第肆章 再誕と誕生 6P
図星を突かれて反論の余地も無い。己の主張は、まだ洗練されていない。このままでは時流の波に飲まれ、泡と消えてしまうだろう。無論、自分が時代に名を刻む英傑だとも思ってはいない。しかしながら単に身を委ねるだけでは、大切なものも失ってしまう。それがランディには恐ろしくて仕方が無い。
「誰もが道を外す可能性を秘めておる。それは、某とて同じ。努々、忘れるな」
「はい……」
未だ、己は発展途上の身である事は重々、自覚している。覚悟も矜持も足りていない。大義と言う安易で分かり易いものに縋って来た結果がこの様だ。きっとこの先もレーヴの言う非情とも向き合わねばならない。だが、新たに手に入れた価値とも向き合わねばならない。
全ては、永久に解き明かされない矛盾のなか。
恐らく、この甘さが己を殺す。しかしながら己を生かす諸刃の剣でもある。
だからこの二度目の邂逅は、必然だとランディは考える。レーヴが最後の鍵を握っていると。この矛盾と上手く付き合っていける解を。求める為に馳せ参じたのだ。
「実際、坊はその役割をやり遂げたばかりであろう? 隠さずとも良い。持って来ておるもう一振りの剣が鳴いておる。某が気付かぬと思っていたか? 坊の音は、巧妙にかき消されていたものの。それの声だけは、町に立ち入った時から某の耳に鳴り響いておったぞ」
ランディの胸に刻まれた傷が疼く。その葛藤が生まれた根源。丁度、手入れも終わり、手を止めたレーヴが指し示すその先には、もう一つの剣があった。ランディは頷く。
「流石に……見抜かれてましたね」
「見縊るな。坊も某の能力は知っておろう?」
「はい」
「今日は、もう一つ。たってのお願いがあって参りました」
「見せろ。話は、それからだ」
畏まるランディにレーヴは促す。もう一振りの剣が入った袋をレーヴに手渡すランディ。鞘から抜き、刀身の半ばから折れた剣を目にした瞬間、レーヴの表情が一気に曇る。それが何よりの裏付けであった事は間違いない。相対した時にアンジュの剣が一線を画している事には勘付いていた。しかしながらレーヴが打った本人であると確証までは無かった。だからその答え合わせの為にこうして持ち出したのだ。ランディの予想通り、アンジュの剣もレーヴによって齎されたものであった。
「そうか……そうか。こやつの持ち主が逝ったのか」
「矢張り、翁の鍛えた剣でしたか……何となく察しておりましたが」
スラックスのポケットからレーヴは煙草を取り出し、火を付ける。それがレーヴなりの弔いなのだろう。深く目を瞑り、逝去した青年に哀悼の意を表するレーヴ。
「そうだ。忘れもせぬ。十年以上前の話。とある高名な師が弟子を某の下へ連れて訪れた。その際に弟子に見合った剣を所望され、某はこれを譲ったのだ」
「白髪で爽やかな面立ち。落ち着いた雰囲気。名は、アンジュと」
「確かに白髪の小僧だったな……名前も一致している。あまり会話をした記憶は無いが」
小窓から差す陽光に照らされた刀身は、その光を綺麗に反射する。未だ、アンジュの名残を感じさせるその剣を見てレーヴは、記憶の中に埋もれていたアンジュの容姿を思い出す。
それから暫くの間、レーヴは黙って剣を見つめ続け、折れた刀身を指でなぞりながら剣とその持ち主が残した最後の物語を垣間見る。
「筆舌し難い……凄まじい大戦であったな。それは、坊が口にせずともこの剣が物語っておる。これ程の大一番は、近年稀にみる。所有者もこやつも己の全力をもって相対し、それを坊も実力を惜しまず、堂々と迎え撃った。さぞ、心が躍ったに違いない」
その目で直接、見ておらずともランディとアンジュの戦いを語るレーヴ。恐らくレーヴはアンジュの剣を通してあの日を追体験しているのだ。剣の名匠と謳われるレーヴを唸らせた戦いを経た上でランディはこの場に居る。そんなランディがこの剣を持ち出してレーヴへ何を求めるのか。レーヴは、徒ならぬ物々しい雰囲気を漂わせたランディを見上げて睨む。
