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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第貮章 自警団活動記録〇二
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第貮章 自警団活動記録〇二 19P

 ゆっくりと近づき、フルールに声を掛けてみると目にも止まらぬ速さで胸倉を掴まれたランディ。細い手指の何処から湧いているのか分からない凄まじい力で締め上げられ、ランディの息が詰まる。やっと顔を上げたかと思えば、歯を剥き出しにして怒り狂っていった。



「ちょ、ちょっと落ち着こうっ! 事態の把握が追い付いていない」



「あたし……言わなかった? 言ったよね? 言ったよね? 言ったよね? 久々の配達で何かあると大変だから終わり次第、真っすぐ家に帰んなさいって」



「言ったっ! 言ってましたっ! 確かにおっしゃってましたっ!」



「なら—— 何でこんなに帰りが遅くなってんの?」



 多少の息抜きが多少では済まされなかった。奥の手があると息巻いていたが、事態は最悪だ。最早、それすらも通用しない段階にまで達して居た。



「……友と交流を深めておりました」



「出店でお酒片手にはしゃぐ必要があった? 喫茶店でお茶するだけで良かったでしょ?」



「あんまり集まらない組み合わせだったので……体調には問題無かったのも相まって……つい。少しだけなら大丈夫だろうと魔が差しました」



「全然、少しじゃないし……それに配達が終わった後、直ぐに体調崩してセリュールさんから介抱して貰ってるってユンヌから聞いてるけど?」



「うっ——」



 外堀を埋めた上での容赦のない詰問にランディは、言葉を見失う。


 目を泳がせ、頬を撫でるランディにフルールは、更に詰め寄る。



「黙って無いで……どうなのよ? 本当なの? 嘘なの?」



「はい……少しだけ眩暈が」



 ランディの胸元から手を離し、前掛けをぎゅっと握りしめるフルール。



「どうしてあたしの言う事が聞けないの? 子供じゃあるまいし」



「ごめんなさい……」



「謝れば良いって問題じゃ無い。何の為にあたしが言ってると思てるワケ? 心配してるからよ? そんな事も分かんない?」



「申し開きも御座いません」



「ふざけんなっ!」



 ごもっともな正論。フルールの叫びが通りにこだまする。



「もっとしっかりしてよっ! 自分の事、考えてっ!」



「……」



「あたしが心配してる理由……分かる?」



 折角、治りかけているのに無理をすればまた元の木阿弥。これまでの献身的な看護が全て無駄になってしまう。それでは、フルールの立つ瀬が無い。



「また、あんな風になっちゃうかもしれないの……きちんと治ってないの……階段の上り下りの時……振動が怪我に響いて時々、顔を顰めているの知らないと思ってる? 体力が戻って無くて直ぐ息切れするし……こないだも熱っぽくてぼーっとしてた」



「よく……俺の事を見てるね……」



「そうっ! 見てるのっ! 見てるのよ。きちんと……見てる。ちょっとも目を離して無い」



 茶色の瞳を大きく見開き、フルールはランディをじっと見つめる。瞳が揺らぎ、じわじわと目尻に雫が溜まって行く。参ったものだとランディは、溜息を一つ吐く。隠しきれていると思っていたが、それは思い込みだった。苦笑いを浮かべながらランディは、フルールの頭を撫でようとするもその手は、あっさりと振り払われてしまう。



「やめてっ! 誤魔化そうとしないでっ」



 本心は、怒りではない。悲しみや恐怖が根底にある。そう仕向けてしまっているのは、己だ。重症なのはランディでは無く、フルールの方だった。未だ、ぱっくりと開いた胸の傷から見えない血が流れ続けている。少しは癒せたと思っていたがそれも勝手な憶測であった。



「今度は無いのっ! もう、目を離さないって決めたのっ!」



 遂に涙腺が崩壊し、涙が溢れて止まらない。乾いた石畳に小さな水滴の後が幾つもつく。



「お願い……お願いだから体を大切にして。何かあってからじゃあ、遅いの。終わりなのっ! あんな思い、二度としたくない。あんな……あんな事」



 あの記憶は今もフルールの中で鮮明に残っているのだ。


 もっと理解すべきであったとランディは、反省する。




「寒かった……苦しかった……怖かった……辛かった……悲しかった」



 考えても手立てが無い。思わず、札に手を伸ばしたがその手は途中で止まる。何かに頼った所で意味が無い。これは、己自身の問題。軽率な行動が招いた結果。それは、誰でも無く自分の手によって解消されなければならない。



