第陸章 第二幕 11P
「酷いも何も、これが俺たちの稼業だからな。動物を狩るのと一緒さ。寧ろ、ぬるま湯に浸かって何も対策をしてないお前らが悪い」
「ならず者のあなたたちに説教される言われはないわ!」
勃発した言い争いを尻目にルーはどうやったらこの無益な争いが止まるかを考えていた。どうやっても一度燃え始めた炎は消えそうにない。誰か上の立場の人間がおさめてくれれば一番、良いのだが誰もいない。ランディを背負い直しつつルーは頭を回転させる。浮かんでは消えて行く、選択肢。ルーは焦りを募らせていた。
「くそっ!」
「ううぅ……」
「うん? ランディ、いきなり動かないでよ、危ないじゃないか」
そんな苛立つルーの背中でランディは目覚めた。幾分、元気を取り戻してはいるが顔色はまだ青い。それでもさっきよりは調子が戻っている。
「あああああ――――― ごめん、ルー。ちょっと、降ろしてくれないか。状況は全く分からないけどこのままだとあの子と止めているフルールが危ない」
一瞬だけ目を回していたランディ、だが直ぐに正気を取り戻し、盗賊が剣に手を掛けているのを目ざとく見つけていた。どうやら事態は一刻を争うようだ。
「あぁ、確かに」
同じく、気付いたルーは素直にランディを背中からゆっくりと下ろす。
「……僕は人を守りながら正面きっての戦いは無理だからね。病人に鞭打つようで悪いけど……頼むよ、ランディ」
不甲斐なさを噛み締めつつ、ルーは友を笑って見送る。何故かこの時、ルーはとてつもない心強さを感じていた。
「もち、任された」
地面へ足をつけたランディはふらつきながらもにやりと笑い、力強く頷いた。
剣は目を覚ました。己が護りたいと思うモノを守護する力として。
「絶対に可笑しい。私たちのいつもを返してよ!」
「エメ!」
「五月蠅い、フルール!」
「『いつも?』舐めてんのか、お前。そんなもん、いつも必ず有ると思うなよ」
ランディたちが密かに会話を交わしている横で盗賊と娘はまだ言い争いを続けていた。剣に手を掛けている盗賊は業を煮やしている。
「本当に鬱陶しい奴だな。そろそろ、殺すぞ」
盗賊は柱から離れると足音粗く、フルールたちへ近づいて行く。周りの町民たちは盗賊が一歩、一歩近づく度に後ずさりをする。しかし、フルールとエメと呼ばれた若い娘はまだ動こうとはしない。剣をゆっくりと抜いて刃をちらつかせる盗賊。手入れがほとんどされておらず、刃零れと錆が所々にある厚みを重視した、斬るよりも叩き潰すことを主眼に置いた鉄塊のようなソード。
フルールが精一杯引っ張るも怯えた様子を見せるも娘は引き下がろうとしない。盗賊は遂に二人の目の前まで来た。娘は腰を抜かして地べたにへたりこんでしまい、フルールも一緒に座りこむ。
「こっ、怖くないもん……」
「エメッ! 止めなさい」
再度、止めても娘にフルールの声は届かない。
「あああ? じゃあ死ねよ」
右半身を引いて剣をゆっくりと右手で振り上げた盗賊はフルールと娘の頭に向かって思い切り振りおろした。力をそれほど入れずとも自重で自然と勢いが出る剣は二人の頭をかち割ろうと迫る。
「へっ?」
「えっ!」
二人は悲鳴を上げることもなく、目の前で起こっていることをまるで他人事のように呆然と見ていた。目を大きく開けてゆっくりと一コマ、一コマ切り取られたかのように盗賊が振り下ろす剣を見つめるだけで避けようともしない。周りの住民も固まったままで動けなかった。剣と盗賊以外、全ての時が止まった広場。そんな誰もが反応出来ない中、苔色が走った。
そう、ランディだ。コートをはためかせながらランディは疾風の如き速さで二人と盗賊の元へ行き、剣の側面を思い切り蹴り飛ばした。
「っ!」
