第陸章 第二幕 6P
「……うん? そう言えば用事で思い出したよ。フルール。君、また何かやらかしたかい?」
ぽんと手を叩いたルーは唐突に話題を変えてフルールへ話し掛けた。
「いきなり何?」
蚊帳の外で機嫌が悪いフルールは雑に返事をする。
「君のお母さんが探していたよ」
「へぇ?」
唐突なルーの話に一瞬だけ驚いたフルール。
「あんた適当なこと言うのも好い加減になさい」
だが直ぐにルーの思惑を感じて切り返す。自分があずかり知らぬところでルーはランディと何か話すのではないかと勘繰ったのだ。明らかにランディは何かを知っている。また昨日、情報を得られるチャンスは会議室だけ。参加しているルーも一枚噛んでいても可笑しくはない。
此処で引き下がればもう聞くことは出来まい。
「本当だよ、どんな用事かは聞き忘れたけど探してた」
ルーはふんわりとした雰囲気から真剣になり、言葉を重ねる。強く言われれば無碍には出来ない。あまりの真剣さでフルールは心配に己の記憶をさらい出す。
「用事……用事。あぁ、何だか母さんが焚き出しとか何とか言っていたような」
そう言えばと立ち上がりながら焦り顔でフルールは今朝、母親と交わした会話を思い出した。
「約束の時間まで多分まだまだだから、いかない」
けれどもフルールは約束の時間まで間があることも思い出し、ほっとした顔でまたもや座り直す。
「何だか少し急いでいるみたいだったよ。町総出でことに当たっていると言っても手が足りないし」
「フルール、行って来なよ。俺はまだ此処にいるつもりだし」
男二人してまるで邪魔ものか何かのように追いたてるもで、どうにも納得のいかないフルールだがもしこの話が本当ならと言う焦りも同時にあった。
「でも――――」
指をもじもじさせて戸惑うフルール。
「なら、こうしよう! 僕が此処に居る」
「やっぱり、心配だから後で良いや。あんたが居ることが一番、問題。それにあたし、ランディには聞かないといけないことがあるの」
心残りがあるフルールに元気良く、ルーが提案をするも。ありえないとフルールは首を横に振る。
「フルール、話なら後でキチンと説明するから。行って来なよ」
「むむむ、分かった。行ってくる、ちゃんと此処にバスケットを置いとくからちゃんと待っててよね」
ランディは苦笑いを顔に浮かべながらはっきりと約束をする。約束という言葉を力にフルールは渋々、立ち上がった。
「大丈夫、僕もランディさんもバスケットも逃げたりはしないよ」
「ふん!」
フルールはどしどしと荒々しく足音を立てながらランディとルーの元から去って行く。一度、頭を冷やす為にもこの場から離れることは正解だった。このまま話したとしても良い方向には向かなかっただろう。
「助かりました、ルーさん」
「いえいえ、お互い様です。それよりも上手く誤魔化せて良かったですよ、あんな話は聞かせちゃいけません」
ランディはフルールの背に手を振りながらルーに感謝の礼を述べた。同じく手を振るルーはランディに答える。
「そうですね。俺もそう思って濁したのですけど……フルールは恐ろしく鋭いですから」
「分かります、フルールはずっとあんな感じでしたから。僕も隠し事の大抵は暴かれて」
ほっと息を吐き出してルーは肩の荷が降りたと脱力する。
「相当、痛い目に遭いましたよ。聞くも涙、語るも涙って奴です」
「聞きますか?」と首を傾げ、思い出し笑いをするルー。
「何となく分かりますよ」
ランディは遠慮した。
「でもこう話していると敬語って何だかちょっと他人行儀ですね」
「俺も思っていました。何か、変だよね」
互いに顔を見合わせると笑い始める。急に気を遣って話すのがアホらしくなって来たのだ。
「そうだ、俺。酒を持って来てるんだった」
「おおっ、それはまた粋だね」
座っているうち、精神的にも肉体的にも余裕が出て来たランディは葡萄酒を思い出してカバンを漁り始めた。
