第陸章 第二幕 10P
「上手い言い回しじゃないか、フー」
フルールの混ぜ返しにルーは少しだけ驚いた。見下す訳ではないが、通常の判断が出来ないと思っていた相手が冷静な切り返しをしてくれば驚くのは当然だ。
「その呼び方は子供っぽいから止めてって言ってるでしょ」
眉間に皺を寄せ、フルールが怒る。
「僕は好きだけどな……」
残念だとルーは肩を竦めた。
「もう! ユンヌにだって言わないでって言ってるのに」
「フーって呼ぶのも今じゃ、君の父さんや母さんぐらいだもんね」
「それは置いといて、ランディが迷子になった理由は教えてくれるのでしょうね」
フルールは苛立ちを隠さず、ルーの顔へずいっと近寄り、無言の威圧を始める。
「怖いよ、一番の要因はやっぱり盗賊団だね」
ルーは何の気なしに言う。
「それは分かってる。あたしが知りたいのはどう関係してくるのかってこと」
「それがまた、複雑に絡み合っていて。一つ、一つを丁寧に説明することは出来ないんだ―――― でもね」
ため息を吐いて一度、言葉をとぎらせるルー。
「でもね、何よ」
「うん、フルール。話のついでに一つだけ忠告して置くと、町は君が思う以上の危機に瀕しているかもしれない。それだけは肝に銘じて欲しい。例えば、昨日の会議でも恐ろしい話が飛び出して来た。一応、緘口令が敷かれていて参加した人たちは皆、話していないだろうけど」
「……あんたも知ってたのね?」
「当たり前だろう? 此処の住人なんだから」
ルーはにやりと笑う。
「あんたと同じくらい此処の住人やってるあたしは知らないのだけど」
「まあまあ、そう怒らずに。皆が混乱すると良くないからって言うことで自ずと決まったのさ」
「確かな情報筋と言う訳でもなかったし」
「それがランディと盗賊の話はどう関係して来る訳? 答えてくれるまで聞くわよ」
ルーは町の現状をぼやかしながらランディがしたノアとの複雑な約束と頭領との会話、そしてランディが自身の正しさを見失い掛けていたことを丁寧に話して行く。フルールはルーの話を静かにそれでいて心底、驚いた様子で話を聞いた。
「貯め込み過ぎだわ!」
フルールはルーの背中で気持ちよさそうに眠るランディの頭をゆっくりと撫でる。手に犬の毛みたく、柔らかくふんわりとした髪の感触が伝わった。
「言ったろう? だから放って置けないって。フルールは直観で判断していただろうけど」
顔は酒で赤くとも至極まともなことを言うルー。
「何で言ってくれなかったのよ……ノアさんのことだってただ単に苛めてるだけ、対立したくない人がいるならば大人しく誰かに任せれば良いの。ましてや、ランディに正しさ何て必要ない。誰がどう考えてもしなくちゃいけないことをしていたのだから誰もそのことに文句はつけられないの」とフルールは聞こえていなくともまるでランディへ言い聞かせるように話す。
「フルールは凄いよ、僕はそんなこと自信を持って言えない」
「当たり前のことを言えない方が本当は可笑しいのよ」
「まぁ、確かに」
ルーも同意する。
「さてと……そうしたらまずはノアさんの所へ行ってスワンさんに言いつけて一発、拳骨を入れて貰って。後は――――」
「ちょっと物騒な話をぶった切って悪いね。今更、こんな質問したくないんだけど目的地はレザンさん宅かな? それともどこか別な場所に部屋を借りているとかない?」
フルールがこれからやるべきことを思い浮かべているとルーが話の途中で口を挟んだ。大通りを通っていた二人は『Figre』を過ぎてそろそろ広場に着くぐらいまで道を歩いていた。だからルーはランディが何処に住んでいるのか知らない為、フルールに聞いたのだ。
「そう、レザンさんの家であってるわ。もう、町役場近くまで来てるからあそこで右ね」
特に重要なことでもなかったので見えて来た広場を指さしてぞんざいに答えるフルール。
「早くに言ってくれれば近道出来たのに。まぁ、過ぎたことは忘れるよ」
幾ら男とは言えど長い時間、ランディを背負うのは大変な為、ルーは小言を言う。
「男が小さいことでいちいち目くじら立てない」
軽くあしらわれたルーと自由奔放なフルールはのろのろと歩いてやっとこさ、広場まで来た。広場も特に変わりがなく、いつもより静けさが目立つだけだったように見えたのが少しだけ様子は違った。町役場前では何故か人が数人ほど集まっていたのだ。遠目からは大きな声も音も聞こえず、ただ集まっているだけに見える。盗賊団が来る前なら二人は気にも留めず、真っ直ぐ『Pissenlit』へ向かったのだが現状を鑑みれば見過ごすわけにはいかなかった。
もしかしたら何か問題でも起きたのかもしれないと二人は顔を見合わせ、頷き合い、人の集まっている役場前まで足を進める。落ち着きがない大人の群れに近付いて中心近くまで来ると案の定、役場の扉前には盗賊団の団員が一人いた。「確か今日は盗賊団との話し合いはないはず……」と誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟くルーは苦い顔をする。内心ではどちらも最終日まで問題を起こさぬよう最小限の接触ですませる方が願う所だろう。
「―――― アムールさんを返して!」
ギスギスした雰囲気の中でフルールたちと同い年くらいの娘が役場入口前の盗賊へ一歩、踏み出しながら言葉を放ったのだ。娘は癖っ毛の金髪、青い簡素なドレスに外套を羽織っていた。おしとやかさ半分、お転婆さがもう半分のおっとりした目が特徴的な女の子だった。周りの大人も声には出さないが睨みつけている。昨日から溜まっていた町民の怒りが爆発したようだ。
気持ちは痛いほど分かるがあまり相手を挑発することは絶対に避けるべきだろう。一方、盗賊はと言うと飼いならされた番犬のように腕を組んで柱へ寄り掛かったまま、反応がなく、何も話すつもりがないらしい。『このまま何事もなく、終わってくれれば』とルーは思ったのだが現実は甘くない。
「ねぇ、聞いてるの? あんたたちはこの町に何の恨みがあって襲ったのよ!」
若い娘は反応がないことへ腹を立てておっとりとした目に強い光を宿し、更に前へ出て声を荒らげる。生憎、彼女を止める大人はいなかった。
「エメ、止めなさい。あなた、どれだけ危ないことをしてるか分かっているの?」
フルールは悪いことが起きる前に娘を止めようといち早く、近づいて自分より少し小さな彼女を抱きしめる。
「フルール、止めないで! あなた、知らん振りしないで答えて頂……」
癖っ毛を飛び跳ねさせて手足をジタバタとする娘は言い足りないとばかりにがなりたてる。
「本当にさっきからうっせーな、糞ガキ! お前、人質を返して欲しいなら大人しくしとけよ。あんまり煩いとどうなるか分からねぇぞ」
寄り掛かっていた柱から離れて遂に口を開いた盗賊は凄んで町民達をひるませる。
「分かったか? お前たちは黙って俺たちの言うことさえ聞いていれば良いんだよ。糞ったれ!」
唾でも吐き捨てるかのように盗賊は言った。
「酷い、酷いわ! あなたそれでも人なの?」
一時の静けさの後、娘の声が引き金となって蜂の巣をつついたようにがやがやと周りの大人たちが声を上げ始める。




