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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第肆章 開演
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第肆章 開演 4P

「じゃあ、此処からは別行動ね。もしあたしより先に買い物が終わったら外で待ってて。わあった?」


 フルールはランディのやる気がない返事がなかったかのように話を進める。


「へーい」


 何処か遠くへ視線を投げたランディの目は死んでいる。


「本当に分かってる?」


「へーい」


 フルールが確認をするも出て来た返事は変わりがない。


「ランディ、あたしを怒らせたいの?」


「へーい」


 若干の苛立ちを覚えながらも全てを飲み込んでフルールは試しに無茶苦茶な質問をランディへぶつけてみた。フルールの様子を全く気にしていないランディがあらぬ方向を向いて返事をする。カツカツと靴音を立ててフルールはあからさまな苛立ちを示した。


「へぐふっ! いっ、痛い」


「自業自得よ!」


 ランディの投げやりな返事にフルールは怒り、頭へ拳骨を落とした後、先に店へと入って行く。たんこぶを押さえつつ、フルールの後に次いで店の中へと足を踏み入れた。店内は服の森と言っても過言ではないほど服がラックに吊るされてあり、右が男物、左が女物と分かれていた。店内で別行動となったランディの買い物は既製品の白のシャツを二枚、灰色の長袖を二枚、地味な色で細身のズボンを三枚ほど手に取って終わり。フルールが女性用の服を見ている間、自分の買う服を買って手持ち無沙汰になったランディは一度、新鮮な空気を吸うために外へ出る。


「ちかれた」と小気味の良い音を出して首を回しながら何の気なしに建物で狭くなった青空を見上げる。自分の用事もあったが殆どの時間は引っ張り回されたので疲れていた。


 また、喉の渇きを覚えたので飲み物を売っている店がないかと辺りをきょろきょろと見渡して飲食店は見つける。早速、店に近付いてホットコーヒーを一杯頼む。金を払い、一杯のホットコーヒーを受け取る。フルールとはぐれてしまうからと中でゆっくりすることは諦めて許可を取り、近くにあったベンチへ腰掛けた。口を窄めながら息を吹きかけ、口を付ける。


「甘い……」


 着込んでいても寒さは体に浸みるもの。甘い香りに包まれ、カップの中のクリーム色に目を向けながら一息吐く。コーヒーは身体の中へ染み渡り、安らぎをランディに与えてくれた。


「―――― 済まないがそこの青年。隣の席は空いているかな」


「ええ? ああ、はい。空いてますよ」


 カップに視線を傾け、前かがみにランディが座っていると不意に上から野太い声が降って来る。


 ランディが上を向くとそこには声から想像がつくほどむさ苦しい男がいた。大柄でランディよりも一回りは大きい。端が焼け焦げて黒ずんだ茶色の外套を羽織っており、無精ひげで目は淀み、顔は日焼けが馴染んだように黒く、深い皺と疲れを滲ませていた。右手で大きな黒い旅行カバンを持ち、左手には同じ装飾のカップが握られている。ランディは男に対して首を縦に振った。男が腰掛けるとベンチが深く沈み、濃いコーヒーの香りが此方に流れて来た。


 何とも言えない居座り辛い沈黙がベンチの上に広がる。


「……いきなりで悪いが君はこの町、『Chanter』の住人かね?」


 無表情の男は真正面を向いたまま、ランディに問い掛けて来た。


「へっ? はっはい、何か御用でもありますか?」


 突然の問いにランディがうろたえる。それでも言葉を紡ぎ出すことは出来た。


「そうか」と男は一言、小さく呟くと更に言葉を続ける。


「そうか。いや、いきなり驚かせてしまって済まない」


「いえ、驚いただけで何も問題はありませんよ。俺で宜しければ道案内も少し出来ますけど」


 男にランディがおずおずと申し出た。


「いや、そうではなくてな。実は少しだけこの町の話を聞きたいと思ったのだ。それで大きな荷物もなく、旅装束も着ていないこの町の住人らしき君にたまたま声を掛けた。驚かせてしまって本当に申し訳ない」


