第伍章 第一幕 5P
五百ルボロが大体都市部の熟練工一人が一年間に貰える給料。一万ルボロまで行くと貴族が貰える給金になる。五千と言ってもかなりの金額だ。それだけの金額を四日で用意しなければならない。この町も金は持っているから無理ではない。が何分、急な話で用意をするのには骨が折れる。盗賊たちもそれは分かっているのか、確実性を取り、食糧はあまり要求されなかった。
「それとこの町に潜伏している間は食糧の要求もなしで良いそうだ。勿論、人質の生存は保障してくれるらしいから娘たちもご飯は貰えると思うけど、全くつけいる隙もないね」
手紙などと言った人質との接触や毒物を混入されることも相手は考えていた。
「また、一つだけ補足があるよ。要求には武器、特に銃器や火器も掲示されていたけど此処には纏まった数はないから断ることが出来た」
その他にもきんせんの授受の約束事など要求に関して事細かな提示を一つ、一つ説明して行くブラン。説明の間は誰一人、口を開くことはない。この町が途轍もない危機に瀕していることは此処にいる全員が分かっていた。どんな小さな情報も無駄には出来ない。
「最後に重要なのは拠点の空き地から彼らが指定した範囲までは立ち入り禁止と言うぐらいかな。これは破られる度に人質を一人ずつ……後は言わずとも分かるよね? また、あんまりにも酷いと火を……ってことらしい」
会議室内の全員は思わず、ブランがさり気なく言った言葉に息をのむ。隣のオウルは苦い顔をした。ランディはと言うと、表情が固まったまま、真っ直ぐ前をむいてはいるも何も見ていない。一旦、ブランは大きく息を吸うと此処に来て始めて悲しみを表情に表す。
「彼らが指定した制限時間は今日、含めて四日後の朝方。人質は僕の娘たちも含めて二十人。お金や食糧は何とかなるよ、だけど出来るなら……この町の被害を最小限にしたい」
ブランは此処にいる全員、一人ずつに向かって訴えかける。
「だから皆、何か意見や質問があるなら聞かせて欲しい。どんなことでも解決の糸口に繋がるかもしれないからね」
説明も一段落つき、それぞれの意見を聞く時間が設けられた。だがしかし、安易な発言が出来る状況では出来ない。当たり前だ。
この場で決めたことが人質二十人の安否や町の被害の大きさへ直に繋がるのだから。
「どうするんだ! このままではこの町は終わりだぞ」
重々しく、長い沈黙の中で誰もが無言でい続けるように見えたが遂に痺れを切らした若い一人の町民が立ち上がり、声を荒らげた。
「ああ」
「そうだ……な」
「まずいことになった」
他の住人が気の抜けた返事をする。
「気の抜けた返事が聞きたいんじゃねえよ、俺は。どうするかって聞いているんだ」
「いや、この状況じゃあ対策の取りようなんて簡単には出てこない。まあ、落ち着け」
「感情に任せて話し合いをしても何も始まらん」
他の町民と一緒になって感情を高ぶらせている住人を宥める。
「言うけどよ、オウルさん。あんたは何か良い案でも考え付いたのかよ」
「それは……」
「ほらそんなもんだろ?」
鬼の首でも取ったかのように煽ってばかりの住人が偉そうな態度で物言う。
「お前、オウルさんは真面目に考えているんだ! 只、焚きつけるだけのお前とは違う」
「そんな野次馬みたいなことをする為に来たのかお前は」
「これだから馬鹿は困る――」
全員が一人の勝手は許さないとやり込める。
「煩せぇ、煩せぇ! 何も出来なければ結局、同じさ。こんな日和ってる間にも捕まった奴らが殺されるかもしれないんだぞ! 責任取れんのかよ?」
「そんなことは皆、分かっている。だが対策の仕様がないじゃないか」
あちらこちらで気が高ぶっている住人たちが席を立つ。
「そうだ、何も出来ないのであればせめても黙っていろ」
「はっ……」
