第伍章 カムイ 5P
「そう……それが俺固有の能力」
それを能力と呼ぶには実にちっぽけで下らない。嘗て存分に己が『力』を振るい、其の名を国中へ轟かせた英傑達に比べれば霞んでしまう。しかしながらランディには、それが嬉しかった。何故なら何よりも欲し、望んでいた『力』なのだから。
「それに気付けたのは……あの人から与えられた最後の小片。あの札だ。使った時に極僅かだけど俺から少し『力』が吸われていた気がした。その感覚が間違いでなければ……だね。仕組みは分からないけど、あの札を介して俺の『力』が働いた。きっと根幹にあるのは、俺の願い。この『力』は……願いの明確性が高まれば、高まる程に効果が強くなる」
その望みが己に『力』を顕現させてくれる。つまり望みと『力』は表裏一体の関係だった。
かの女史があんな回りくどい茶番を用意した理由もこれに気付かせる為のものだったのだろう。嫌がらせにも程がある。何処まで行っても掌の上で弄ばれている。その先を見通す悪戯な女神はきっと、今のランディを見てにやりと笑っているだろう。
「無性に腹が立って来た……でも今はそんな事を考えている場合じゃない」
雑念を振り払い、与えられた最後の小片とランディは向き合う。
「全ては、それだ。俺が……何を願うかだったんだ」
偉大な一歩など、必要ではなかった。一番、肝心な事は自分が何を思い、考えるか。
誰にでも出来る事だが、逆に突き詰めるのは至難の業。最後まで自己と向き合える人間は、数少ない。だからこそ、それが出来る人物は偉大なのだ。
「あの時……共に戦ってくれと俺は、君たちに頼んだ。そして、その願いを叶えるにあたって君たちが出来る条件が整っていた。その条件ってのは……強い想いが籠った依り代が必要で……君たちの場合はこの小刀がそうだった。違うかい?」
又もや、霞が強く震える。その条件とは遺志が宿った依り代がある事だ。手にした小刀も元は、意思疎通を交わせる存在だった。今は小刀として形を変え、傍に居てくれている。
「なら今回もお膳立ては全て揃っている。その扉を開ける最後の鍵も翁から譲り受けた。そう。この剣なら出来る筈なんだ。だって……」
条件は揃っている。後は、引き出すだけなのだ。切り株に立て掛けた二振りの内、アンジュの剣を手に取るランディ。そう、この剣ならば己の声が『力』が届く。
「だってこの剣には、アンジュさんの遺志が宿っているのだから」
後は、眠っているその相手を呼び覚ますだけ。
「でも君たちみたいには、上手くは出来ない。何故ならこの剣に対して俺の願いがより複雑なものになっているのだから。残された遺志は、未だ眠り続けている」
アンジュそのものを現世に顕現させる完全な模倣。それはこれまでの単純な意思疎通や指揮とは別格のものだ。己の意思ではなく、他人の意思を介在させる新たな『力』。ランディが求めているものはそれだ。
『目覚めには、俺自身が起爆剤にならないと』
何が起爆剤になるかは分からない。だが、やるべき事は分かっていた。それは呼び掛け続ける事。己の力を流し、石と繋がれば自ずと道は開ける。ランディはそう考えていた。
「っ!」
瞳を蒼く染め、ランディは剣に『力』を流し込む。その『力』は蒼い粒子となり、アンジュの剣へと吸い込まれて行く。『力』流し込めば流し込む程、全てを飲み込む剣。
「繋がる事すら出来ない。これは……拒絶されてるとかじゃない。それ以前に足りていないものが多過ぎる。と言うか……何処に流せば良いんだ?」
門前払いはされていない。それ以前の段階だ。戸口があるその場まで辿り着けていない。そもそも戸口が何処にあるかも分かっていない。もし、運良く見つけられたとしてもその扉を開けるには、鍵だけではなく更なる何かを求められる。
