第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣 4P
利害の一致により、顎で使われる使い走りは甘んじて受け入れた。されど、都合の良い操り人形になった覚えは無い。二人の苛立ちに騒がしい男も慌てふためく。だが、それに見合う結果は出している。次の準備も怠ってはいない。男は確たる証拠を携えていた。
「怒るな、怒るな。安心しろ。お前達の尽力はいっこも無駄にしてない。僕が何もしていない訳がない。もう次の手は既に打ってある。長い間、静聴ご苦労。極めつけがコレだ」
抜かりはない。騒がしい男は懐から封が開けられていない綺麗な便箋を取り出すとこれ見よがしに二人へ見せびらかす。その文に綴られた文面に求めていた全ての答えがある。
どうやらそう言いたいらしい。
「それは—— 文ですか?」
「ああ、そうだ。賢い僕は件の町へ秘密裏に密偵を送っていたのさ」
「誰を送った? 口が軽い奴だと国軍にも情報が漏洩するぞ?」
密偵の人選に警戒する冷静な男。もし、選び間違えれば、全てが水泡に消える。それは騒がしい男も承知の上。煙草の火を机で揉み消しながら鼻で笑う騒がしい男。
「大丈夫だ。送ったのはレーヴ翁だから。当の本人に対してももしかしたら面白いものが見られるかもしれないとしか言ってない。だが、もし面白いものが見られたのなら必ず僕宛てに文をくれと言っておいた。それから抜かりなく。貴族の知り合いから町長にも翁が訪れる事を伝えて貰ってる。町長を筆頭に情報操作がされているのだから恐らく彼奴は一定の関係性を持って居るだろう。なら間違いなく彼奴が差し向けられる筈だ。片田舎の町に剣の目利きが出来る奴なんぞ、限られているからな。そして、その約束は果たされた」
「それだけの手回しが普段の任務から出来ていれば……俺達の苦労も半減するのだが」
「全くもって同意見です」
「煩い、煩い。開けるぞ?」
煙草を床に落とし、靴で火をもみ消した後、封を開ける騒がしい男の一挙手一投足に注目する二人。期待と不安が入り交じる瞬間だ。
封を切り、折りたたまれていた手紙の内容に目を通す騒がしい男。
「——」
「何と……書いてありました?」
「ふっ—— ほれ。読んで見ろよ」
手渡された手紙を二人は眺める。其処にしたためられていた文面は如何にもレーヴが書きそうな内容であった。中身は、荒々しい文字で書かれていたのはたった一文だけ。
『新たなる伝説が生まれる瞬間に立ち会った。続報を待て』
揃って大きく伸びをしてから二人は息を吐き出した。
「確定だな? どうする? 今直ぐにでも向かうか?」
「待てと言われているのであれば、素直に待った方が良いのでは?」
「待とうにもそもそも何時まで待てば良いか分からんだろう? ぼんやりとしていたら先を越される。早い内に手を打つべきだ。目と鼻の先なら早馬を使えば……」
「……迷うな」
「……」
「……」
確定はした。だが、意味深長な内容が気がかりだ。時機ではないと示唆されれば、逡巡してしまうもの無理はない。更に謎を呼ぶのがその肝心な理由が伏せられている所だ。待てと言われても何を待てばよいのか分からないのだから余計に困惑する。
「続報を待てと書いてあるから……少なくとも様子見へ翁が再度、かの町へ訪れると言う事だな。放っておけと言うのは詰まる所、彼奴に集中させたい事があるのだろう。新たなる伝説が何なのかは分からんが……始まったばかりでまだ完成されていない。それが終わるまでは彼奴に対して干渉するべきでは無いと」
断片的な情報を整理し、レーヴの意図を読み取る騒がしい男。恐らく、その推測は正解に近い。だが、その意図するものが彼らも求めているものとは限らない。もし完成されたものによって目的が阻まれてしまうのであれば、それは考えものだ。
「何が完成するのかは分からんが……どう転んでも既に手を付けられない問題児がとんでもない厄介者になるだけだろう? しかも馬鹿さ加減も変わって無いのであれば、必ず彼奴は我を通す。あまり認めたくはないが……お手上げだ」
「少なくとも我々、二人ですら手に余ります。あの出来事を教訓に鍛錬は欠かしておりませんが……あの時の彼にすら未だ敵わない。加えて今となっては説得も難しいでしょう」
何が起きたかは語られないが、その事情が一番の障害となっている。それを打開する手立ては彼らも見つけられていない。ならば、今向かったとしても意味が無い。
「まあ、それは誰が行っても一緒だろう。恐らく、団長殿ですら取り逃がす。結局は、国軍が総出で向かっても僕らが向かっても変わらない。なら……やれる事は一つ」
「我々も更なる高みを目指さねばなるまいと?」
「少なくとも肩を並べ、戦場を共に出来ねばな……最後の任務も最終試験も。僕達が確実に彼奴の足を引っ張っていた。彼奴が居なければ—— 今、僕らは此処に居ない」
室内に暗雲が立ち込める。忘れてはならない過去の出来事がそれぞれの頭の中で走馬灯の様に駆け巡っていた。だが、下を向いている場合ではない。やっと手の届く所まで来たのだ。後は、肩を掴んで此方を振り向かせるだけ。嘗てそれが出来ず、去り際にその背を引き留められなかった後悔が彼らを強くさせた。今度こそ、一人で立たせはしない。共に並び立つと心に決めている。その決意は少しも揺らいでいない。
「お前達に出来るのか? 俺は既に高みを目指している」
「冗談を。それは君だけじゃない」
「馬鹿にするなよ? 僕だって無為にこれまでの時間を過ごしていた訳じゃない」
言葉が己を強くさせる。もう一度、相手からそう呼んで貰えるような自分でありたい。
彼らの願いは一つだ。
「まだだ。まだ、その時じゃない。来るべきその日に向けて。僕らも準備が必要だ」
窓は無くとも彼らは感じていた。待ち侘びた朝日がゆっくりと昇るその瞬間を。
「何としても欠けた歯車を取り戻す。このままで僕らは終われない。終わっちゃいけない。其の為にこれまでどれだけ地べたを這いずりに這いずり回って辛酸を舐めに舐め、その片手間で気に食わない上長の靴も舐めて来た事か」
「本当ですか? それ」
「嘘だな」
「お前達……細かい事を気にしていたらモテないぞ?」
「実に下らん負け惜しみだな」
「同感です」
「煩い」
こんな下らないやり取りを。また揃って交わしたい。彼が居たのならば、もっと別な反応をみせるに違いない。顔を真っ赤にして子供じみた反論をするだろうか。いや、もしかすると冷静を装って馬鹿げた持論を展開するかもしれない。
「何にせよ—— 僕らは全員でまた集う。それは決定事項だ」
あの日から失った輝かしき日々が戻る事を。ずっと彼らは心待ちにしていた。
掛け替えない戦友を取り戻す。それこそが彼らの掲げる大きな目標。
「欠ける事なんて許さない。僕らは……十三人揃って一つなんだ」
その日が訪れる事を。彼らは祈ってやまない。
おわり