最初に声を上げた町民はもうこれ以上何も言えなくなり、顔には苛立ちの色をありありと見せながら椅子に深々と座って黙った。
「一番良いのは憲兵隊や軍が来るのを待つことだが――」
「無理に決まっているだろう、急がせたとしても憲兵隊や軍が来る頃には賊が逃げている」
比較的に落ち着いている者が出した建設的な意見でさえも時間がないだけに無理があった。そして何より最悪なのが誰一人協調性なく、自分だけが正しいと思い込んでいると言うことだ。共同意識も破綻し、烏合の衆と化していた。
「だから俺は言ったんだよ、こういう聞きに備えて準備をした方が良いって。それでもお前たちは要らんの一言で蹴ったじゃないか」
机を叩き、ある者が町の怠慢を唐突に強く非難した。
「ああ、それは俺も賛成だった」
だらけた様子で机に肘をつけながら同調する者もいる。
もしあれをやっていればなどと現状に関係ない的外れな声だ。
「今はそんな話をしていない」
「そうだ、あん時は資金難やら大戦の失敗から武装は最低限と決まっただろうに、真っ当な説得も出来なかった癖に。寝言言ってないでちっとは頭を働かせろ!」
あまりの言い草に激昂した他の町民が喧嘩を売り始める。
「何だと!」
「やるか、この野郎!」
「煩いから止めろ、今は会議中だ。喧嘩なら外でやれ」
殴り合いにまで発展しそうな雰囲気の中、レザンが静かにそれでいて冷たい氷のような声色で言葉を放った。レザンの一言は場内全体に冷や水を浴びせ掛けたがそれでさえも一時的な効果しかなく、また怒号が飛び交い始める。
「いっそのこと町の有志で集まって戦うか」
「無理だろうな、我々のような素人では焼け石に水。とっとと要求の物を渡して早めに出て行って貰おう、それしか解決策はない」
「そうだな、それが一番だ。第一、人質には町長の所の二人だっているんだぞ?」
「それだったらうちの女房だって……」
「俺の所は倅を……」
何人かの不安を乗せた声が。攫われた家族の身を案じる切羽詰まった叫びが聞こえた。
思うように行動が出来ない。もしも、良かれと思って取った行動が失敗してしまったら。
後は言わずもがな、失敗の付けがあまりにも大き過ぎたのだ。
その上、追い打ちを掛けるようにおずおずと手を上げた町民からある報告が上がった。
「確かな情報筋からではないが 噂によるとどの町も村もあの盗賊団は人質を解放せず、見せしめか何かのように殺して最後は火を放つと聞いたことがある」
確証はないが新たに齎された情報で議場内に衝撃が走る。一番の懸案事項はこれだ。かの盗賊に襲われた村や町は同じ目に合っている。そう、例え条件を満たしても彼らが約束を守ると限らない。大人しく従っても悪い結果がチラつく。不条理とは正にこのことだ。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ! もう……もうお終いじゃないか……」
「つっ!」
水を打ったように静まり返る会議室。やはり最初から分かっていたことだが策がない。
全てが遅過ぎたかのように見えたがしかし、場内に一迅の風が吹き込まれた。
何故なら黙りこんでいたブランが手を上げたからだ。救いを求める視線が自然と集まる。
「皆、落ち着いたかい? 僕も内心は心配で本当はとっても、とっても取り乱したい所なんだ」
衆人環視の中でもう一度立ち上がり、静かにそれでいて淡々と言葉を並べるブラン。
「でもね……」
ブランは少し考えるように下を向き、言葉を詰まらせた。
「でもね、僕がそんなじゃあ、あの子たちは絶対に帰って来ちゃくれない。だよね?」
ブランは自分の不甲斐なさを悔んだ。でも悔やんだと所で何も解決はしない。
「だよね?」
遣る瀬無さを押し殺し、ブランは話を続ける。
「皆もそう思わないかい? 一度、落ち着いて良く考えよう。確かに僕らの行動は遅過ぎたけど、まだまだ何とか挽回出来る筈だよ」




