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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第傪章 夏を惜しむ音
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第傪章 夏を惜しむ音 4P

「はい。きっとそうです」



 やっと己の葛藤と決着をつけたランディへ目尻の皺を深くさせながらエグリースは、微笑む。俯き、拳を握りしめるランディに対してエグリースはそっと立ち上がり、その震える肩へ己の右手を乗せた。人を人あらせるもの。それを最後まで失わなかったからランディとエグリースは、こうしてまた話が出来た。関係性は少しも変わっていない。



「ワタクシは、これからも君と良好な関係を続けたいのです。だから君も変わらず。気兼ねせずに此処へ訪れて下さい。安心して。ワタクシ達は何も変わっていません」



「はい……」



 顔を上げたランディにエグリースはすかさず茶と茶菓子を用意してその手に握らせ、自分もまた元居た椅子に座り直すと机に置かれていたカップをゆっくりと傾ける。



「先ほども言いましたが、ワタクシはもう満足しているのです。だって偶然の産物とは言え……君があの星の降る夜に。シトロンを連れ添って此処へ訪れた時、ワタクシは安堵しました。何故なら君が早速、前に進もうと歩き出した事を知ったから。君が示してくれたのは、ワタクシが求めていたものそのもの。だから本当は、こんな事を言う心算もありませんでしたよ? だって言う必要が無いのですもの」



「っ! それは、また話が違うような……」



 からかわれているのか、それとも真面目な話なのか。エグリースには、困らされてばかりだ。果たしてそんな下らない事でエグリースが納得する証を示せたのだろうか。ランディには、疑問が尽きない。本人が満足している以上、何も口出しなど出来ないのだが。



「いいえ。揺るがない事実です。もう、こんな辛気臭い話は、飽き飽きです。それよりもワタクシには、気になる事があります。気になり過ぎて最近は、夜も満足に寝られませんよ?」



「……その気になる案件とは?」



「あれから進展は、何かありましたか? ええ、そうですとも。ワタクシは普段、井戸端会議と言う素敵な場には参加しておりませぬ。故に耳にした頃には、悔しい事に新たな話題が広まり始めていて流行に乗れないのです。詰まる所、知るには本人から直接、聴取する以外に方法は無い。そんな結論に至りました。これはとても大きな進歩です」



「はあ……そんな事を聞いてどうするんですか? 下らない事に興味を持ってばかりでは、オネットさんから愛想を尽かされてしまいますよ?」



 勿論、他者へ特別な興味を示す事が大きな進歩である事には間違いない。しかしながらその進歩には、方向性があって然るべきだ。特に聖職者であるエグリースには、下世話な噂話に現を抜かしている暇はない。また、ランディにとって目の前にいる司祭は尊敬に値する人物だ。だから猶の事、己が持つ理想像を壊して欲しくなかった。



「いいえ。オネットもそんな事は無いと言うでしょう。不用意に人を貶める話や辱める話で無ければ、彼女も噂話は好きでしたし。寧ろ、ワタクシには見上げ話を沢山、持って行く使命があります。だからこそ、どんな手を使ってでも手に入れねばなりません」



「話が変な方向性に……可笑しな熱意を持たないで下さい。確かに俺もその方が良いとは言いましたが……見上げ話ならもっと他にもあるでしょう?」



「抜かりはありません。誰かに与えられるばかりでは駄目ですからね。勉学に限らず、ワタクシも色々な挑戦を始めましたとも。ワタクシ自身が経験する事も探求者として……いいえ、それだけではありません。聖職者としての必要な事項です」



「ならご自身が時の人になれば良いでしょう。残酷な事だと分かっておりますが。ご自身の幸せも願われていたのです。その勤めも果たさねば」



 手渡されたカップを傾けながらランディは一息つく。傍観者を気取る必要は無い。自分自身が行動に移せばそれで事足りる。誰でも幸せになる権利は持っており、エグリースも例外では無い。何よりそれは、かの思い人からも望まれていた事だ。



「年寄りと呼ばれても可笑しくない年頃へ片足を突っ込んだこのワタクシに? 冗談を。先ず、体力が持ちません。同時に心もそんな情念に揺り動かされる事がめっきり減りましたね。何よりも孤独を愛し……愛されたが故に……面と向かって新たな関係と共に時間を過ごす事が極めて困難になりました。何せ、聖職者としての務めや私自身の慣れ親しんだ生活習慣もありますから。今更、誰かに合わせられませんよ」



 肩を竦め、苦笑いを浮かべるエグリース。きちんと己の立場と現状を把握しているからこその本音。諦めから来るものでは無く。己の生き方と向き合った結果、見出した答え。それを覆せる答えなど、存在しない。これ以上、何を言っても個人の尊厳を踏み躙るだけだ。



「ワタクシがそれを許された時間は、疾うに失われています。だから可能性を持つ君に。ワタクシは、文字通り期待しているのです。ワタクシに出来ない事を。君に」



「……」



 過度な期待を持たれても困る。ランディの顔にはそう書いてあった。勿論、望まれたからと言ってランディにも出来る事と出来ない事がある。己を取り巻く環境は、複雑で日々移り変わっている。確かなものは何もない。更に言えば、己の本心が何処にあるかさえも分からない。一つだけ分かっているのは、決断の時が差し迫っている事だけ。



「モノは言いようですよ? そんなに難しい顔をしないで。本質は、レザンさんと同じです。単に君をからかっているだけだもの」



「本気にして良いのか……それとも話半分に聞き流して良いものか。判断に困ります」



「その判断は、君にお任せします。何方にせよ、逃れられなくなれば同じ事ですから」



 頭を抱えるランディにエグリースはさらりと諭す。正しさなど、何処にも無い。あるのは、選択とそれを選ぶ自分の意思だけ。きっと、エグリースの言った通り簡単な話だ。



「勿論……この話をしたのには、ワタクシなりの意図もありますよ」



 一体、エグリースにどんな意図があると言うのか。ランディには、皆目見当もつかない。



「もし、君がその覚悟をした暁には……是非とも託したいものがあります」



「何を俺は、エグリースさんから託されるのでしょう?」



「それは、秘密です」



「左様ですか」



 茶菓子をもそもそと咀嚼しながらそんな日が来ない事をランディは切に願う。



「だからその話だけは、誰よりも先にワタクシへお話して下さいね?」



「……」



「大丈夫です。答えを急いません。ゆっくりとお考えなさい」



「はい……」



 エグリースには敵わない。調子を狂わされ、上手く丸め込まれてしまう。勿論、エグリースに限らず、己の未熟さを痛感させられてばかりだ。逆を言えば、まだ成長の余地がある証拠に他ならないのだが。足掻くしか能が無い自分に歯痒さを覚えるランディ。



「さあ、ワタクシとの雑談も良いのですが……頃合いです。こんな良い天気の休日に一時も時間を無駄にしてなりません。君が成すべき事を成して下さい」



「はい……頑張ります。何かあれば、また……こんな下らない話でも聞いて下さいますか?」



「ええ、勿論。ワタクシは、何時でもこの書斎で君を待っていますよ。とびっきりの美味しいお茶と茶菓子を用意してね」



「……ありがとうございます」



 エグリースは、窓から覗く青い空を見上げながらランディを急き立てる。今日の立ち止まりはこれで十分。後は、自堕落な休日を思い切り楽しむだけ。



「因みにですが……進展はありませんよ?」



 笑みを浮かべながらランディを見送るエグリースにランディは、手を振って書斎を後にする。今度、此処へ訪れる時は楽しい見上げ話を。そうランディは誓った。

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