第肆章 再誕と誕生 2P
やっと出て来たのは、その場しのぎの出来もしない約束。寧ろ、己を縛る誓約と言っても過言では無い。その約束でやっと顔を上げた双子は今にも泣き出しそうな程、悲しげな表情を浮かべていた。そもそも最初から間違えていたのだ。己がしでかした失態にランディは、やっと気づく。勝手に物わかりの良い賢い子達だと思い込んでいた。しかしながら現実は違う。双子の傷はちっとも癒えていない。その傷に先ずは、正面から向き合うべきだったのだ。
「分かってるよ。君たちにはとっても心配を掛けた。正直に言えば、合わせる顔も無い。こうしてまた、俺の所へ来てくれるのも正直……申し訳なくてね」
「ならさいしょからしなかったら良かったのっ!」
「実はまだ、おこってます」
目尻から零れる雫が止まらない。怒っているのではなく、悲しんでいる。そう仕向けているのは、全て自分が原因だ。まだ、終わっていない。双子はまだあの地獄の真っただ中にいる。双子の前でランディは膝を付き、それぞれを手を握った。
「そうだろう。どんなに謝っても謝り足りないよね」
「一回きり……おみまいにいった後からずっと……行くの……だめって言われてました」
「やっと……とうさんから……きょか……もらったの」
「……申し訳ない。怪我人だったからブランさんもよりいっそう気をつかってくれたんだろうね。あんまり、自分で言うのもあれだけど……無理が出来なかったから」
しゃくり上げながら必死に心の内を吐露する双子。その悲痛な訴えとランディは向き合う。何でも良い。今は、話をして欲しかった。一つずつで良い。ゆっくりと。聞けなかったあの日から長く溜め込ませてしまった言葉を。思いを。
「フルールねえとシトロンねえは良いのに……何でわたしたちはだめだったの?」
「ほんとの意味でお目付け役だったからね。全く体が言う事をきかなかったから。俺の世話役を買って出てくれたんだ。そんな面倒事、君たちにはお願い出来ないよ」
「ずっと、ひっつきむしでなにかあるたびにこごと言うくらいならわたしにもできます」
「それは、ちょっと話が違うような……勿論、それだけじゃないよ。怪我の手当てとか、診療所で見て貰う付き添い。後はそうだね……俺の代わりに料理当番もお願いしてたんだ」
話の順序も怒りの矛先もバラバラだ。思わず、ランディは苦笑いを浮かべる。そんなランディの顔を見た双子の涙は止まらない。双子の手を離し、パンツのポケットから手拭いを取り出して拭っても目尻から際限なく、湧いて来る。
「っ! ……わたしたちに出来ないとでも?」
「ちょっとなら—— 出来るよ」
「流石にそれは、無理があるね。門限もあるし、勉強に友達と遊ぶ約束もあっただろう?」
「また、子供あつかい……何言っても言い訳にしか聞こえない」
「ちなみに……ぜんぶ……身が入りませんでした」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。今度は、自分の番だ。
ランディは内に秘めた想いを詳らかにする。
「分かった、分かった。本音は……君たちに弱った俺を見て欲しくなかった」
「そんなことっ!」
「ただのっ!」
「そうさ。俺の意地。だけどね……本当に酷かったんだ。目が覚めてから二、三日は痛みでずっと呻いてた。最初は、そうでもなかった。でも時間が経つにつれて鈍っていた感覚が戻って来た。特に夜中、何度も痛みで目が覚めて歯を食い縛って耐えてた。それに傷も治りかけにはなってたけど、生々しかったからね。手当てをする度に二人とも毎回、顔を顰めてたよ。そんな事に関わらさせちゃいけないと俺も思った」
己の失態に関わらせたくなかった。双子には、何も責任が無いのだから。勿論、それを進んで引き受けてくれた二人に対しても負い目がある。何時かその借りは返せなければならない。そんな借りを双子にまで作りたくは無い。それがランディの本音。
