第陸章 第二幕 14P
「……ありがと。あなたが助けに来てくれなかったらあたしもエメも―――」
ランディの服の裾を掴み、弱々しく震えるフルール。恐怖がやっと追い付いて来たのだろう。
「もう、終わったから。大丈夫、落ち着いて」
ランディはフルールの頭を優しく撫でる。
「さて、ルー君に聞いて状況は理解した。ランディ、二人を助けてくれて本当にありがとう。でも最後の威嚇は流石にやり過ぎだよ。全く、これだから最近の堪忍袋の緒が切れ易い若者は」
苦笑いを浮かべたブランは大層、御立腹な堅い表情のレザンとにこにこ笑うルーを引き連れてランディの前まで来ると肩に手を置く。
「済みません、軽率でした……」
ランディは弱々しく、何事もなかったかのように話す。
「……全くだ! 人質のことも考えて行動をしなさい。それにお前が怪我をしたり、死んだら私がどれだけ大変なことになるのか。知らない訳がないだろう!」
「痛ったい!」
「まあまあ、レザンさん。落ち着いて下さい。ランディも悪気はなかったんですから」
「そうです。レザンさん、駄目ですよ! しかもランディ、本調子に戻って無いんですから」
ごつんと大きな音が聞こえそうなほど強い力でレザンはランディの頭頂部に拳骨をお見舞いした。ルーはランディとレザンとの間に入り、フルールはお灸を据えられたランディはきゅうと目を回し、頭を抑えてしゃがみ込む。フルールはそんなランディの頭に手を添え、レザンを責める。
「フルール、そう言う問題ではない。今日は自由にしていろとは言ったが問題に首を突っ込めとはいっていなかった。体調も優れないだろうから酒を与えておけば無茶はしないと思っていたが私の裁量が良くなかったことは認める。だが、今回はやり過ぎた。当分の間、外出禁止だ」
「えぇぇぇ!」
まさか、二十歳になってまで外出禁止を食らうとは思わなかったランディは驚愕した。もう大人に足を踏み出している年頃になってまで言われるとは誰が想像出来たのだろう。フルールは目を丸くし、レザンの隣でブランは肩を震わせ、口元に手をやって静かに笑い、まだ残っていて話に耳を傾けていた住人たちへもにわかに笑顔が広がり始める。ルーもフルールも流石に笑いを止められず、噴き出した。
「いや、レザンさん。俺もう、成人ですよ? 流石にこの年になってまで外出禁止ってのは……どうかと。勿論、他に罰があるなら喜んで受けますが」
立ち上がり、ランディは首を傾げる。
「年は関係があるか? 悪いことをしたのだからそれ相応の罰は受けねばなるまい」
「それはそうですけど」
どこかズレたレザンにランディは更に首を傾げる。
「レザンさんぷっ、流石にランディの年で……外出禁止はふふっ……ないと思うよ? それに先の無謀は看過できないけど、ランディがいなかったら怪我人が出たかもしれない」
「レザンさん。あたしはランディのお陰で助かったんですから。それにあたしはもう父さんや母さんに外出禁止何てここ数年、言われたことないです」
「ああ、う―――む。そう言う物なのか? 実の所、私は怒っていることをきちんと教える為、外出禁止と言ったのだ。匙加減がいまいち、分らなかったからなあ」
二人に助言されたレザンは頬を掻いてあらぬ方向を向き、のたまう。レザンはどうにもランディに対する行動は全て、ぶっきらぼうになるのだ。本人もそれは充分に理解しているのだが、どうにも加減が難しい。
「分かった。今は保留とするが何か、必ず罰は受けて貰うぞ。ランディ」
「はい」
どうにか話は丸く収まって一安心するランディ。そんなランディにブランは話を始める。
「ランディ、本当は人質の皆が危険な目に遭うかもしれなかったから今後は気をつけるように。皆の命が掛かっているんだ、暴走はいけない」
「はい……」
「でもね、フルールやエメを助けてくれてありがとう。それに褒めると言うのは少し可笑しいけど、君のお陰ですっきりした」
人懐っこい笑顔で「うん」と頷き、ブランは言った。
「はい」
ランディは怒られるだけだと思っていたので以外な言葉に驚いた。確かに暴走はしたが行動自体は間違っていなかったと認められるのは案外嬉しいものだ。大人とは難しい。正しいことをしたからと言って、必ずしも結果がついて来るとは限らない。今回だって、Dが不問にすると言ってくれたから良かったものの、もし一歩間違えば、見せしめに何人か殺されていたかもしれないのだ。そう、ランディの行動は本当に無責任であった。それはランディも痛感している。
世界にとって人の命など軽い物であっという間に消されてしまう。その命を失ってしまった責めは直接的なランディの責任ではないかもしれない。だが、引き金を引いたのはランディである。全くの潔白とは言えず、いや、酷ければ一心に責めを負うことになっていただろう。それが人の世だ。分かっていたのに自分を律することが出来なかったのはやはり。いや、これは言い訳にしかなるまい。結果が良ければ全てよしで終わるのは子供までだ。
「では皆、騒動も治まった事だし。一度、解散しよう」
「うむ」や「了解、ブランさん」などと町民たちは首肯する。
「勿論、見張りの持ち回りは忘れないでね。淑女諸君、見張りやら話し合いやらなんかで疲れているだろうから野郎共には元気の出る温かい物をお願いするよ」
ブランは困ったように笑いながらそう言うとまた、町役場へと引っ込んで行った。ブランの声を皮切りにそれぞれが自信のすべきことへ戻って行く。取り残されたのはランディとルー、フルール、レザン、そしてノアだ。昨日とさほど変わりがないノアは今までずっと、役場の入り口の端っこで柱に寄り掛かって蚊帳の外にいた。特に動くことも無く、様子を見守っていただけだった。終始、無関心を突き通したノアだったが人が引いた途端、ランディの下へ歩みよって来たのだ。
フルールは髪を逆立てながらランディの前へ出ると明らかな威嚇をする。まるで子犬を守る母犬のようにフルールは身を呈してランディを守ろうとする。
「ノア、どうした? 何か問題でもあったか」
まず始めに事情を知らないレザンがノアに対して用件を問いただした。
「いえ、さほど重要な案件とは言いませんがそこのランディに話があって」
「ランディ? 流石に何週間と住んでいれば面識はあるのか……」
ノアは落ち着いた様子で答える。不穏な空気を感じつつもレザンは疑問を自己解決し、頷く。
「えぇ。まあ、色々とありまして」
ノアは曖昧な笑顔を浮かべた。
「フルール」
「ランディ、下がってて。あたしは先生に言うことがあるの」
「酷いな―――― 俺だけが悪者かい?」
一方、フルールは今日一番の怒りをノアへ向けて一心に放っていた。ランディはそんなフルールにありがたみを感じ、同時に自分の未熟さを強く痛感する。ぎゅっと堅い掌を握りしめる。
「ランディとの話、聞きました。先生は! 人の傷に塩を塗って楽しいですか?」
開始早々、フルールはノアに大きく噛みついて来た。
「ははっ、フルールは本当に冗談の通じない強い子だなあ。女房には良いけど、少しは可愛げがないと男にモテないよ?」
成長した妹でも見るように頭を掻きながらノアは優しく言う。




