第伍章 カムイ 1P
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「急な呼び立てに答えてくれてありがとう。ランディ君」
「いえ……お二人の所へお伺いしたかったので。貴重なお時間を頂き、有難うございます」
ランディがブランの執務室に呼ばれたのは、双子の案件から更に四日経ってからだった。集大成だ。この場での問答によって全てが完結する。これまで長きにわたり続いた物語に終止符を打つ為にランディはブランとオウルの呼びかけに応じて赴いた訳だ。時刻は、仕事がひと段落した日暮れ時。窓から差し込む夕日と照明に照らされた執務室でランディを待って居たブランとオウルは、いつも通り仕事着姿であった。それぞれ白と黒のシャツにスラックスを着用し、長椅子に座っている。机を挟んだ向かい側の長椅子にランディが座る。すると笑顔を浮かべながらオウルがランディを歓迎し労う。一方、ブランはと言うとしかめ面で腕組をし、ランディをずっと睨み付けている。
「っ!」
「……それで? この大馬鹿者。何か僕に言う事は?」
ブランが何を考え、何を思っているかなど手に取る様に分かる。先ずは、謝罪の言葉を述べるべきかとランディが覚悟を決めて口を開こうとした瞬間、ブランが遮って話し出す。その言葉を聞いた瞬間、オウルがブランの襟首を掴んで締め上げた。
「どの口が言うんだ? どの口が? 大馬鹿者は、お前の方だ。ランディ君に謝罪しろ」
「苦しいっ! 苦しいって! オウルさんっ!」
ブランを締め上げながらオウルは、静かに怒る。
「お前がやった事は、本当に許し難いっ! 如何なる状況下であったとしても……お前がどんな立場にあっても度が過ぎている。彼にして良い行いでは無かったっ!」
いつものらりくらりとオウルをやり過ごすブランだが、今日は違った。オウルは本気で怒っている。段々と語気が荒くなるオウル。流石に止めるべきかとランディが迷い始めた所でオウルは、ブランの襟首から手を離し、ランディの方へ向き直ると頭を下げて来た。
「事後の通達で申し訳ないのだが、君とブランの間で交わされた話を改めて問い質した……先の出来事で君には多大な迷惑を掛けてしまった。此奴に代わって私から謝罪したい。町を代表するものにあるまじき非礼に言動。申し訳なかった」
「いえ……そんな」
頭を下げるオウルにランディは恐縮する。始まりの原因は自分にある。オウルが謝るべきではない。それにブランとの確執には別な理由もあった。簡単にブランを断罪して良い訳では無い。尤もその事情を知らないオウルに説明するのは困難を極める。
「いいや。私の気が収まらんのだ。君の為にもこの場で白黒はっきりつけねば」
まだ怒りが収まりきらないのか、オウルの吊り上がった眼が先程から痙攣している。ランディの言葉だけでは、きっとその怒りは収まらない。されど、何処かでこの混沌を解消しなければ、話が拗れたまま終わってしまう。それでは意味が無い。
「さて、ブラン。本音を聞き出す為にランディ君を挑発した所までは目を瞑る……互いに本音を語る場作りたかった意図は酌む。されど、我を通す為に脅迫等と汚い手を使ったのは見逃せない……人として常軌を逸しているぞ。分かっているのか?」
「僕に求められていたのは時間稼ぎ。更に言えば、引き留められる手段も限られていたものでね? 多少、荒業を使う事になるのは仕方が無いだろう」
「それが更に当人を追い詰める言の刃になったと思わんのか? お前は、やり過ぎた。目的の為にと道を塞ぎ……その結果がアレだ。彼は逃げ場を失い、更なる錯乱に陥った」
黙って考え込むランディを置き去りにして派手に火花を散らすブランとオウル。あくまでもオウルは、ランディの立場に立って主張している。しかしながらその主張には肝心な部分が足りていない。ブランにもそれは分かっている。だが、ブランは針の筵の中でじっとしたままだ。きちんと己の正しさを証明すれば良い筈なのに。
