第陸章 第二幕 4P
同時にフルールの後ろで何かが大爆発をする幻をランディは見た。
「なっ、何だって? 着いて行くってどういうことさ?」
いきなりの出来事で目を白黒させるランディ。フルールはランディの虚を突いた。
押してダメなら引いてみろとは正にこのこと。
「何度も言わせないで、ランディ。あなたが行く所、何処であろうとあたしも着いて行くの」
「い、いや。恥ずかしいから着いてこられるとそれはそれで困るんだけど……」
「知らないわよ、そんなこと! 勝手に恥ずかしがってなさい。あたしが着いて行くならあなたがしたいことをしに行っても良いよ」
開き直ったフルールは特技の一つ、『暴君のごとく振る舞うこと』を遺憾なく発揮する。
「もう何と言われようがあたしは全部、見届けるからね。分かった?」
こうなってしまってはもう手のつけようがないことは日が浅い仲のランディにも分かる。
「返事は?」
「……分かったよ、フルール。でも俺は特に何かする訳でもないから多分、暇になるよ」
無駄な努力だと分かっていても言わずにはいられなかった。
「良いの、ほら何処へ行くのかそれくらいは教えてくれるんでしょ?」
「それがさ、上手く言えないんだけど取り敢えず、町の正門まで行こうか」
確かに場所に関しては表現の仕方がランディには分からない。
着いて来て貰うしかないだろう。
「うん? ……まあ、分かったわ」
幸い、フルールもランディの条件を了承してくた。
仕方がなく、ランディはフルールを伴い、歩き始めるのだった。
*
正門までそれほど時間が掛からずにランディは着いた。其処から、石垣に沿って無言のまま、ただひたすら歩く疲れた素振りも見せずランディ。事情を全く知らないフルールはランディの後に続く。終始、お転婆そうな顔には不思議さと好奇心の色を見せていた。
町よりもぬかるみ、茶色と白が入り混じった地面を歩いた末、歩いた所ではっきりと覚えている景色の似通った場所を見つけ出し、ランディはやっと立ち止る。南には雪化粧の残った連峰と土の色に変わり始めていた広い平原。そしてランディが歩いて来た『Chanter』へ繋がっている街道がはっきりと見え、右を向けば町の正門。今は雪が解け始めて広い空間が幾つかあるから何とも言えないが、代わりに大きな荷車が二、三台ほど置いてあるので物置場として使われている広場で間違いないだろう。町の中とは違って遮蔽物がない為、強い突風が二人を襲う。お穴軸フルールが思わず、風にたなびく茶色のロングスカートを抑えた。
「此処だよ、フルール。此処なんだ……」
フルールの方へ振り返ることなく、真っ直ぐな黒髪を風に撫でられながらランディは頷く。
「何、此処? ただの物置き場じゃない。もっと凄い場所だと思ってた。それともストレスで可笑しくなったんじゃないの? ランディ」
風に煽られながらも辺りを一通り見渡したフルールが首を傾げると心に深々と刺さる冷たい皮肉を平気で放った。あまりにも真剣な顔をするのだから凄い場所なのだろう。幾ら前振りで注意されていたとは言え、少なくともフルールはそう思っていた。しかしながら蓋を開けてみれば、何処にでもあるような物置場。事情を知らないフルールからしてみれば当然の反応だが、それでも感傷に浸っている者にとって空しい。ランディは石垣に震える手を突き、フルールの心ない言葉により新しく出来た心の傷を抑えて痛みを堪える。ある程度予測はしていたものの、出だしからペースを崩される結果となった。
今更だが、自分の価値観など人からしてみれば、ただの炉端に転がる石ころに過ぎないことを痛感した。ちょっとは格好つけて感傷に浸っても罰は当たらないだろう。前々から薄々、気付いていたが、フルールはランディの変に拘る所を全く、理解してくれない。ランディは充分に分かっていたからこそ、フルールを連れて来たくなかったのだ。
「それで―――― こんなところに連れて来たのだからきちんと何かするんでしょうね?」
興味を引く物がないからか、手櫛で自分の髪を撫でつけながらフルールは街壁に腰掛けた。
また、持って来たバスケットをそっと隣に置く。
