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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣
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第陸章 仇敵を貫く槍、義を轟かせる弓、祖国を守る剣 1P



 世界が動き出した。


 と言うのには少し大袈裟かもしれない。だが、着実に。流れ行く時の中で小さな変革が起きようとしている。そして、その始まりはかの地から遠く離れた王都の一室にも影響を及ぼしていた。寧ろ、その始まりを待って居たと言っても過言ではない。追憶と惜別を胸に。その歯車達は、欠けた同胞との再会を待ち侘びていたのだ。



「さて……二人共。朝早くからご苦労っ! 詰まらない前置きは、無しにしようか。集まって貰ったのは他でもない——」



「やっと見つかりましたか?」



「今度は—— 確実何だろうな?」



 朝靄が漂う日も明けきらない早朝。灯り一つない狭い一室には簡素な椅子と机が備わっているだけ。他は、乱雑に積み上げられた書類のみ。そんな埃臭さが漂う薄暗い室内に響き渡るは、溌溂とした鬱陶しい若い男の声。たった一つしかない椅子にふんぞり返って座る意気揚々とした男の前には人影が二つ立っていた。二人は落ち着き払った声で挨拶も無しに問い詰める。何気ない日常の一幕に見えるが、二人から漂う並々ならぬ怒気によってその会話から違和感が滲み出ていた。



「まだ、根に持っていたかっ—— ごめん、ごめんって。認める。確かに僕が悪かった。前回のアレは掴まされた。今度は、正確な情報だ」



「ふふっ……西側の端までの旅路はお世辞に言っても軽快な旅路ではありませんでした」



「列車までは良かった。それからが問題だ……」



 くだけた言葉遣いの男に丁寧な言葉遣いの男が皮肉を言う。その皮肉にもう一人の言葉数の少ない男が同調した。聞いている限り、少し前に二人は目の前の男からかなりぞんざいな扱いを受けた事が分かる。へらへらしてばかりで悪びれもしない軽率な男に二人は改めて自分達がどんな扱いを受けたか説明を始めた。



「いいえ? 悪路の乗合馬車、粗末な宿屋での寝泊まりはまだ救いがありましたとも。ええ。寒空の下で何日も野宿を強いられた挙句—— 最後の方は、目的地までは徒歩のみで山の踏破もありましたね? その結果があれでは……あんまりです」



「出て来たのがアレだ。胡散臭い年寄りの祈祷師。どう何を間違えば、アイツと見間違う? 思わず、お前を殴り殺そうかと考えた」



 込み上げる怒りを抑えつけつつ、二人は更に話を続ける。



「結果、同じ帰路で王都へ帰還したズタボロな我々の前で貴方はふんぞり返って」



「『えっ? 違った? ごめん。ごめん』だからな」



「頭に銃を突き付けられ、首元には剣の刀身が光ってたな。いや、まさか其処まで大変な道のりだとは思ってなかった。だからその分の給金は弾んだだろう?」



 それで済まされると思っているのだから余計に腹立たしい。何か一つでも成果があれば、二人もそれ程立腹はしなかった。だが、現実は何の釣果も得られず、只の無駄足だ。



「金の問題じゃない。俺達は、お前の使い走りになった覚えは無いぞ?」



「だって仕方が無いだろう? お前らも知っての通り。彼奴を追うのは至難の業だ」



 恐らく、三人の間には明確な主従の関係があるのだろう。しかし彼らの間柄にそんな壁はあって無いに等しい。旧知の仲であり、互いに信頼し合う関係性。だからこそ、目の前の優柔不断な男の態度が気に食わない。されど、軽率な男にもそれなりに理由があるのだ。思ったように動けない理由が。もどかしさを覚えているのは変らない。



「何て言ったって現状。うちは肝心な目と耳を潰されている」



「未だに回復しないのか?」



「ああ。身体は、万事元通りだが音を拾おうにも雑音ばかり。見通せる距離も大幅に狭くなったと本人が。第一、彼奴自体が身を隠してしまえば、そもそも見つからない」



 その理由は様々な事由が重なった結果だ。尤もその自由が無かろうが、結果は変わらなかった。そう。彼らが捜す目標は狡猾で抜け目がない。本気を出されてしまえば、手も足も出ない相手。だから仕方なしに腕をこまねいているのだ。