「飲むかい? コップないから回し飲みで良ければだけど」
瓶を手に持ちながらランディはルーに聞いた。
「ご相伴に預かる側がこれ以上、我儘なんて言えないね」
斯して小さな宴会に一人、仲間が出来た。
「それでは」
「うん」
まずは一口目をランディが飲み、瓶の口を拭いた。そしてルーに手渡す。ルーはランディから瓶を受け取ると同じように飲んだ。暫くの間、口の中で葡萄酒を転がして真面目な顔で味を見る。
そして。しばし、瓶が山の方へ視線を向けたランディとルーの間を行き来するだけの時間が続く。
時々、冷たい風が吹き、酒で酔いが回り始めた頭を現実へ呼び起こしてくれる。
「もうこの際だから、酒の勢いで聞かせて貰うけどランディ、君は今回の件。どう思う?」
ルーは瓶を見つめながら藪から棒に脈略のない質問をした。
「いきなり、どうしたの? 何の話さ」
困惑した顔でランディはもう一度聞き返す。
「盗賊たちの話さ」
ルーは大きな溜息を一つ、吐く。
「……どう思うと聞かれてもそんな漠然とした質問は答えにくいよ」
更に困惑し、ランディはルーの顔を見る。
「確かに。じゃあ、率直に聞こう。元軍人で昨日、ノアさんと口論になっていたランディ。君が今、考えている全てのことが知りたい」
ルーは何かの覚悟を決めたかのようにランディの方へ向き直ると意外な言葉を放った。どうやら、昨日は不真面目な者が二人ではなく、三人いたらしい。
「聞いても全然、楽しくないよ」
「なるほど、そう言うことか」とランディは内心、思った。それでも疲れを滲ませた声で悪あがきをした。下らないことでも言わずにはいられなかったのだ。
「勿論、それは承知済みさ」と言い、ルーはランディの目を見て頷いた。
「僕が思うに君は彼らの情報を何か知っている」
ルーはなるだけ、ランディの気が軽くなるような口調で懐柔する。
「その上、解決方法を持っているがしかし、何かが理由で動けない。当たっているかな?」
「うん、正解」
真っ直ぐ見つめられたランディは気まずくなって逆に背ける。
「フルールには言えないこともあっただろうけど、僕は君の事情をだいたい知っている。一度、僕に話してみて纏めようじゃないか」
真っ直ぐに見つめたままルーはじっと答えを待つ。
「悪くない――――」
ランディの口からは素直な言葉が出て来た。
「悪くないかな。じゃあまず始めに俺の心にある引っかかりから話そうか」
「俄然、興味が湧いてきたよ」
クマのある目を眠たそうに一度だけ擦り、ランディは話を始めた。
「ルーが期待するほど面白い話じゃないよ。―――― 実は俺、あの盗賊団の首領と昨日、少しだけ話をしたんだ」
「……ははっ。流石にそんな話が聞けるとは思わなかった」
思わぬ話にルーは一瞬だけ目を丸くするも頭を振り、正気に戻る。
「どんな人だった?」
空気を読んでルーは静かにどんな人物だったのかを聞いて来た。
「本当の名前か、分からないけど。デカレって名乗ってた」
「デカレか」
「うん、ちょっと話しただけで全てを分かったみたいなことは言えないかもしれない。けどデカレさんは至って普通の人なんだよ、それこそどこにでも居るような」
ランディはルーに無言で瓶をかしてくれと手を伸ばし、受け取ると代わりに干し肉を手渡した。
ルーは手渡された干し肉を小さく裂いて咥えた。
「手だってこう、農具のマメとか工場の煤のせいで真っ黒。今まで農家で苦労していたけど、だんだん食べられなくなったから仕方なく、出稼ぎに出て家族の為に働いていたんだと思う」
身体的特徴から容易に考察が出来る頭領の経歴をランディは話した。ありきたりな話だ、ランディの想像は間違っていないだろう。
「そんでもって人の痛みも分かるし、どんなことがあっても前を真っ直ぐ見て突き進むような本当に強い人だと話していて感じた、俺何かよりもずっと」
唇を噛みしめて悲しい表情を見せるランディ。