「……」
「……」
「ノアさんも言ってたよ……日常生活に支障が無い所まで戻ってるのは、本当に幸運だったって。それくらい酷かった。今があるのは二人……いや、二人だけじゃない。レザンさんやノアさん、それにミロワさんの手助けがあったからに他ならない。君たちにとってだから何だって話になるかもしれないけどね」
数多の手が己の背を支えてくれたからやっと出来る。自分一人では成し得なかった。この機会を作ってくれた事へ感謝してもしきれない。
「でも君たちの前では、俺が万全な姿でいないと……そうでなければ、満足に謝る事すら出来ない。きっと君たちに気をつかわせてしまって有耶無耶になっていたと思う」
きっちりとけじめをつけるべきだ。それは、大人であろうと子供であろうと関係ない。
「改めて……本当に申し訳なかった。俺の身勝手で君たちを不用意に傷つけてしまった」
「……分かりました。分かりましたから」
「もう良いってば……」
「いいや。俺の気が済まない。折角、勇気を出して手を差し伸べてくれたのにその手を邪険に振り払った。それが此度の出来事で一番許されない行いだ。ごめんなさい」
「やめて……下さい」
「……」
頭を深々と下げるランディ。双子は遂に耐え切れなくなってランディの腕に顔を埋める。
「こんな事で君たちとの蟠りが消えたとは思ってない。ちょっとずつ変わって行くから見ていて欲しい。あんな独善……詰まる所、自分が正しいと考えた事を押し付けるんじゃなくて……いや、これも自分を美化しているだけだ。違うね。だってあれは単なる諦めから来るものだったから。もう、俺は俺自身に対して諦めたりしないよ」
「なら……」
「やくそくです……」
「ああ、絶対に破ったりしない。誓うよ」
少なくともそれだけは約束が出来る。悲嘆に暮れ、諦めを選ぶ事は無い。少なくとも双子の前では。彼女たちが生きるこの世界を灰色にしてはいけない。きちんと先達として世界に希望を見出さねば。それが人として在るべき姿なのだから。
「ありがとう。君たちのお陰でまた、立ち上がる事が出来た」
「もっと……かんしゃされても良いはず」
「わたしたち、がんばりました」
「そうだね。二人のお陰で今がある」
やっと双子の表情が和らいだ。笑顔を見届けた後、ゆっくりと立ち上がるランディ。
「もう、このお話。おしまい」
「こんなお話……こりごりです」
「君たちの言う通りだ。俺の所為で誰かが涙を流す姿なんて見たくない」
双子の頭を撫でながらランディは、にっこりと笑う。勿論、謝罪だけで終わりにする心算は無い。少し考えた後、とある提案を双子へ持ちかける。
「そうだ。道中、大通りのお菓子屋さんに寄るってのはどうだい? 詫びと言っては、問題ありだけど……少しでも君たちにお礼がしたいんだ」
「そんなもんでつられると思ってんの?」
「あからさまなごきげんとり」
「要らないって言うなら素通りするけど」
「ほしくないとは言ってません」
子ども扱いするなと言いつつも途端に瞳を輝かせる双子。何ともそれが可愛らしく、ランディはつい油断をしてしまう。だが、それはとんでもない悪手であった。
「ベル、あれやろう。一回やりたいって言ってたじゃん?」
「はしからはしまでたなに並んでるのぜんぶ下さい?」
「そうそれ。今のランディさんならそれくらいの男気を見せてくれるはず」
「段々、話の雲行きが可笑しくなって来たなあ……やっぱり、また今度にしよう」
「ぜんげんてっかいとか、見苦しい」
「かっこう悪いです」
えげつない要求にランディはすぐさま、前言撤回を申し入れる。そんな我儘を聞いてしまえば、本当の一文無しになってしまう。詫びとは言っても限度と言うものがある。




