第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣 3P
これまで面子を散々、潰され続けた所為もあってか、大袈裟に己の手柄を誇示する騒しい男。抑圧されていた自尊心が暴走するなか二人は冷静に考える。実情は恐らく、恥も外聞なく子供の様に喚き散らし、最後の最後は泣き落としをしただけに違いない。先程の醜態からも分かる様にそれ程、高度な情報戦にも長けてはいない。当然、それを指摘した所で余計に臍を曲げるだけ。二人は軽く頷き、男の話を聞き流しながら迷惑を被った司祭に対して心の底から同情しつつ、有難い施しに感謝する。
「何でもその異動の意向は上層部の決定では無く。司祭からの上申だそうだ。前々からその司祭は三、四年の周期で各地の礼拝堂を転々としていたらしい。そして此度の異動も定例で。そのまま受け入れる心算だったのだが……話が変わったと。個人的な事情の為、内容は伏せられたが。その異動に対して一人の青年が異議申し立てをしたらしい」
「らしいと言えば……らしいな。大方、動機はその司祭と気が合ったからくらいの些細な理由だろう。立場を弁えない彼奴ならそれくらいの事を平気でやってのける。よりにもよって国教にたてつくなどと言う愚行……聞けば、聞くほどに末恐ろしい話だな」
「ふむ……」
詳らかにされたその可笑しな出来事に口数が少ない男が興味を示し、丁寧口調の男は顎に手を掛けながら考え事を始めた。先程の話よりも反応する二人に手応えを感じた騒がしい男は更に話を続ける。
「その青年は異動の取り消しを求めて町の皆を動かし、以前から問題視されていた老朽化した礼拝堂の清掃や整備を行い、更には献金などの活動資金も町長にまで掛け合ったと。きちんとした段取りをつけた上で司教の下へ嘆願しに訪れたらしい。かの司祭は、この町に必要不可欠であると。当該司祭に人望が無ければ、皆が動かなかったとね」
聞けば、聞くほどに無茶苦茶な話だ。並々ならぬ尽力は認めるも取った手法があまりにも現実的でない。それだけでは司祭はおろか、司教の説得も難しかろう。その難局をどう乗り切ったのか。肝心な事は其処だ。
「それで司教様は、どう判断なされたのですか?」
「変革を求めるならば、力を示せと青年に言ったらしい。その青年は丁度、護衛で帯同していた憲兵に一騎打ちを申し込んだと。結果の前に事前情報として伝えておくけど、その憲兵は司教お気に入り。歴戦の猛者だった。それを危なげも無く退けて見せ、司教を認めさせ、猶予と司祭の意思が変わったら異動取消の約束も取り付けた」
どれ程、無茶を重ねれば気が済むのか。そもそもそれ程の熱意を傾けてまで成し遂げる必要があったのだろうか。その真意は、本人にしか分からないもの。だが、その真っすぐさだけは彼らが追い求めている人物の懐かしい面影を感じさせた。
「其処から町民の後押しを受けつつ。司祭と一対一の話し合いの場で考えを改めさせ、その町の司祭継続に至った。どうだ? 馬鹿過ぎるだろう?」
腹を抱えて笑う騒がしい男に対して二人は額に手を当て呆れ返る。笑い事ではない。下手を打てば、大惨事にもなりかねない綱渡りなのだから。だが、それを難なく乗り越えたのであれば俄然、期待が持てる。少しの沈黙の後、丁寧口調の男が口を開く。
「如何にもやりそうな無茶苦茶ですね……隣に私が居たら頭を抱える様な」
「俺は、放って置くがな。いつもの事だ。彼奴の馬鹿さ加減には付き合ってられん」
「僕なら面白いもの見たさ半分、怖いもの見たさ半分で着いて行くけど?」
「お前の嗜好は聞いていない」
「あっそ」
口数の少ない男のつれない態度に騒がしい男は肩を竦める。今の話の何処にも確証はない。だが、彼らの感覚が囁くのだ。其処に奴が居ると。いつも何かしらの事件に巻き込まれ、自分たちもその渦中に巻き込ませる才を持つ迷惑者が。どんな時であっても先陣を切って自分たちを引っ張るその後姿が見えて来ていた。
