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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣
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第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣 2P

「そうですね。寧ろ、彼の考えに私も合点が行きます。冬の終わりにどの村落も物資が少なく、構成員の食料や燃料が枯渇した可能性もあり。原因は推測と同じ飢餓や凍死の可能性もあります。何方にせよ……この時期は、町民しか居ない。何か、不明瞭な点があっても町民間での口裏合わせや町長からの緘口令をしかれてしまえば、調べようが無いです」



 現在、存在するのは当事者達の証言だけ。しかも冬の間に起きた出来事で町に住む者達しか知らない。ましてや、想定出来る事象が多過ぎるので何が真実で何が虚構なのかも判明しない。つまり、この件を幾ら掘り返しても得られるものは何も無い。当然の帰結だ。



「本当にお前達ってヤツは……普通に考えれば、少人数であっても素人の町民が撃退何て無理があるだろう? それと—— この話には続きがある。襲撃の有無に関わらず、周辺の村落や町はほぼ憲兵常駐の要望を申請して来た。まあ、それが当然だ。しかしながらこの町だけは唯一、出してきていない。実際に野盗の襲撃に遭い、ましてや小隊規模の賊が周辺に潜んでいるともあれば。普通は憲兵の派遣を必要とする筈なのに」



 それなりに長い付き合いだからこそ、二人が否定から入るのは男にも分かっていた。だからと言って引き下がる心算は毛頭ない。新たな情報を小出しにして興味を引こうとする男に二人は呆れ果て肩を竦めた。暗がりで表情が見えずとも分かる。付き合いきれなくなっているのだ。その理由はどれだけ論証を並べようともそれを簡単に覆せてしまうから。



「自衛に関しては、如何様にも出来ます。高々、五人程度なら数の暴力で。まあ、被害が出なかったのは不幸中の幸いでしょうね。憲兵の派遣に関しても予算の都合で出さなかった選択もあり得るかと。他の村落に関しては、被害にあった村落の損害が大きかった為、致し方なく予算度外視で要望を出していると耳にしております。確かに……資金も命あっての物種でしょう。安全と生計を天秤にかけるのも些か疑念が残りますが—— 守るべきものが存続出来なければ、意味がありません。その選択は矛盾しませんよ?」



 重い腰を上げて反論する冷静な男。例え、選択を間違えているとしてもそれを選ぶのは、当人の自由。ましてやその間違いは今、正しく機能してしまっている。今更、危ない橋を渡る必要があったかと問うても鼻で笑われるだけだ。



「なら、その天秤を傾けた判断材料があるだろう。危険因子が排除され、襲われる可能性が限りなく零に近い。または、襲われたとしても……」



「何かしらの自衛が出来る体制が整えられたと? しかしながらそれだけでは——」



「彼奴が其処に居る理由には、決定的な要素が足りん」



 勿論、その結論に至るまでに何かしらの判断材料があった事は確かだろう。だが、彼らの求める答えが其処にあるとまでは言えない。蓋を開けてみれば、単に安逸をむさぼっただけである可能性の方が高い。愈々、説得の材料が尽きて来た煩い男は疲れ果て机の上に肘をついて大きな溜息を一つ吐く。気持ちは分からなくも無い。無いものだらけの迷宮の中で必死に搔き集めた小さな小片を簡単に突き返されてしまえば、こうもなる。



「だからお前達との議論は、面倒臭いんだ。ああだ、こうだ言って全部、俺の意見を潰しに掛かる。少しくらい、同調や肯定的な意見があっても悪い事は起きないだろう?」



「お気持ちはお察しします。けれど、我々が慎重な姿勢になる事もご理解頂きたく」



「当り前だろう。どれも憶測の域を超えない眉唾物の持論を聞かされてはな。しかも少し前、安易に同調したら散々な徒労をさせられたばかりだ」



「失礼を承知の上で言葉を付け加えますが、この場を面倒臭くしているのは貴方の方でしょう? 此方が議論の流れに沿って意見を展開しているのにも関わらず……自分が困ると範囲を際限なく広げて行く。こうなっては水掛け論にもなりますよ」