「フルール、君の言っている事が正しい。ごめんね」



「……」



 きっとこんな事をしたからと言って何も解決はしない。傷も癒えない。だが、ランディにはこれしか選択が無かった。ゆっくりとフルールの体に腕を回し、抱きしめるランディ。暴れて抵抗するフルールをしっかりと抑え込んでいると次第にその抵抗も弱まって行った。



「ごめんね——」



 鼻声交じりの声でフルールはぽつりと呟く。



「ごめんね。分かってるの。締め付けがきついって。あなたの自由、奪ってるのも……ほんとは、こんな事したくない。でもね……でもね。あたし、こんなやり方しか知らない。だって……だって……無くしたくないんだもん」



「大丈夫。俺は、何処にも行かないよ。約束しただろう? 君からどっか行けって言われたって絶対に何処にも行かない。なんて言ったって俺には、誰にも譲れない使命があるから」



 珍しくしおらしいフルールにランディは、驚きながらもほっと胸を撫で下ろす。紆余曲折はあれどもこれで仕切り直しが出来る。尤もそれが正しい修正であればの話だが。



「何よ? それ……」



 鼻を啜りながらランディの言葉を待つフルール。だが、それは求めているものでは無い。


 しくじりに一定の定評があるランディは、致命的な欠点がある。


 つまりは、空気が読めないのだ。



「きちんと君の幸せを見届ける事」



「……」



 ランディを見上げるフルールの瞳。その瞳は、何故か酷く淀んでいた。



「それ、本気で言ってる?」



「勿論、ほんきっ—— 痛いっ! 痛いってっ!」



「このおおばかっ!」



「やめてっ! やめてってばっ! 行動と言動が伴ってないっ!」



 腕の中で再度、暴れ出すフルール。止めどなく溢れ出す色とりどりの感情にランディは溺れる。珍妙な軋轢の所為で全てが無駄に終わった。



「もう知らないっ!」



 長い悶着の末、拘束が解かれたフルールは鼻息荒く宣言する。それからフルールは、ランディのポケットから店の鍵を奪い取ると荒い足取りで店内に入って行く。その後姿をランディは、傍観する事しか出来なかった。



『さて……どうしたものか。此処からのご機嫌取りは大変だぞ』



 自然とランディの手が煙草の入ったポケットに伸びる。されど、入っていた筈の煙草が見つからない。大方、鍵と一緒にフルールが掠め取ったのだろう。最悪は脱したが予断は許せない。見上げの一つでも持って帰っていれば、ご機嫌取りが出来たかもしれない。そんな詰まらない後悔を胸に抱きながらランディは考える。



『欲しい物は、分かってる。けど……それが聞き届けて貰えるものなのか。何せ、目にも見えない。臭いも無い。音も無い。物体として存在しないんだから』



 もしかすると正解では無いのかもしれない。されど。欲しいもの、望まれているものはそれ以外にない。一縷の望みは、ポケットに残っている紙切れ一枚だけ。



『不確定要素が多いけど。まあ、やってみるしかないね。イチかバチかの賭けだ』



 取り出した最後の札をランディはじっと見つめる。ポケットの中にずっとしまっていた筈なのに皺一つないその札は、西日の光を反射していた。



『今宵は、彼女と二人きりの時間を。許される限りずっと』



 願いを念じると札は、すっと消える。ランディは、ふっと笑いを漏らす。



「……やってみるもんだね。びっくりだ」



 最高のお膳立てはして貰った。後には引けない。泣き言も許されない。



「これで何かに頼る必要も無い。後は、純粋な俺の手腕に命運が掛かってるワケだ」



 試されているのは、己の力量。只、それだけ。



「今日……寝かせて貰えるかな? このままだと、夜中まで掛かりそうな気がする。これならもっと堅実なやつをお願いした方が良かったかも……と言うか、この場合、レザンさんはどうなるんだ? 何か、家に帰れなくなる事情や不測の事態が発生するって事だよね? そうなると、とんでもなく迷惑が掛かってしまうのでは?」



「もう考えるのは、止めておこう。泣き言何て言ってらんないし、誰にも分からない完全犯罪だ。そもそも叶えて貰ってる訳だから今更、後には引けない」



 長丁場になるのは、分かり切っている。だが、それに伴う多少の犠牲もあった。無論、願いが聞き届けられた以上、後の祭りだ。せめてもの手向けは、幸運を祈る事しかない。



「さあ—— こんな他愛ない日常がこれからの俺には新たな戦場だ」



 独り言もこれでしまいだ。後は、全力で挑むだけ。



「楽しくて仕方が無いよ……アンジュさん」



 ゆっくりとランディも店内へと足を踏み入れる。この後、何があったかなど記すまでも無い。こうしてランディの長い一日は、幕を閉じたのであった。

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