盗賊は思わぬ横やりを食らい、左手を持ち手に添えて剣の動きに驚く。剣の軌道は簡単にフルールと娘から逸れて石畳へとはじかれ、鉄と石の起すカンッカンッという甲高い音が広場に響いた。二人も周りに居る町民たちも突然の出来事で呆然とする。
「間に合ったね」
ランディは満面の笑みを浮かべる。
「てめぇ、何もんだ」
一足早く、状況が飲み込めた盗賊が驚きと苛立ちが混じった声でランディに問いただす。
「俺? 俺はただの住人です」
ランディは間に入り、盗賊に背を向けて二人を立ち上がらせながらいけしゃあしゃあとのたまう。
「ふざけんな、どけ! 俺はそこの女に用があんだよ、邪魔すんならお前から殺すぞ」
力強く、石畳を踏みしめて盗賊はどなった。
「まぁ、落ち着いて。落ち着いて、それにしても今日は良い天気だ! こんな日に誰かが怪我をするのは良くない」
ランディは驚きで声が出ない震える二人の身体を押して町民たちの方へ送ると盗賊の方へ振り向き、笑みを浮かべたまま答える。これで二人の安全は確実に確保された。後はこの盗賊をどうにかすれば良いだけ。一番大変な役回りが残ったように思われるがランディにとって民間人に毛が生えた程度の盗賊を制圧するのはそこまで難しいことではない。
回りも盗賊とランディに気圧され、離れた所で様子見をしている。まるでリングのように動ける範囲が広がっていたのだ。
「うん。『絶対に』だ」
「――――― 死ね!」
ふざけた態度のランディに怒りを覚えた盗賊はいきなり、腰を低く構えながら全身の筋肉を使い、いっぱいの力を込めた横薙ぎをランディに繰り出す。スピードの乗った横薙ぎはうなりを上げランディに迫る。
「うわっと!」
自らの胴体に迫る横薙ぎを後ろに下がって避けた。盗賊の剣は空を斬る。しかし持ち手を入れ替えて更に追撃の横薙ぎを繰り出す。ランディはその斬撃もしゃがんでやり過ごす。一つ一つの動きに町民たちは完成と悲鳴を上げる。段々と辺りは興奮が満ち始めていた。
一方、盗賊はちょろちょろと動き回るランディを見て少しだけ頭を冷やす。相手が素人でないことが分かったからだ。だから頭を働かせつつ、言葉を投げかけた。
「まずはてめぇを殺す。いきなり脈略のない話をして来る奴が一番、うぜぇんだよ」
「怖いな。どうしても? って、うわ!」
間髪いれず、一振り、二振りと力に頼った大ぶりな斬撃がランディを襲う。どうやら盗賊は手数で攻めるつもりのようだ。それでもランディは半身、後ずさり、しゃがむなど最小限の回避で次の動きへ繋げて器用に盗賊の攻撃を避けて行く。勿論、町民たちも視野に入れてだ。
「はっ! 大人しく、死んどけ」
頭上からの大きな一振りと共に盗賊はランディに暴言を吐く。
「のわっ!」
ランディが刀身の右側、すれすれの所で斬撃を捌く。盗賊の剣はよほど力が込められていたのか石畳を一つ割り、地面へ突き刺さる。これで抜けなくなり、行動不能となってくれれば万々歳だったがそう、運良く行かない。盗賊は剣を右方向へ強く引っ張り、抜くと同時に斬り上げる。
「ほわっ!」
ランディは身体を斜め左へ、つまりは斬撃の進行方向で言う右側へ角度を目測で判断しながら傾け、剣をやり過ごす。ランディは考えた。『このまま、盗賊の体力がなくなるまで続けることも可能だが何かの拍子で攻撃が自分に当たるかもしれない』と。だが今は武器がない。体術での制圧は可能だがいまいち、身体ががたついているので自信がない。出来るならば斬撃を受け、いなし、崩すことが出来る武器が必要だった。
「ルッ、ルー、君の剣! 貸してくれないかい?」
ランディは盗賊の攻撃をやり過ごしつつ、切羽詰まった声でルーを呼ぶ。
「うん? ……やれやれ、ほら。受け取って!」
町民の中で一人、状況を呑みこめているルーは苦笑いを浮かべながらランディへ鞘付きの剣を人混みの中から思い切り投げて寄こした。剣は町民たちの頭上を無回転で山なりのような放物線を描き、ランディの元へと飛んだ。