「いや、真に申し上げにくいのですが……特に何かをするという訳では」
立ったままのランディは右手を頭の後ろに持って行き、まるで目上の人間にでも話すような口調で弁明する。
「はあ……そんなことだろうとは思っていたわ」
「申し訳ない」
「―――― 少なくとも、あなたが何について悩んでいるのか。それくらいは聞かせてよ」
「そうだね。じゃあ、ちょっとだけ話そうか」
ランディもフルールの隣へ座り、一息吐くと話し始めた。
「俺が悩んでいるのはさあ……さっきも話したように自分の在り方が関係してくるんだ」
「あたしの意見は変わらないわよ? 今、あなたが大切にしないといけない物は自分の体で町のことなんて二の次で良いんだから」
かつかつと靴を鳴らし、フルールは気に入らないと言う意思をはっきりと表す。
「ははっ、本当にフルールは優しいね」
隣に居るフルールに向けてランディは微笑んだ。
「……褒めても何も出ない!」
むすっとした顔でフルールも睨むようにランディの顔を見る。
「いいや、お弁当が貰えるらしいからね。それで十分」
「ふん!」
互いに顔を見合わせるも、何秒かで何かに耐えきれなくなったフルールがそっぽを向いた。
「まあ、フルール。そう怒らないでよ」
困ったような顔に苦笑いを乗せてランディは呼びかける。
「それで?」
「それで?」
「『続きは?』ってこと!」とじれったくなったフルールが話の先を促す。
「ああ、それじゃ話は戻るけど……」
「うん」
「俺はさあ、自分が出来ることがあるのにしない自分がいることに今、腹を立てているんだ。如何なる理由があろうと……なかろうとね」
ランディは視線を落として自身の剣ダコの出来ている両手を見ながらぽつりと言った。
「確かに軍人だったあなたなら何か出来るかもしれないけど、誰も今すぐにとは言ってないわ。まだ町のことも分からないし、ましてや自分だってボロボロなのにそういうことって無理があるよ。時間が必要だとあたしは思うの」
同じように視線を手の方へ落としたフルールは言いたいことを数えるように一つ、一つ白くて細い指を折り曲げながらランディを諭す。
「確かにね、でも俺の予想だと……今、俺が動かないと俺以上に大変なことが始まる」
ランディは会議室で聞いた出所が確かでないある情報が頭に過ぎる。人質を解放せず、皆殺しにし、挙句に町へ火を放つ。これから襲う町でランディと話していた時も飄々としているデカレと名乗った男のことだ。確実な方法を取って来るに違いない。手口からありとあらゆる可能性を考えるよりも一つのことで全ての可能性を潰すことを取る。
目標の為、全てを擲って頑張っているのにも関わらず。最低限の人しか殺したくない、出来れば自分たちが他人に与える被害を最小限にしたいなど、下らない雑事に囚われて自らの計画をぶち壊すのは馬鹿がやることだ。ランディも自分が盗賊だったとしたらならば合理的に考えて当然、同じことをするだろう。獅子は兎を撃つに全力を用いるのだ。
「だって、だって! ちゃんと要求された物さえ渡せば皆を解放してくれてそのまま出て行ってくれんでしょ? 父さんが言ってたもん!」
しかし、フルールはこの情報を知らない様子。なるほど、会議室にいた男衆以外はこの情報が伏せられているらしい。正確さには欠けるし、悪戯に混乱を呼ぶだけだ。それに今、ランディ自身が持つ確証を含めて全てを教えたとしてもフルールの悲しみに暮れる顔を見る羽目になるだけ。
「取り敢えず、今は盗賊の要求を叶えることが優先されるけど。さっきも言ったように彼らもフェアじゃないから正直……何が起こっても可笑しくないよ」
先に言った言葉をまた持ち出し、ランディは話をぼやかす。
「そんな可能性、考える必要ないわ! だって―― だって町の皆は口を揃えて誰も危ない目には遭わないって言ってるもん!」
フルールは感情的になってランディの服の袖を掴み、引っ張る。大人びた顔に似合わない幼さがあった。不安の所為に違いない。これだけ話をぼかしても動揺するのだから絶対に話すことがランディには出来ない。