「そうですね……簡単に尻尾は出さないでしょう。けれども今回、遂に何か掴んだと」

「まあ、どんなに頑張っても噂だけは、彼奴も手出しは出来ない。此処数か月、妙に騒がしい町が一つあるんだ。町側も外部へ情報を漏らさない様、細心の注意を払っている」



「詳しく聞かせろ」



「先ずは、これを見てくれ」



 そんな相手が遂に尻尾を出した。と言うよりも小さな痕跡をかき集めたと言うのが、正解か。勿論、それが正解かどうかは定かでは無い。だからこそ、その検証と立証の為に集められた。一人で考え得る可能性を全て潰した上の答え合わせなのだ。机の上に幾つかの紙束を乗せ、顎でしゃくる男。二人はそれぞれ、その紙束を手に取り目を通し始める。



「これは……以前、発生した襲撃事件の記事と報告書ですか?」



「二人共、覚えているか? 半年前くらいの話だ。王都周辺の小さな村落や町で襲撃事件が複数回起きていただろう?」



「ああ、山の雪解けが終わっておらず。軍や憲兵も派遣出来なかったあれだな?」



「そう。それだ。そして、それはとある村落を最後に唐突な収束を迎える」



「確か物資が底をついて野垂れ死にしたと推測だされて終わりになった筈だ。何せ、構成員が二十から三十人にもなる小隊規模であれば、町を襲っても限界がある」



 その事件は二人も多少、情報を耳にしている。寧ろ、知っていて当たり前の情報であった。しかもこの事件は既に何度も検証を重ねられ、収束したとして処理されているもの。


 今更、引っ張り出した所で疑う余地も少ない。それ故にかの事件に今回の件がどう関りを持っているのか。それが分からない二人は、首を傾げる。



「ああ、僕もそうだろうと思っていた。けど、真相はきっと違う。僕らは、釦のかけ違いをしていた。いや。意図的にさせられていたんだ。そんな考えに至ったのがこの報告書」



「別の報告書? 野盗の撃退? こんなの聞いていませんよ?」



「確か、この町は—— 襲われた町の目録にも載ってなかったな……」



「そうだ。この町の件は全くの別件として片付けられている」



 恐らく、初耳なのだろう。二人は男から与えられた新たな報告書に目を通す。


 そんな二人に男は、補足の説明を始める。


「襲われたこの町は、最後に襲撃された村落の近く。その村落以降、かの盗賊団の消息はぱったりと消えている。そんな時期にこの町も四、五人の賊に襲われたそうだ。犯人は、手口も例の盗賊団と同じで人質を取って空き家に立て籠もり、身代金と物資を要求してきたと書いてある。これを受け、町総出で対処し……目立った被害も無く、無事撃退に成功したとだけ。何だか可笑しくないか? 実際は、この町が襲撃された時点を境に例の賊が終焉を迎えていると考えた方が正しいと僕は考えている」



「考えている事は、分かりますが——そもそも別件と扱っても何ら違和感はありません。照合が取れていない以上、断定が出来ませんし。その証明も賊の自然消滅により、不可能となりました。お上の推測は正しくも無ければ、間違いでもありません。覆すだけの決定的な事実と証拠がありません。とだけ私は私見を述べておきますね」



「もし、お前の仮説が正しかったとしてもだ。その報告書との齟齬は発生しない。何かしらが原因で賊の構成員が激減。その残党がこの町を襲ったと考えても可笑しくは無いからだ。仲間割れや流行り病で減った等、理由は幾らでも後付けが可能だ」



 訝しがる二人に不完全燃焼の男は黙り込む。誰もが思うだろう。手掛かり一つない状況の中で藁も縋る思いで持ち出した与太話にしか聞こえないと。無論、その通りなのだが。


 二人の心を揺れ動かすには如何せん、足りないものが多過ぎた。

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