人間だ。人に思われることはそれだけで例え、幾ら金を詰まれようと売ることが出来ない宝物である。今、この時が人の温かみとは斯くも素晴らしきことを分らせてくれる瞬間だった。
「ランディ」
「お前はどちらを選ぶ?」
レザンとノアの視線の先にはランディがいた。ランディの選んだ答えは。
「―――― レザンさん。レザンさんの言葉、とても嬉しかったです。俺には到底、勿体ない言葉でした。でも俺には一人で立たないといけない時が必ず、来ます。だからレザンさんの与えてくれた選択を選ぶことは出来ません」
ランディの答えは変わらない。
「どうしても私の言うことは聞かないのだな?」
レザンの言葉は優しさから来るものだ。だが、今のランディにはその優しさが毒になる。堕落のきっかけだ。此処から先、一歩進むにはノアの言葉の方が正しかった。
「すみません……」
レザンはランディの頭に軽く拳骨を当てる。
「仕方がない、私はお前が選ぶ道を支持しよう」
「ありがとうございます」と頭を下げたまま、ランディは礼を言う。
「決して楽な道ではないぞ?」
「分っています」
「無理はするな」
「はい!」