「漸くらしくなって来たな。その他にも様々な目撃情報が噂話として僕の耳に届いている。とある行商が町へ向かう道中の話だ。その商人は通りかかった森の中から突如、蒼い光の柱が真っすぐに天に向かって伸びるのを見たそうだ」
「蒼い光の柱……」
「何かしらの理由があった事は察しますが……そんな派手な事をすれば流石に誰かしらが目撃しますよね? 隠れる心算の筈なのに。やっぱり馬鹿ですね」
「そうだ。ヤツは、馬鹿だ。状況に踊らされ、焦って探し出す事ばかり躍起になっていたが、僕らは肝心なそれを失念していた。根本的な所で彼奴は、思考よりも感覚を頼る。その習性は今も変わってない。だからと言って幾ら馬鹿でもこんな目と鼻の先でぼんやりしているとまでは……僕も考えが及ばなかったがな」
「流石に其処まで我々も責めませんよ? そもそも私だって思いもつきませんから」
「深読みしたまでは良いが……その相手がそれだけの深さを持ち合わせていない。一杯食わされた……いや、勝手に土壺に嵌っただけだな。認めよう。俺達が真正の間抜けだ」
反省と言うには、どうにも腑に落ちない。例えるなら狡猾な狐を狩ると馬鹿真面目に意気込んでいた矢先、実は道に迷った犬を探すだけだと知り、盛大な肩透かしを食らったと言うのが正解だろう。今まで真面目に取り組んでいた過去の自分たちが馬鹿らしくなって来る。彼らが先ずすべきだったのは、当人の思考と習性を紐解く事であった。
「他にも……これは物騒な話だが、襲撃事件の他にも挙動の可笑しい徒ならぬ雰囲気を漂わせた五人組の郎党も周辺で目撃されている」
「その郎党と言うのは—— ひょっとすると『焦がれ』ですかっ!」
「衣服もボロボロで足取りも覚束ない様子だったそうだ。十中八九、間違いないな」
突然湧いた雲行きが怪しい話に二人は殺気立って身構える。そう。彼らも同類だった。王国の隠された秘密を知る数少ない者達である。その秘密に纏わる恐ろしい怪異が関わっていると知れば、当然の反応であった。
「『焦がれ』は、『加護』に惹かれる。己の力を誇示する為にな。彼奴がどんなに隠しても人間性を捨てたアレの異常に研ぎ澄まされた感覚までは誤魔化せない」
「きっとヤツは、そいつらとも確実に一戦を交え、片を付けている」
「だろうな」
殺気立つ二人を宥めながら騒がしい男は椅子から立ち上がると大きな伸びを一つした。
「誰も気に掛けない事ばかり……どれも酒の肴にしかならない話です。我々以外にとっては。それにしてもよく集められましたね。これだけの下らない与太話」
「僕の伝手を舐めるな。どんな分野にも僕の目と耳になってくれる協力者が居る。国軍は端から情報収集は諦めて先に国境付近から包囲網を堅実に固めている。国外逃亡の線は無いと推察し、少しずつその範囲を縮めているのが現状だ。喜べ、野郎ども。虱潰しに情報を集めた甲斐があって僕らの方が奴らよりも一歩先に進んでいる」
少し話疲れたのか。三人とも示し合わせをする事もなく、それぞれポケットを弄り、煙草を取り出すと一本咥えて一服し始める。三本の紫煙がぼんやりと天井へ立ち昇るなか、不意に気掛かりな事が脳裏に過った丁寧口調の男。
「でも……そうなると貴方にそれだけの情報網があったなら……最初から私と彼の派遣も必要なかったのでは? 其処の所はどうなんですか?」
「何せ、どうやっても僕の行動は一挙手一投足目立つからな。同時に近しい間柄の重要参考人でもある。当然、お前達もそうだ。僕らは常に見張られている。結論から言えば、どうしても僕らがまだ正確な情報を掴んでいないと取り繕う必要があった。僕が万全な準備を整えるまではね。体の良い囮になってくれたよ。君たちの弛まぬ努力があったから情報集めの時間稼ぎが出来た。よくやってくれた。褒めて遣わす」
「……」
「……」