「そもそもの話。どうして俺は、君たちと繋がれたんだ?」
継続して『力』を流し込みつつ、ランディは必死に考える。何がきっかけなのか。
肝心な事はそれだ。
「そうか。君たちが俺にあわせてくれたのか……そりゃあ、簡単だった訳だ」
これまで与えられていたばかりであった事をランディは知る。自分から求め、その手に掴んでなどいなかった。何とも贅沢な話だ。雛鳥の様に口を開けているだけで望むものは誂えられていたのだから。しかしながらアンジュは違う。
「きっと、アンジュさんは手助けなんてしてくれない。寧ろ、逆だ。俺が自力でやらないと最大限の性能を発揮出来ない。出来る何て翁と簡単に約束したあの時の俺をぶん殴ってやりたいね。生温い鍛錬とかやってる暇は無いぞ?」
必要なものは残してくれたが、それを生かす方法を与えるとまでは言っていない。それを掴み取るのは自力次第。そもそもアンジュでも知り得ないのだから仕方が無い。ランディしか知り得ない。唯一無二とはそう言うものだ。
「……」
一から誰かが作り出した百へ辿り着く事はこれまでもやってきた。だが、零から一を生み出すのは未体験の領域だ。手探りで如何にか出来れば等と生温い考えでいたが、掴まるものが無い。何度も空を掴んでは、手を伸ばし続ける。その繰り返し。闇雲に手を伸ばしても無駄なのは分かっている。だが、ランディにはそれしか選択肢が無い。
「っ!」
突如、襲われる激しい動悸。心臓の鼓動が耳に響く。多少、身体が元通りになったとは言え、全快とは言えない。無理に力を使い続ければ、その影響は通常時の比ではない。
「これ—— やってるだけでも消耗が激しい……」
精神を研ぎ澄まし、己に内在する『力』を行使すればするほど、疲労が増して行く。
それに加えて己の器も限られている以上、『力』何れ底をつく。
「そうだよなあ。だって自分の体に流すのだって一苦労してるんだから。別の存在である他人何てもっともっと疲れるし……消耗するのも当然だ。挑戦してやっと分かった。師匠も団長殿も理にかなった使い方を選んでたんだなあ……賢い。心の中で脳筋馬鹿ってずっと思ってました。御免なさい。真正の馬鹿は、この俺です」
これまで馬鹿にしていた先人達の顔を思い浮かべながらランディは歯を食い縛るも遂に集中が解けてしまった。肩で大きく息をしながらランディは、己の額に浮かんだ汗を袖で拭う。小休止が必要だ。根を詰めた所で出来るものでも無い。
「まだ、こっちの方が楽だもの。自分でも呆れてしまうくらい無茶な話だ」
少し気を紛らわす為に己の手に蒼炎を灯すランディ。現象を再現するのは容易い。
それは目の前で当たり前の様に起き、五感で感じ取れもするし、この世の理に基づいているが故に再現するにあたり、障害も少ない。
「誰もやらなかった事は……先達が思いついても敢えてやらなかった事だってね」
神の名を冠した先人達がやらなかった事は、不可能に近いからだ。これで何度目か分からない己の未熟さを噛み締めながらランディは蒼炎を掻き消すと草原に寝転がる。
『全部くれるって言った癖に……肝心なものは、簡単にくれない』
不貞腐れてしまうのも無理はない。手にした剣を眺めても何もない。
「指南が無いから何から手を付けて良いかも分からん」
現状はまっさらな紙束を渡され、これで学べと言われているようなもの。幾重にも積み重なる失敗をその紙束へ書き記し、最後に残った一つの成功を編み出すまで続けるしかない。
「一先ず、同時進行で『力』の総量底上げは絶対だ。使用限界時間も今の二倍以上に。後、一度に使える量も増やさないと。現状、可能性が限りなく低いけど……使える様になったらなったで直ぐに体が悲鳴を上げる。そうなったら元も子もない」