 男は親しげな笑みを浮かべた。


「いえ、そんなことはないです。でも……」


 騙した訳ではないが、ランディは少し罪悪感を覚え、下を向いて口ごもる。「何かね?」と顔を覗き込むともまではいかないもランディのただならぬ様子に心配そうに様子を窺う男。


「でも、済みません。俺、実はこの町に移り住んでそんなに経ってないんですよ。だから詳しいことはそこまで知らないんです。お時間を頂けるなら今から知り合いを呼んで来ますよ」


 ランディが恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。男は取り越し苦労かと安堵し、つられて笑った。


「ふむ。いや、それなら視点を変えて今の君が知っていることをちょっとだけ教えてくれないか? ああ……」


 言葉に詰まる男。


「ランディです」と予想がついたランディは男が言いたいことを先読みして答えた。


「そうだった、私も名乗ってはいなかったな……デカレだ。わけ合って各地を渡り歩いている」


 デカレと名乗った男は徐にランディへ握手を求めて来た。デカレの手は煤などの所為で顔も黒く、クワを握り続けて出来たマメでごつごつとしている。元は農家、最近までは出稼ぎの労働者だったのだろう。


「宜しくお願いします、デカレさん。それでどのようなことをお話すれば良いですか?」


 ランディが手を握りながら質問をする。


「この町の良い所と言う質問をしたいのだが、その質問は適切ではないだろう。だからどうして君はこの町に住もうと考えたのか教えて欲しい。別になければないで良いし、あまりにもプライベートな話になるなら話せないと言ってくれ。簡単に言えば,選んだ基準と言うべきかな?」


 難しい顔をした後、デカレが内面に触る内容ではなく、軽い質問を振って来た。


「なるほど、分かりました。俺が此処を選んだ基準は……単純に少し前まで住んでいた王都に近かったから選んだだけなんですよ」とランディは更に話を付け加える。


「当然、予備知識として調べて置いたことも加味してですけど」


「ではその予備知識と言う物を聞かせてくれないか?」


 勿論、デカレは食いついて来た。


「一番の理由はこの町が生活に不自由がなく、目立った特徴もない何処にでもあるような落ち着きのある良い町の見本と言う所に惹かれました」


「君は実に現実を見ているな。どんな若者も単純な理由で住む場所を選ぶ。例えば、王都の華やかな暮らしに憧れて故郷を飛び出すとかだな」


「俺は両親の仕事を継いで穏やかな生活に憧れていましたね」


「君は落ち着き過ぎてやしないか? もう少し夢を持つべきだ……」


 あまりにも夢がないランディにデカレは苦笑いを浮かべて言う。


「デカレさんはどうでした?」


「私か、私はやはり都会の生活にやはり憧れていたな……新聞や人伝いに華やかな生活ばかりを聞くじゃないか」


 確かに人から聞く都会はとても煌びやかで様々な想像を掻き立てる。


「確かにそうですね、でも現実は……」


「それを言ってはお終いだ」


 ランディの言葉をデカレがむっとした顔で遮った。


「えへへっ、済みません」とランディは謝罪する。無粋な発言はよろしくない。


「都会には興味深い物が沢山ありました。逆に此処は生活に必要な物以外、何もありません。でも王都では簡単に手に入れられない素晴らしい物があります」


「そうか、それに気付くの大切なことだ。私ももっと早くに気付ければと思うことがある」


 侘しい会話を続ける二人。少しでも長く生きていれば、嫌でも見たくない物が見えて来る。それは歳だけではなく、人が多い場所ほど比例して多くなるのかもしれない。


「いいえ、ただ腰が引けているだけです。臆病者なんですよ、俺は」


 ランディはカップを強く握りしめて無言になった。デカレも同じように黙る。


「確かに恐れを知っている者は殻に閉じこもり易い。怖い物を知っていればいるほど身動きが取れなくなるな。だが……君は恐れを知っていても尚、まだ目を濁らせず、この場にいる。今はそれで良いじゃないか?」


 デカレが年長者として今、言える言葉をランディにぶつけた。

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