「それで坊よ。その剣をもって某に願う事は何ぞ? 丁重に弔えとでも?」
「いいえ……違います。その剣を蘇らせて欲しいのです」
「それは、無理な話。無粋にも程がある。そやつは、役名を終えたのだ。最後の瞬間まで主人と共に出来た事を誇りに思い、満足している。そして持ち主が逝った今。最後の望みは、残された時間で自然と朽ち果てる事だ。他の者には屈しない」
不躾な願いにレーヴは、怒りを露にする。ランディの望みは、目に余る。武人としての礼儀を知っているにも関わらず、その礼儀を欠いている。命を賭して戦った相手の所有物にまで手を出す欲望に塗れた野党紛いの行いは、レーヴが許す筈も無い。無論、怒りを買うのもランディは、覚悟の上。その誇りを汚してまで求めるのには理由があった。例え、レーヴから非難されようとも。ランディには成し遂げねばならぬ事がある。
「坊には、既に相棒がおるだろう。今更、無暗に増やした所でどうにもならん」
「それでも……今のままでは駄目なのです」
「詳しく話を聞かせろ」
胸の痛みを必死に歯を食い縛って堪えながらランディは事情を話し始める。時折、零れそうになる涙を堪え、ランディは必死に己の想いと託された想いを語る。その事情を耳にしたレーヴは、次第に落ち着きを取り戻し、冷静になった。
「そうか……青年に命を託されたのか」
「はい……ですがこのままではその託されたものを上手く活用出来ません。きっと俺だけでは、力が及ばない。だから藁にも縋る思いでこの剣に頼っているのです」
「かと言って坊の剣もそうだが……本来の使い方は、一刀の流派での活躍を想定した代物。二刀の流派には向かぬ。形状もそうだが、重さが必ず足を引っ張る。そして、一番の難点は坊自身が二刀の流派を嗜んでいない事にある。それでは、満足に使いこなせる筈も無い」
苦しい胸の内はレーヴも理解した。しかしながら到底、現実的な話ではない。そもそもレーヴの言う通り、ランディの流派は一刀を用いた戦闘を想定した型である。二刀の流派とは別物であり、今から始めたとしても習得には行年もの年月が掛かるだろう。ましてや、その月日を捧げたとしても習得出来るか、定かでは無い。加えて剣の特徴も二刀流には向かない。土台無茶な話だ。それをどう解決しようと言うのか。レーヴには皆目、見当もつかない。
「それは恐らく、解決出来ます。俺の『力』で」
ランディは、茶色の瞳に強い光を宿しながら宣言する。
「生兵法は大怪我の基だと言っただろう? 無理な話だ。死に急ぐな」
「俺が使う必要は、ありません。使いこなせる者が居れば良いのでしょう?」
「最早、言っている意味が分からん……」
困惑するレーヴにランディはアンジュの剣の鍔に収まった深紅の石を指さす。
「この石には、残された遺志があります」
きっと許されない所業だ。知れば、誰もがランディを軽蔑し、避けるに違いない。だが、残された遺志は。この地にまだ留まってくれている。己と歩む事を望んでくれているのだ。
「っ! 坊よ……もし、もしだ。仮にそれがお主に出来たとしてもそれは死者への」
「いいえ。そうではありません。出来なかった事。したかった事を共にやって貰うのです」
「冒涜を……死者への手向けと申すか? そんな独善——」
「業が深いとは、己も理解しております。許されるとも思っていない。されど、共に地獄を歩むと誓ったのです。友と。だからその誓いを果たさねば」
全てを背負うと決めた。死すらも。だから一度は燃え尽きた命も灰から蘇らせて見せる。覚悟はとうの昔に決まっているのだ。後は、それを実践するのみ。