「結果論だけでモノを言う癖。如何にかした方が良いと思うよ?」
「他者の心へ寄り添わず、目標に向けて非情な行いをするのであれば、私はお前を断罪する。お前の持論等、関係ない。これは、私個人の判断、独善による私刑だ」
「良いね。そう言うの好きだよ。僕と同じ。お腹の中真っ黒」
「お前を処分出来るのならば、何処までも一緒に落ちてやる。それが古馴染みとしてせめてもの介錯だ。最早、この世に未練を残していない」
怒りに震え、拳を力強く握るオウル。対してブランは涼しい顔で肩を竦める。
「じゃあ……ブランさん。逆に聞くけど。ナニが正解だったんだい? この際だからはっきり言うけど。あの時、正解も間違いもありゃあしなかった。例え、僕がランディへ手を差し伸べたとしても変わらなかっただろう。何故なら……あの時のランディは、感情の無い只の操り人形だった。抗えぬ悲劇と言う舞台を用意され、その登場人物として否が応でも壇上に担ぎ上げられていたからね。どんなに言葉を重ねても無意味だったのさ。だから僕は、僕なりに軛を打ち込んだ。生へ執着する様にと」
「彼がそれを聞いてどんな行動を起こすか……分からなかったとは言わせん。お前は、彼の性格をよく理解している。お前がすべき事が何だったかこの私が教えてやろう。静観すべきだったのだ。お前が言ったように外様が首を突っ込んでも無駄だった。それを分かっていながらランディ君を手放したくない一心でお前は、暴走した。時間稼ぎは単なる都合の良いお為ごかし。他の者の目は、誤魔化せても私の目は誤魔化せん」
ブランがランディをよく知っている様にオウルも又、ブランをよく知っている。傍から見ればブランがランディに己の独善と願望を押し付けている構図でしかないのだから。しかも非情な選択肢を提示し、追い詰めてしまってもいる。その結果に至るまで幾つも引き返せる過程があり、引き返さなかった理由が下らない利己的な事情であれば話が違う。何よりもオウルが許せない理由の根底は其処にある。更に言葉を付け加えるならば。尊敬し、信頼を寄せていた相手からそんな扱いを受けたランディを思うとオウルは無念でならない。
「……」
「ブラン。言いたい事は分かる。彼は、確かに時流が誂えた悲劇の舞台へ縛り付けられていたのかもしれない。だがな……もう、我々が表舞台へ上がるべきではないのだ。お前には、とんだ茶番に見えたかもしれない。しかし彼らは単なる舞台の演目ではなく、現実としてそれを受け入れている。それがお前と彼らとの決定的な差だ。お前も……そしてお前の意図や意思が理解出来る私も……舞台に上がるには最早、年を取り過ぎた」
あくまでも主張を変えないブランにオウルは、怒りを通り越して落胆する。
「我々がすべき事は、裏方として彼らを見守る事だけ。そもそも今回の一件を憂いていたのであれば、かの悲劇が起きぬよう未然に防ぐべきだった。お前や私がもっとしっかりしていれば、彼らはきっとお前が望む喜劇を演じ続けていたに違いない。これは我々、町の政を司る責任者達の失態。お前が手出しをする局面は、違っていたのだ。好い加減、目を覚ませ」
事態の収束を図る為にぎりぎりの場面で醜く足掻く必要は無かった。もっとやりようはあった筈。それこそ、その事態を未然に防ぐ手段を講じる事も出来たのだ。それが出来る権力も立場もブランは持っていた。だから憤りが勝ってしまう。
「ランディ君。念の為、伝えておくが悲劇の全てが悪い方向へ作用する訳では無い。君は、先日の一件を乗り越えて更なる成長を遂げ、君は友を失っても生きる事を選んでくれた。それは尊い選択に間違いない。私には、君の行いと選んだ過程を否定する心算は無い。私は、君たち若者の選択を受け入れる。これは、それらを全否定したブランに対しての叱責なのだ」
「……はい」




