第陸章 第二幕 12P
「させるかよ!」
同時に盗賊が屈んで剣の落下地点にいるランディへ脚部を狙った低めの横薙ぎを放ち、邪魔をする。ランディは盗賊の横薙ぎを上へ飛んで避けた。ランディはそのままルーの投げた剣へ手を右伸ばし、しっかりと柄に近い鞘の部分を握りしめる。どうにか受け取れたがしかし、盗賊も上へ飛ぶことを予測していたのか、素早く剣を自分の頭部まで持ってくると上へ向かって突きを放った。
「やばっ!」
「終わりだ、死ね」
突きはランディの胴体へ真っ直ぐ伸びて行く。安易な動きをまんまと逆手に取られたランディは自分自身に呆れた。だがただ、やられることを受け入れるほどランディも馬鹿ではない。
「よっと!」
ランディは右手で握った剣を思い切り、盗賊の剣へ振り下ろす。力は拮抗したが重力とランディの力が存分に乗っている為、盗賊の剣は簡単に弾かれて空を斬る。ランディは無事に地面へと身体から着地し、起き上がると素早く盗賊から距離を取る。盗賊も無理をしたのか、剣を構えずに立ち上がり、己の右手を左手で抑えていた。
「さて、これで戦力は五分五分ですか」
油断なく盗賊を見つめながらランディは左手で服の汚れを掃う。手や
「お前、それ持ったからって強くなる訳じゃないんだぞ?」
じりじりとランディとの間を詰めながら盗賊は言った。ランディが剣を左手に持ち替え、右手で持ち手を握る。左足を一歩、引いて抜刀の体制を取った。肩の力を抜き、重心を低くする。
「やってみないと分からないかと」とランディがにやりと笑って言う。
「言うじゃねぇか……糞ガキ」
盗賊は剣を下段に構えて体力の温存を図る。
「では!」
ランディの一言で戦いが始まった。
ランディが鞘から刀身を走らせる。ルーの剣はやはり取り回しを考えてのサーベル。ランディの物より細く、長い。企画の決まっている量産型。何処にでも売っているような代物だ。錆は一切なく、刃零れも同様に皆無。手入れはしてあるもあまり使われたことのない剣だろう。鞘を落として右足を引き、正眼の構えで相対するランディ。周りの住人もやっと状況が理解出来たのか、固唾をのんで見守る。ルーは全く、心配していない様子で楽観視していた。友が大丈夫と言ったのならば大丈夫なのだ。
それ以上心配する必要がない。フルールはというと泣いている娘を宥め、瞳に悲しみを乗せて歯を食い縛りながらランディをただただ、見つめるだけ。
「くっ」
隙の無さに攻めあぐねる盗賊。ランディは余裕を持ってどっしりと構えているだけだが、その余裕が盗賊にプレッシャーを与えていた。右足を半歩まえにだしてギリリッと持ち手を強く握る盗賊。互いに間合いを詰めながら一足一刀の間合いへ入る。既に二人は周りの音が集中で聞こえなくなっていた。
「はあああ!」
ランディが叫んだ直後、飛ぶ。一気に距離を詰めて真っ直ぐの振りおろしを繰り出すランディ。盗賊は防衛として降ろしていた剣を持ち上げ、斜めに剣を防ぐ。互いの力が拮抗し、鍔迫り合いが始まる。
「てめぇ……」
「ふっ」
ランディは不意に力を抜き、身体を左から抜くと盗賊の右後ろに身体を反転させながら流れ、更に袈裟斬りを繰り出す。盗賊は前につんのめるも体制を立て直す。そしてマントと服、そして皮膚一枚を犠牲にし、紙一重で避け切った。「あああ!」と町民たちのがっかりとした声が上がる。
「ほらあ、ほらあ、さっきからの粗い剣術じゃあ! 俺には当たりませんよ」
盗賊とランディの間で再び間合いが空く。ゆっくりと呼吸を落ち着かせながらランディは軽口を叩いた。久しぶりに急激な運動をしたので心臓の鼓動が異様に高なっていた。
「てめぇ……本当になにもんだ。この野郎」
息を粗くさせながら盗賊は問う。
「だからただの住人ですって――――― ばっ!」