 一言言えば、十になって返って来る。頭が固い部下を持つと上手く煽てるのも至難の業だ。また説得を余計に難しくさせているのは恐らく、年頃が近い事も要因にあるのだろう。多少、年が離れていれば年下の者の扱いにも慣れて来るので上手いやり口で誘導する事も出来るのだが。経験不足から来る失態と言わざるを得ない。



「情報収集や指示は僕任せな癖して……僕の苦労が分かるか?」



「仕方が無い。それは、お前が一番の適任者だ」



「我々には下りて来ない情報を貴方は立場上、聞き出せますからね。その代わりに我々は、貴方の勤勉な手足として労力を提供しておりますよ?」



「……」



 だが、彼らはそんな男を見捨てたりはしない。そもそも彼らが男に求めているものが違うのだ。そんな頭でっかちな御託は求めていない。言動から分かる通り、頭を使う仕事はからっきし向いていない。それを知っている彼らが男に求めているのは信頼し、背中を預けられる友の直感と情念だった。つまり男が何故、話題に上がっている町に対してそれだけ強い興味を持ったか。何処からその熱意が湧いているのかを知りたいのだ。



「情報はそれだけか? 御託は良い。お前なりの確証を出せ。今まで聞かされて来たのは誰でも用意出来る話ばかりだ。これでは、お前に動けと言われても重い腰が上がらん。それを聞いた上、此方できちんと判断をする」



「何かあるのでしょう? 面白い話。彼の興味を引くような事案が」



 良い意味で予想を裏切られた。逆に煽て上げられる形となり、一気に居心地が悪くなる騒がしい男。姿勢を正してから軽く咳払いをした後、二人を見上げる。



「お前らの方が付き合いは長いからな……まあ、そうだ。騒がしいのはそれだけじゃない。これからお前達に話すのは……僕もさして情報に重要性があると思わなかった事ばかり。それでも良いのか? さっきまで話していた以上の突飛押しもない与太話だ」



「ええ、お願いします」



「寧ろ、それが重要だ。アイツは、お前以上に下らない事ばかりへ興味を示す」



「そうですね。君の言う通りです」



 珍しく乗り気な二人に自信を取り戻した男。床に置かれていた書類の中から新たに別な書類を手に取り、机に置くと男は説明を始める。



「一つ目は、国教に纏わる事案だ。三、四カ月前に件の町で人事異動の話が上がっていた。その辞令は、司祭への内示まで進んでいたのが……対象の司祭と辞令を携えた司教による最後の面談後。一変してその辞令の取消判断が下されている」



「それだけでは特段、珍しい事ではありませんね?」



「だろう? 襲撃事件の違和感から僕は例の町に関連する事を躍起になって調べていた。実際、面談に訪れた司教へ話も聞きに行ったさ。司教からその件で少し事情を聞き出せた。何でも面談後、直ぐにひと悶着が起きたのが始まり。そのひと悶着にとある人物が関わっていると言質が取れた。無論、これだけでは僕も断定に繋がらなかった」



 人事の異動は、何処にでもある話だ。その異動が直前に取消になる事も同様。しかもその心変わりに至った理由も上げれば暇がない。大抵、何かしら都合の悪い話が付き纏い、その辞令を取り消した場合が多いだろう。いずれにせよ、先ずはその経緯を聞かねば判断がし辛い。しかしながら国教の内部事情は須らく秘匿されている。単に興味本位だけで聞き出せるのは難しい。無論、それが聞き出せる立場にある者のであれば話は別だ。



「お前達には分からないだろう。僕の苦労が。交渉材料をちらつかせても駄目だった。再三の説得に最後は頭を下げて催促したら流石に司教も恐れ多いと重い腰を上げたのさ。他言は無用と念を押された上で概要だけは教えて貰えた。流石だろう? 僕の手腕は」

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