第肆章 再誕と誕生 1P
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「今日は、わたしたちがせんぞくのお守です」
「はあ……左様に御座いますか」
「何か言うことは?」
「どうぞ、良しなにとだけ……」
これまでで一番の難題が訪れた。何とも言葉にし難いその難題達は、机仕事に勤しむランディの前で腕組をし、じっと鋭い視線を先程から向けている。居心地が悪いのとまた顔を見せに来てくれている嬉しさが同居して何とも複雑な心情。困り果て、ランディが天井を仰ぎ見ると難題達が揃って机を強く叩いて来た。
「ごめんっ! ごめんってっ! 本当に悪かったっ!」
「はんせいしろっ!」
「右に同じ」
双子から盛大に怒られたランディは、謝罪する。思ってもみなかった来訪。あの一件ですっかり愛想を尽かされたと思っていた。それ故にランディから訪ねるのも敷居が高く、接触は避けていた。それがこうして目の前に居るのだから謝る以外、ランディに選択肢は無い。
「参ったもんだ……」
「それは、こっちのセリフだよ」
「……右に同じ」
調子が狂う。やむにやまれぬ事情があったとは言え、彼女達の心を深く傷つけた。それこそ、償っても償いきれない所まで。蔑まれ、罵られても仕方の無い行いをしたのだ。お怒りはごもっとも。されど、双子はまたこうして気兼ねなく己に対して普通に接してくれている。
それがランディを困惑させる一番の要因であった。
「で、俺は何をすれば良いのかな? 生憎、仕事中だから何処にも行けないのだけど」
一度、自分の都合は横に置いてランディは問う。双子が何故、此処へ訪れたのか。きっと何かしらの依頼があるに違いない。今までもそうだったのだから。今日も恐らく理由は同じ。
二人の装いからして何処かへ出掛ける予定だろう。何せ、服が余所行きの恰好で普段よりも作りが精巧なのだ。それにくわえて絹のような金髪も普段と比べて丁寧に整えられている。全ては、セリユーの尽力によるものに違いない。
「仕事のいらいだよ。つつしんではいめいしたまえ」
「だから今、仕事中だから手が離せない……って何それ?」
「レザンさんからのきょかしょです」
ヴェールが机の上に叩きつけた小奇麗な紙を見てランディは目を丸くする。癖が強いレザンの字でしたためられた仰々しい認可書。ご丁寧に日付の記載から始まり、レザンとルージュ、ヴェールの締結署名まで記載がされている。そんな形式が整った文書の割に目を通して見れば、内容はとんでもなく下らないものであった。
「午後からは、わたしたちが好きにして良いって」
「……何がどうしてそうなったの?」
「おねがいしたら『何処へでも連れて行け』と言われました」
「何だろう—— 多分、孫に甘い爺様って正にこんな感じなんだろうな……仕事、ほっぽり出して良いとか……もう、何でもありじゃないか?」
「とっけんをらんようしました」
力無く背凭れに寄り掛かり、両手で目を覆うランディ。一気に疲れが肩に圧し掛かって来たのだ。そんなランディに対してヴェールは、胸を張って鼻高々に笑う。
「自分で言ってたら可笑しいだろうに。それと職権乱用は聞いた事があっても特権の乱用は、聞いたことが無い。寧ろ、特権は乱用するのが普通だから乱用要らなくない?」
「じゅうばこのすみつついているヒマがあるならさっさとでかけるじゅんびして」
「……ほんとに? まだ、これ中途半端なんだけど」
何を言っても覆らない。つまりこれは、決定事項。されど諦めきれず、ランディは机へとしがみ付いた。勿論、双子も折れる心算も譲歩する気も無い。情けなく机に縋るランディの両腕を掴んで引き剥がそうとする。
「『後の事は、私がやっておく』とおっしゃっていましたからだいじょうぶです」