息を整え、心臓を落ちつけたランディが軽く右手で剣を持つとまたもや先手を打つ。前へ足を進めつつ、左からの横薙ぎ、返す刃で更に横薙ぎ、両手で持ち手を掴み、柄を狙って切り上げる。金属の起す甲高い音と共に防戦一方の盗賊は最後の斬り上げで崩された。一歩、二歩と蹈鞴を踏んでよろける盗賊。追い打ちを掛けるようにランディは身体を少し引いて力を貯めたあと突きの突進を繰り出す。止めどない攻めをランディは続けた。
盗賊は左に身体を流し、ランディの突きの射線から離れる。そしてランディの止まる場所に向けて大きな振りおろしを落とす。ランディは狙われた地点の一歩手前で右足の急停止。右踵から落ちて爪先をつけると同時に踵を地面から離して右足のバネで後ろへと飛ぶ。そのまま左足で着地の後、先と同じ要領で左の踵と爪先を使い分けて左足のバネでまた前へ飛ぶ。振りおろしで無防備な盗賊の両手を狙う為だ。
「っつ!」
空振りだった盗賊は剣から手を離し、後ろへ逃げる。その一瞬後にランディの剣が盗賊の腕があった所を襲っていた。
「いやあ、普通の人なら手を離しませんから狙い所かと思ったのですが」
心底、残念そうにランディは肩でゆっくりと息をしながら剣を構えて言う。体調の悪さからランディは嫌な汗を掻いている。余裕を見せていても早めに決着を付けなければならない。持ち手の皮に汗が沁み込んで行く。また、盗賊は既に肩で息をしていた。それでも盗賊の戦意は衰えを知らない。懐から刃渡りが掌ほどあるナイフを二本取り出して両方とも順手で構える。ふざけた雰囲気は何処に行き、本当命の取り合いへと発展し始めていた。距離を取ってゆっくりと円を描くように足を運び、互いに警戒し合うランディと盗賊。
「まだまだだ!」
暫し睨み合いが続くかのように見えたがしかし、今度は盗賊から仕掛けて来た。ナイフを左右、前面に構えて突進を敢行する盗賊。ナイフと剣。どちらも間合いが重要だ。剣ならば近距離、ナイフならば超近距離とどちらも得意とする環境が違う。盗賊は先の失敗を踏まえて自分のペースを持ちこめるよう、臆せずに先手を取ったのだ。また、ランディも右脇構えに直して迎え撃つ。盗賊の刺突がランディを襲う。風を斬る音と共に右、左、左の斬り払い、右、左、右の斬り払い。
それぞれ、目や喉、心臓や腹部、肩など当たれば致命傷、又は大きく動きが鈍る場所を中心に盗賊は狙って来た。ランディの頬に、右目の下に赤い筋が入る。コートも先のように大きな裂け目ではないが切られて行く。何時死んでも可笑しくない中でランディは剣を背後に隠しつつ、全てを見極めて的確に一つずつ避ける。あらゆる動きを駆使してランディは避け続け、時たま、小さな隙を見ては斬り返す。手数が多い武器へは慎重に対応しなければ、思わぬしっぺ返しを食らう。大きな隙を突くことが大事だ。
だが盗賊もランディが避けることに徹することを予測していた。
「痛っ!」
左手のナイフを突き出しつつ、盗賊はランディの左足を踏んで動きを止める。暫く振りの戦闘だったことと体調が優れなかったことが重なり、ランディはナイフに気を取られて足までは気が回らなかった。足を止めれば派手な動きも繊細な動きも出来なくなるから超近距離を得意とするナイフにとっては好都合。
「おらああああ!」
左手は空を斬ったがまだ右手がある。盗賊は止めを刺す為に左手を引き戻し、ランディの足をより強く踏んで懐に入ると喉元へ一気に右手のナイフを持って行く。ナイフは確実にランディの喉元へ迫って行った。もはやこれまでかのように見えたが簡単に殺されるほど馬鹿ではない。ランディは剣から左手を離し、腕で盗賊の右手を撥ね退けて空いている右足で盗賊の腹へひざ蹴りを繰り出す。
「うぐっ」
「はっ」