「『下らない事をグダグダと言ってなし崩しに無かった事にしようとしたり、興味を他に持って行こうと戯言を考えるから考える暇を与えるな。兎に角、急かせ』とも言ってた」
「駄目だ。完全に俺の思考も先読みされてる……」
「かならずそう言うだろうからさいごに『馬鹿め』とおことばをのこされてます」
「オチまでつけて貰える何て。至れり尽くせりだ。光栄だよ」
この場に居ないレザンからランディは華麗な突っ込みを食らう。全てを見透かされた上での一計。レザンの手腕にランディも舌を巻く。
「ありがたいことだよね。さあ、きがすんだら行くよ」
「……どうしても?」
「……」
「……」
これ以上、駄々を捏ねれば要らぬ怒りを買う。
睨む双子を前にランディは、両手を上げてやっと降参した。
「分かった、分かったから。睨まないでおくれ」
「まったく……手がかかる子だよ」
「おこさまの相手は、つかれます」
「……」
一度、仕切り直しをする為にランディは煙草に火を付ける。一服するランディを双子は、腰に手を当てて一挙手一投足、ふしんな動きは無いかと見張り続ける。それにしても可笑しな話だ。そもそも態々、自分を指名する必要があるのか。尤もな理由が無ければ、代わりは幾らでも居る。その理由によっては、準備が必要にもなって来る。恐らく派手な荒事は無いだろうが、場合によっては相応しい格好で挑まねばならぬ可能性も捨てきれない。
「それで……何処へ行くの? 少なくともそれだけは、教えて欲しい」
「さいくしさんの所へおうかがいしに」
「もしかしてそれって俺達がおつかいで行った所かな?」
「たぶん、そう。ランディさんが顔見知りのひとだってとうさん、言ってた」
「なるほど……それなら俺が一番の適任か。事前に約束は取り付けているのかい?」
「はい。わたしたちがおうかがいする事も」
「それなら話は、別だ。直ぐに向かおう」
一気に合点が行った。それならば、自分が一番の適任者だろう。すっと身を乗り出したランディは煙草の火を灰皿で揉み消し、立ち上がると大きな伸びを一つ。
「いきなり乗り気になったよ? 何かオカシイ」
「そうだね。うらがある。どうしようか……」
「そうやって年上を直ぐに疑って掛かるのは、良くないんだぞ? 何もないって」
「そう言う時ってゼッタイ何かあるよね?」
「うん。たしかに。やっぱり、だれかお目付け役追加しようか」
「ほんとに何もないって。ちょっと待ってて。持って行きたいものがあるから直ぐ戻る」
訝しがる双子を尻目にランディは自室へ足を運び、二つの長袋を肩に掛けて店へと戻って来る。これで翁との約束も一気に片付けられる。一石二鳥だった。
「どうしてそんなぶっそうな物が必要なんですか?」
「要らないでしょ? それ」
「大丈夫。此奴らの出番は無いよ。俺もその人と約束をしてたんだ。手入れの約束を」
「……なっとくがゆかぬ」
「もう……そんなものにたよる必要なんてないのに」
見慣れた袋が見えた瞬間、双子の顔が一気に曇る。恐らく、双子にとっては単なる外出程度だと考えていたのだろう。それをランディが持ち出す時は、必ず良くない事が起きている。双子にとっては何度も経験済みなので反応が芳しくないのも当然であった。
「そうであって欲しいんだけどね。予期せぬ事態には、常に備えておかないと」
「そんな事、もうありません」
「心配のしすぎだよ」
「備えあれば患いなし。俺は、用心深いんだ」
今日は出番が無い。そうは言っても何時かは出番が来ると言う事の裏返し。不安で不安を拭ってもそれでは解決した事にはならない。あの日の出来事が双子の脳裏にちらつく。俯く双子にランディは、どんな言葉を掛ければ良いか戸惑う。
「……」
「……」
「大丈夫。もう、君たちの前から勝手に居なくなったりしないよ。約束する」
「本当ですか?」
「ああ、約束だ」




